《大縄淫魔》③

「んで? そのでけェ鞭はどこにあんの?」

「あ、そうだ。もうすぐここに――」


「め、愛羽ちゃん……。そ、そのヒトだぁれ……?」


 少し気の弱そうな小学生女児が現れた。愛羽の知り合い、というか友達らしい。

 おどおどしている少女は、愛羽とイン子の姿を交互に見比べていた。


「ちこっち! このヒトはね、全身ドンくさおねーさん❤」

「アイ・アム・レジェンドギガフォーマルグレートビューティーアロマサキュバス!!」

「え? え??」


 ちこっちと愛羽に呼ばれた少女は、イン子のイカれた名乗りに困惑している。

 だがその手は親より持たされている防犯ブザーへ伸びていた。

 恐らく不審者であると判断したのだろう。

 おどおどしている割に冷静な思考である。


「イン子よ。見ての通り淫魔サキュバス。んであんた誰?」

「さ、さきゅ……? あ、あの、《共田ともだ千心ちこ》と言います。愛羽ちゃんの、友達です」

「今年同じクラスになって、すっごいなかよしになったんだよ!」

「ほ~ん。まああたしへの敬意は忘れないようにしなさい、チコ」

「…………」


 基本的にイン子は尊大である。相手が老人でも子供でも無関係で。

 千心は明らかに奇妙――端的に言って異常者然としたイン子にやや引いていた。

 くいくいと愛羽の手を引き、恐る恐るながら小声で質問を投げる。


「ね、ねえ、愛羽ちゃん。あのヒトぜったいおかしいよ……」

「え~? そうかなぁ? おねーさん見た目はアレな上にデブだけど、おもしろいよ?」

「だって、ツノとかしっぽとか生えてるし……。ほんとに人間なの……?」

「もーっ、ちこっちったらピュアなんだから❤ おねーさんはガチなコスプレイヤーなの❤」


「アイ・アム・メチャメチャグラマラススレンダーボディサキュバスノットヒューマン!!」


「じ、地獄耳だよ! たぶんデブじゃないし人間でもないってゆってるよ!?」

「おねーさんは、そういう設定のヒトだから。こっちが合わせてあげなくちゃ……ね?」


 ぽん、と千心の肩に手を置く愛羽。どこか母性のようなものが芽生え始めていた。

 イン子のことを、優しく包み込んであげるべき存在だと認識しているのだろう。

 当たり前だがイン子はガチの人外で淫魔サキュバスである。角や尻尾も本物の器官だ。


 従ってイン子から『何か』を感じている千心の方が正しい。

 ……ものの、一周回って純粋ピュアな愛羽の意見が通った。千心は自己主張が得意ではない。


(大丈夫かなぁ……)

「ね、ね、ちこっち! 大なわ持ってきてくれた?」

「あ、うん……古いやつだけど、あったよ」


 千心はリュックサックから、汚れてボロくなった大縄を取り出す。

 縄跳びはあっても大縄がある家庭は少なく、練習するには学校でやるしかない。

 しかし千心の家にはあったようで、なのでこうして公園に集まったというわけだ。

 イン子は大縄をしげしげと眺めながら、思ったことを口に出した。


「鞭っつーか絞首刑に使う荒縄って感じじゃん。おう自殺志願者かガキ共?」

「こ、コドモにそうゆうことをゆうのはよくないと思います……」

「今からこの大なわにやられちゃうんだよ? おねーさんは❤」

「ハッ! あたしを首縊り程度で殺れると思わないことね……」


 暴力的発想が多いイン子に対し、千心は教育上よろしくない女だと思った。

 この危ないコスプレイヤーに、どうして愛羽は真っ当に付き合えているのか?

 むしろ本当にやべーのは愛羽の方ではないのか……?


「ちこっち! 今日はおねーさんが、大なわの練習につきあってくれるから!」

「そ、そうなんだ……。あんまり……うれしくないね」

「待てやオイ 無礼ぞ」


「けど、ふたりだと大なわってやりにくいし~。こんなのでも助かるよ❤」

「待てやオイ 無礼ぞ」


「そこのポールにくくって回す予定だったもんね……。ポールよりは……便利かも」

「ポールのほうが大なわうまいと思うけどね❤」

「ブチ泣かすぞクソガキ共!!」

「ひぃっ」


 己を軽んじられている。そういう気配にイン子は敏感なので吠えた。

 千心は怯えているが、しかし愛羽には全く通じていない。

 むしろニヤニヤしながら、大縄の両端をそれぞれ千心と愛羽で持つ。


「愛羽たちに怒りたかったらぁ、先に大なわとんでからにしてくれますかぁ~?」

「イン子おねえさんって羽がはえてるし、やっぱりこういうのお得意なんですか……?」

「得意じゃい!! 一回跳ぶごとに一発ぶん殴るからなお前ら!!」


 縄跳びは鞭を己に振るって、そして己で跳ぶというサドとマゾの融合遊戯だった。

 しかし大縄は他人が長い縄を振るって、それを跳ぶというサド要素強めのものらしい。

 大体何をすればいいのかは直感でイン子も理解した。

 愛羽と千心は腕をぐるぐると回し、大縄を回転させる。


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「…………」


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「…………」


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「…………」


 パシーン……。パシーン……。パシ……。


「おねーさんはやくしてよ!! ウデがしんどいよ!!」

「い、いやがらせ、ですか……?」

「まあだってホラ……。なあ? あるじゃん、そういうの……」

「イミわかんないんですけど!」


 ぷりぷりと愛羽がむくれている。ただ縄を回させられただけだからだろう。

 イン子は大縄の方にちらりと視線を移すと、ふうと息を吐いた。


(でけえ鞭におのずから飛び込むとかイカれてんなこの国のガキ共は……)


