《大縄淫魔》④

「よってまずは力士から殺していく……!!」

「殺意の矛先ぐらい制御したらどうだ」


 話をまとめると、大縄を跳べないので悔しい、と言ったところか。

 この淫魔サキュバスの精神年齢を考えると怖気を覚えるレベルだ。

 和友は溜め息をつく。


「俺にはどうしようもないから諦めろ 以上」

「お前力士か?」

「殺そうとするなバカタレ!!」


 そもそも力士は話に一切関係ない。逆恨みの極致であろう。

 イン子は和友のことが全く好きではない。

 爪楊枝と同レベルぐらいの好感度しかない。

 しかしその運動能力については認めている。なので頼るべきはこのニートだった。


「今からメウとチコに吠え面かかせに行くぞ!! おめェの指導でよ!!」

「……まあいいか……」


 放っておくとギャーギャーうるさいだけだ。和友は頭を一度掻く。

 散歩がてら行ってみても構わないだろう。

 開き直っただけあって、もう和友は平日午後の外出に何の抵抗もなかった。


「待たせたわね――……クソガキ共」

「あ~っ! やっぱりおねーさん、おにーさん連れてきてる❤」

「ほ、ほんとに戻ってきた……」


 いい歳して泣きながら去っていった女が、また戻ってくるものなのか。

 半信半疑な千心だったが、愛羽は「ゼッタイまたくる」と確信していた。

 結果的には愛羽の予想通りである。ある種の絆であると言えよう。


(ああ、千心って子、見たことあるな)


 愛羽と一緒に通学している姿を見たことがある。

 どうやら新学期から仲良くなった友達のようだ。少しだけ和友は安心する。

 一方、千心は和友の全身をまじまじと見つめて、ぽかんと口を開いていた。


「……? どーしたの、ちこっち?」

「ねえ、愛羽ちゃん。このひとと、どんな関係なの……?」

「どんなっていうか、おねーさんの元カレ……あ、また今カレになるのかな?」

「そう、なんだ……」


 頬を朱に染めて、千心は和友に対し一礼した。


「は、はじめまして。共田千心ともうします! あの……!」

「ん?」


「こんなのと別れて、わたしはどうでしょうか……!?」


「ぶっ飛ばすぞオンドラァ!!」

「何の話をしているんだ……」


 どうやら千心の好みド真ん中が和友だったようだ。

 和友は背が高く顔も良いので、子供からすると理想的な大人に見えるのだろう。


 愛羽は和友のダメ人間っぷりを初見で見抜き、全く靡かなかったから対照的だ。

 そして再びこんなの扱いされた力士淫魔サキュバスはまたもやキレていた。


(ちょっと変な子供なのかもしれんな……)


