《大縄淫魔》②

「メウをブチ殺してえ!!」


「大丈夫かお前……。いや元々大丈夫ではないか……」


 憤怒を顔面に貼り付けた状態で、イン子は和友にそう切り出した。

 またぞろ何かあったのだろう。死ぬほどくだらない何かが。


「愛羽へ軽く挨拶するだけなのに、何で殺意を持ち帰って来るんだ」


 ただいまを言いに行った結果、溢れんばかりの憎悪で満たされてイン子は戻ってきた。

中々見ないムーブであろう。見るべきではない、とも言える。

 面倒そうに和友はイン子から事情を聴取することにした。


「ともかく聞けボケ!! あたしの苦難をよォ……!!」


 和友の枕にボスボスと拳を叩き込みながら、イン子は語り始める――



* * *



「おねーさんって、大なわとびしってる?」

「しらね」


 落ち着いた愛羽は、公園のベンチでイン子と並んで座っていた。

 イン子にしては珍しくジュースを奢ってやったので、それを飲みながら。

 そうしていきなり大縄跳びについて切り出してくる。


「やっぱりしらないんだ。でもちょっと考えたらわかるんじゃない?」

「縄跳びってアレよね? あんたらガキが振り回してるあの鞭」

「ムチじゃないんだけど……まーいいや。そだよ」

「そこに大って付く……つまりでけェ鞭をどうにかすんの?」

「うん。みんなで一緒に、おっきななわとびをするんだよ❤」


「マゾ軍団か……?」


 小学生相手に対し、モラル最底辺の解釈をイン子はぶちかました。

 年齢相応に無垢な愛羽は、マゾという単語を知らず首を傾げているが。

 話をまとめると、どうやら愛羽の学年で今度大縄跳び対決をするらしい。

 クラス対抗らしく、十数人単位で跳び、その回数の合計をクラス単位で競う。


「ゼッタイに勝ちたいんだよね。おかしがもらえるから!」


 優勝したクラスには菓子が配られるようで、愛羽もそれが目当てである。

 単なる対抗戦では燃えないが、賞品があるならば話は別だ。

 小学生でもその辺りは非常に現金である。むしろ小学生だからこそ、か。

 なので愛羽の学年では今、にわかに大縄跳びブームが到来しているそうだ。


「ほーん。じゃあ頑張りゃいいじゃん。けど勝ったら菓子はあたしんとこ持って来い」

「そのつもりだよ❤」

「おっ、話が分かるようになってきたわね~」


 小学生に菓子をタカる時点で人間としてはどうかという話だが、淫魔サキュバスなので関係ない。

 珍しく従順な愛羽にイン子は満足だった。

 が、当然愛羽にも考えがある。にんまりと愛羽は口角を持ち上げた。


「でもぉ~、タダではあげらんないかな~?」

「ああ? 金取るってんの? なら要らんわい!!」

「ちがうよ~。おねーさん、愛羽の大なわの練習につきあってくれない?」

「ふーん…………断るッ」


 イン子は努力とか練習とか、そういう言葉や行為が嫌いである。

 正確には『己の興味がない』分野において、その手のアレを嫌う。

 イン子は菓子が欲しいが、大縄跳びはどうでもいい。むしろ縄跳びは嫌いだ。

 なのでにべもなく断った。大人気ないと言えばそこまでだが、淫魔サキュバスなので(略)。

 しかし――愛羽はある意味誰よりも、このイン子の扱いを心得ている。


「あ、そうなんだ。まあそれもトーゼンかなぁ~?」

「当然よ」

「だっておねーさん、ドンくさいし……❤ 大なわなんてぜーったいム・リ❤」


DON‘Tドン CRYくさい……?」


 耳がイカれてんのか? と、和友が居れば言っていただろう。

 ドンくさい。ただの人間ですら言われれば傷付く魔法の言葉(攻撃系)。

 褒め言葉ドン貶し言葉くさいが融合した結果、後者が勝利している奇妙な合身単語でもある。


 いやまあドンって言葉が褒め言葉かどうかは分からないが……この際おいておく。

 だがイン子は人間ではない。淫魔サキュバスだ。生まれながらにして体捌きに優れる種だ。


 優雅に空を舞う鳥を見て、宙に溺れると表することなど有り得ない。

 キレそう過ぎてむしろ若干冷静になったイン子は、眉間を指で押さえながら答える。


「ちょっと待ちなさい……。あたしのどこがDON‘Tドン CRYくさいのよ……?」

「言わなくてもいいレベルでしょ? しいてあげれば全身ドンくさ❤」

「アイ・アム・ハイパーウルトラオメガミラクルベリマッチフレグランスサキュバス!!」


 意訳すると淫魔あたしは臭くねえわボケ、という感じである。

 別に体臭の話はしていないのだが、イン子からすれば一緒だった。


 美に優れる淫魔サキュバスにとって、臭いと付く単語を使われること自体、プライドに傷を付ける。

 何となくその辺を感じ取ったのか、愛羽は一応フォローしておいた。


「だいじょーぶだよ。おねーさん自体は洗いたてのイヌみたいなニオイだから❤」

「……ッ! まあいいか……」


 最低限臭くはなさそうな表現なので、イン子は納得していた。

 頭の中身は臭いというか腐っているのかもしれない――


「そんな全身ドンくさなおねーさんには、手伝ってもらわなくてけっこーで~す」

「じゃかァしい!! 死ぬほど鍛え上げてやるァ!! かぐわしくよォ!!」

「かぐわ……? じゃあよろしくね❤」


 あっさりと愛羽の掌の上で転がされるイン子。

 まだ大縄跳びがどういうものかも分かっていないのだが、安請け合いである。

 もっとも愛羽からしても、コーチとしてのイン子にナノ単位の期待もしていない。


 単に、口実である。一緒に遊ぶ口実――それが欲しかっただけだ。


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