 縛り首の縄でもあり、極太の鞭でもある大縄。

 それを規則的に回転させ、あまつさえ飛び込んで跳ぶという蛮行。

 大口を開けた龍の口へ、度胸試しで飛び込むことを勇気とは呼ばない。

 ――要はタイミングとかが全く分からず、イン子はちょっとビビっていた。


「……。もしかしてイン子おねえさん、こわいとか……?」

「ハァァン!? あたしが恐れているのはパチンコの爆連だけよ!!」

※まんじゅう怖い理論


「コドモにわかるようなたとえでお願いします」

「おねーさん、ビビってるなら代わってあげよっか~? かわいそーだから❤」

「要らぬ……!! ガタガタ言わずに縄回せお前ら!! 跳んだらァ!!」

「「は~い」」


 再び愛羽と千心が大繩を回転させる。

 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「ふぬッ!」


 タイミングを見計らって、イン子は大縄へと突っ込む。


 ぺしっ……。


「ぁつうッ」


 が、跳ぶというよりも縄へわざわざ当たりに行くような動きだった。

 スネをしたたかに打ったイン子は、小首を傾げて一旦戻る。

 再度縄を回すよう指示を出し、息を整えて、二度目の突撃。


 ぱしっ……。


ァァ……」


 またスネを打つ。冷めた目で愛羽と千心がイン子を眺めている。

 だがイン子は片手を突き出して、二人を制した。

 コンディションがね……と、言い訳じみた何かを呟き、三度挑戦。


 まあ三回目ならワンチャンあるだろう。流石に。

 愛羽も千心もそう思い、極力ゆっくりと縄を回した。


「とうッ!」


 走り幅跳びの要領で、イン子は縄に向けて全力疾走し、跳躍。

 大縄跳びは最初の一回目(縄の内に入る)が最も難しい。

 逆に言うと、縄の回転内に入ってしまえば、後は体力の続く限り跳べる。

 それをイン子は本能的に感じ取り、従って大ジャンプしたのだ!


 縄は見事にイン子の足首を捉え、空中でバランスを崩したイン子は顔面から落ちた。


 ズベシャアアアアアアアアア!!


「ぐああああああああああ――――――――ッッッ!!」


「きゃあああ! い、イン子おねえさん、だいじょうぶですか!?」

「だいじょーぶだよ。おねーさんタフだから」


 ダイナミックヘッドスライディングと言える動きであった。

 大縄跳びで大事故が起きるならこのパターンしかないレベルである。

 顔面を擦り下ろされる被害に遭うイン子だが、愛羽はあまり心配していない。

 あたふたする千心をよそに、うつ伏せで倒れるイン子の元へ近付いていく。


「おねーさん……だっさ❤ ざっこ❤ くそざこぶーぶー❤❤」

「…………」


 顔だけ見上げる形で、イン子は愛羽を睨む。ぷぷぷ、と愛羽は笑いを堪えていた。

 そもそも縄跳びすらまともに跳べない者が、大縄など出来るはずもない。

 予測可能にも程がある結果に、愛羽はめっちゃ満足している。


「……おいメウ……。それ以上あたしを煽るとどうなるか分かってんな……?」

「え~? わかんないんですけど~。だってフツー、大なわってとべるものだし~」


 ぷにぷにとイン子の脇腹を愛羽は指で突っついた。柔らかく弾性に富む。

 贅肉の有無で言うならば有であろう。淫魔サキュバスとしては肉付きが良すぎる。

 そしてそのだらしねェ肉体を果たしてどう呼ぶべきか。愛羽はそっと耳打ちした。


「おねーさん、ぽっちゃり❤ ふとまし❤ はっけよい❤」


 土俵入り淫魔サキュバス――……。

 イン子は無言で立ち上がり、涙を堪えながら駆け出した。


 力士は大縄を跳べるのか? 跳べないならそれは単なるデブなのか?

 じゃあ大縄を跳べた力士はデブじゃないのか?

 そもそも大縄を跳べない者はデブになるのか? =あたしはデブなのか?


 様々な論理的思考が脳内で綯い交ぜになり、イン子は一言捨て台詞を吐いた。


「お前らの母ちゃんあたしのオカン!!」


「どうゆう悪口なんですか……!?」

「はやく戻ってきてね~」


 イン子、敗走!!


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