 自分の名前を千心に教えつつ、和友はそんなことを思った。


「おにーさんって、やっぱり大なわも得意なの?」

「得意っていうか、まあ人並みには。ただ跳ぶだけだし」

「それが簡単に出来りゃア苦労はせんのじゃあ!! イヤミか貴様ッッ」

「事実を述べただけだバカタレ」


 試しに愛羽と千心が大繩を回転させる。

 身長差的にやや屈む形になりながらも、和友は余裕で跳んだ。

 何なら逆立ちしたままでも跳べるだろう。やりはしないが。


「和友おにいさん、かっこいい……❤❤」

「やっぱ運動だけは得意なんだね、おにーさん」

「とことん俺の評価が低いな愛羽の中では……」


「で? 華麗にピョンコピョンコしてご満悦か? なあオイ? 見物料払いまひょか?」


 イライラしっぱなしのイン子が因縁をつけてくる。

 まともに相手すると、太陽が枯れ果ててもまだこいつは大縄を跳べないだろう。

 怒りを飲み込み、和友は指導に移る。


「……。じゃあ俺が『行け』って言ったタイミングで縄に入るようにしろ」

「『行って下さい』だろがァ!! 何様じゃお前!!」

「指導者様だボケが!!」


「愛羽ちゃん、この二人ってほんとにつきあってるの……?」

「うーん……。ケンカするほど仲がいい、みたいな? わかんない」

「……ならわたしにもチャンスがありそう……」


 ぼそっと千心が呟く。どうやら『先』を見据えているらしい。

 それはともかく、とりあえず愛羽と千心でゆっくり気味に大縄を回転させる。

 パシン、パシン、と一定のリズムで縄が地面を叩く。


「基本的に、縄が地面についたタイミングで駆け寄って、縄の中に入るんだ」

「は? わざわざあたしに鞭へ当たりに行けってか?」

「そう見えて実は当たらないんだよ。むしろ半端なタイミングで行く方が引っかかるぞ」


「メウ!! チコ!! こいつ嘘ついてね!?」

「「ついてないよ」」

「買収済みかぁ~? 根回しの早い男ね……反吐が出らァ」

「こっちは溜め息しか出ないからさっさと跳べ」


 小学生女児の腕力ではそう長い間大縄を回すことは出来ない。

 速やかに跳んでやるべきだ。

 地面に縄が着いたタイミングで、和友はパンっと大きく手を鳴らした。


「ほら行け!(パン!) 行け!(パン!) 行け!(パン!) 行け!(パン!)」


「…………」 


「行け!(パン!) 行け!(パン!) 行……って下さい(パン!)」


「ウォォォォォオオオオ!!!」


(そのまま死なねえかなコイツ)


 途中で敬語に切り替えたので、和友のGOサインがややズレた状態でイン子はスタート。

 毎度やたらと思い切りの良いダッシュとハイジャンプは見事に――

 ズベロシャァァァ!!


「い、いたそう……」

「おねーさんじゃなかったらふつーに病院だよね~」

「顔面を擦り下ろして料理にでも使うつもりか?」


 ――案の定足首を取られ、イン子は顔から地に堕ちた。

 ともすれば鼻骨ぐらい折れてもおかしくはない……が、イン子に限ってそれはないだろう。

 砂まみれになったイン子はゆるりと立ち上がり、吐き捨てるように言った。


「指導者がゴミ」


「犬のフンに教える方がまだ見込みあるな」

「ブタさんっていうか、イノシシみたいだよね、おねーさん。ドンくさむちむちぼたん❤」


 猪肉の別名を把握している小学生女児が果たして日本にどれだけ居るだろうか。

 愛羽の謎の知識幅に感服しつつ、和友は問題点を洗い出していく。


「まずお前、助走をつけ過ぎだ。全力疾走で大縄に飛び込むな」

「お散歩気分でこんなもんに突っ込む方がどうかしとるわァ!! 遊びのつもりか!?」

「遊びのつもりだけど」

(なんでわたしたちがこのヒトを教える形になってるんだろ……)


