缶コーヒー、冷めないうちに

maru

缶コーヒー、冷めないうちに

 あなた、そんな小説を読んでるのね。


 朝の空気がこんな冷たいのに、手袋もしないで文庫本を読むなんて……。友だちの間で流行はやってる本かしら? でも、知ってるわ、それ。「異世界転生」ってジャンルでしょ?


 まあ、若いあなたにしたら、「生まれ変わる」なんて、ただのフィクションかもしれないわね。でも案外、身近なところにもある話なの。


 そう。たとえば、――――驚いた?


 しかも、一度や二度の転生じゃない。何度目なのかすら、思い出せないほど。もうとっくに数えることもあきらめたわ。


 そうやって転生を繰り返しながら、いろんな人のになってきた私。生まれ変わるたび、一からやり直す気でいたのに。結局、生まれ変わったところで、生き方までは変えられなかった。


 「同情してほしいのか」なんて、早とちりしないで。強がりじゃなくてね、私、すら感じているのよ。すぐ捨てられる運命でも、そうやって、誰かに一時のうるおいを与えられるなら……。


 ――どうでもいい話をしていたら、もうあなたの電車が来たわ。


 文庫本をしまおうとして、フフフ、ようやく思い出したのね。バッグに入れたままだった私のこと。


 やっぱりあなたには私の言葉、届いてないか。わかってた。どちらかと言えば、もともと地味なほうだし、いつかは消えてく存在だから、それはいいの。


 きっとあなたも、すぐ私のことなんか忘れる。


 そろそろまた、に向けて旅立つときね。


 最近、新参者のアルミ缶やペットボトルが、大きな顔をしてるけど、スチール缶にはスチール缶なりの良さがあるの。知ってるかしら。リサイクル率は、九割以上の優等生なのよ。


 さあ、冷めないうちに、コーヒー飲んでしまいなさい。そして飲み終わったら、私のこと、ちゃんと空き缶入れに捨てるのよ。




   〈終わり〉

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