 今更な疑問を千心は抱いた。

 本来は自分と愛羽で練習がてら遊ぶだけのはずだった。


 しかし現在は、イン子が如何にして大縄を跳ぶかという方向性にシフトしている。

 大縄跳び最大の問題点は、縄を回す側はつまらないという部分にあるだろう。

 そこを――珍しく――察した和友は、手を千心と愛羽へと差し出す。


「そこのポールに片側を結んで、俺が全部回すよ。お前ら三人で跳ぶといい」

「おにーさんやっさし~❤ モテたいから?」

「逆に訊きたいがこんな程度でモテると思うか……?」


「あ、あの、だいじょうぶです。伝わってます……!」

「そ、そうか」


「ガキ共ハベらせて悦に入る前にはよ鞭回せや!! 今だけSM女王になれ!!」

「鞭をぶち当てる職だろそれは!! 大縄は跳ぶんだよ!!」


 そもそも小学生の前でそんな比喩を用いるなと和友は思った。

 幸いにして愛羽は女王の部分だけ分かったようで、「おにーさんは男」とだけ言った。

 千心は……ニチャリと笑っている。真偽は定かではない。


 気を取り直し、和友はゆっくりと大繩を回し始めた。

 背が高い分、小学生二人が回すよりも縄の回転幅が大きくなる。

 これでイン子からしても飛びやすくなっただろう。


「おねーさん、愛羽らがとんでるトコちゃんと見て覚えてね?」

「マネするようにやればいけると思うので……」

「ふん……せいぜい足元を掬われないよう注意することね」

「自分に言っているのか?」


 縄に足元を掬われ続けた結果、砂まみれになっている女のセリフではないだろう。

 さて、パシパシと回転を続ける大縄に対し、愛羽と千心はするりと内側へ入り込んだ。

 学校でもやっているだけあって、一度も跳べないということはないようだ。


 大縄跳びのルールとして、参加者全員が跳び始めたら回数をカウントしていく。

 今回跳ぶ人数は三人なので、後はイン子が内側へ入ったらいいのだが――


「…………」

「おねーさん! はやくして!」


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「…………」

「あ、あの……! まだですか……!?」


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「…………」


 パシーン……。パシーン……。パシーン……。パシーン……。


「早よ入れバカタレ!!」

「うっせェわ!! 今タイミング図ってたのにズレたじゃん!!」

「悠長に図りすぎだ……!!」


「あたしの計算によれば待ってりゃ十数分に一回は入れるチャンスがあるんだっつーの!!」

「バス停か!!」


「そんなペースだと愛羽とちこっちが疲れて動けなくなるよ」

「なんなのこのヒト……」


 一旦大縄の回転が止まった。イン子のペースのままでは他全員の身が保たない。

 大縄が跳べない者の原因や理由としては、真っ先に恐怖心が挙げられる。

 回転する縄に当たったり引っ掛かったりするのが怖いから、一歩を踏み出せないのだ。

 それがズレを生み、結果的に失敗に繋がってしまうという悪循環。


 しかし、イン子にとってこの程度の痛みへ怯えることなど有り得ない。

 つまり純粋に間が悪い――ドン臭いのである!!


「あ? んで跳べないあたしが結局悪者ってか? っほほぉ~~……お国柄かぁ?」


 全員のじっとりした視線を受けて、イン子は牙を剥いてそう威嚇した。


「嫌な腐り方するなよ……」

「べつにおねーさんは悪くないけど、でも一緒にとぶのはムリそーだねって話!」

(いやふつうに悪者だと思うな……)


 全く大縄の練習が捗らないので、千心はそろそろ嫌気が差していた。

 もし和友がやって来なかったら、愛羽との今後の付き合い方すら考えるレベルである。

 そのくらいにイン子は強烈で、少なくとも小学生女児レベルにこんな女は存在しない。


「三人一緒のタイミングで入ったらどうだ?」

「それいいかも! めーあんだね、おにーさん❤」

「こいつらと足並み揃えるってこと? 引っ張られるじゃんよぉ。あたしの足ぃ~」

「こっちのセリフですけど……」


 イン子単独で大縄に向かわせるから跳べないのだろう。

 そう判断した和友は、三人同時に縄へ駆け込むことを提案する。

 経験者と同じタイミングで行けば、余程のことがない限りは跳べるはずである。

 愛羽はイン子の隣に立ち、その手をギュッと握った。


「……んふふ❤ おねーさん、手までむっちむちだね❤ とんそくおてて❤」

「じゃかァしい!! あたしの手は卵を上から落としたら割れるレベルぞ!?」

「ゴーレムかお前は」

(な、なんかこのヒトの手、ヘンな感じがする……)


 言いようのない何かを、千心はイン子の手を握った瞬間に感じ取った。

 とはいえ別に身体に影響が出るようなものでもないので、言葉には出来なかったが。

 両サイドを小学生に挟まれ、更に手を握られた上で、イン子は再び大縄に臨む。


「じゃあおねーさん、大なわが地面にパンってなったタイミングでいくからね?」

「どこに?」

「なんでわかんないんですか」


 仮に記憶喪失であったとしても、手を引いて一緒に跳べば大丈夫なはずである。

 愛羽と千心はタイミングを推し量り、同時に駆け出そうと足を踏み出し――


「…………」

「わあっ!」

「うひゃあ!」


 ――たのだが、小学生二人は綺麗につんのめり、転びそうになった。


 理由は一つ、手を握っているイン子が地蔵のように不動だったからである。

 地に根を張るかの如き重心の安定っぷりで、イン子は一ミリも前に進んでいない。


「二人の肩外れるかもしれないからそれやめろ」


「もーっ! おねーさん、ちゃんとついてきてよ!」

「重すぎて動かせる気がしないんですけど……。鉄骨製ですか……?」

「いや何かあたし的にピンと来ないタイミングでお前ら飛び出したから却下」

「クソほども跳べない奴が主導権握ろうとするなバカタレ!!」


「そもそもあたしはいつ、どこで、誰が、何を、どのように、何故跳ぶのかが一切分からん」

「誰がぐらいはわかりますよね!?」


 大縄の5W1Hが脳味噌の中から吹っ飛んでいるようだ。

 運動神経が皆無過ぎるとこうなる。

 まさにあらゆる意味で堅物と言えるだろう。


「うー! ごー! くー! のーっ!」

「不動産ッッッ」

「生き物が自分につかう単語じゃないですよそれ……」


 痺れを切らした愛羽が、グイグイと両手でイン子を引っ張るが、やはり動かない。

 今のイン子は軽トラぐらいならぶつかってきても跳ね返しそうだ。

 何より唯我独尊過ぎて、こういう場面で中々素直に他人の言うことを聞かない。


「話が進まんな……はぁ」

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