第47話



「僕は自分に怒っていたようなんですがそれも気が付かず朱音さんを怖がらせてしまいました。


朱音さんが謝ることは何もありません」



以前似たようなやりとりをリビングでしたことを朱音は思い出し、また何か冬真が苦しんでいるのではと心配になる。



「僕は・・・・・・」



そういうと冬真は黙ってしまい、朱音は不安げに視線を少しだけ冬真にちらりと向けると、冬真は朱音を見ていた。



「せっかく逃そうとしているのに」



その呟きは無意識だった。だからこそその無意識に冬真は困惑する。


感覚というものは魔術師にとってとても大切だが、ロンドンで出会った朱音にラブラドライトのネックレスを贈ったのはただの子供への気まぐれ、朱音をこの洋館に住まわせたのは利用できると思ったからだ。


彼女に信頼してもらえるように優しく接し、子供に思える行動をフォローするため保護者代わりとして対応もした。


だから利用した詫びとして、出来るだけ不自由しない新しい住居も用意したはずが、結局彼女はここにいて、今度は戻ってこいなどと言っている。


自分は彼女をどうしたいのだろうか。


冬真の美しいグレーの瞳が自分を見続けていて、朱音は恥ずかしくて逃げたくなる。


あの夜、青かったあの瞳は見間違いでは無い、そう思うけれどとてもここではその理由を聞けない。


朱音は冬真の行動と発言の真意が理解できないのがもどかしかった。



「僕は朱音さんが幸せに過ごしてくれることを望んでいます」



ふと口に出した言葉に偽りは無い。


だから、と続けようとして冬真はまた口をつぐむ。


朱音はその言葉がどこまで本当かわからないと思うのに、やっぱり自分が思っていたことに間違いは無かったと思えてしまう。



「やっぱり冬真さんは優しい人ですね」



そんな無邪気な朱音の言葉は、まだ自分を正しく見ていない事を冬真に確信させた。


あんなに恐ろしいことに巻き込まれ、まだこの子はこんなことを言うのかと。なのに、どうして自分の何かが揺さぶられるのだろう。



「戻ってきて良いというのは本当なんですか?また責任を感じたからじゃ」



黙っている冬真に、朱音はどう返すべきか悩んでいた。


ここに戻りたいというのはずっと願っていたこと。でもそれで冬真は苦しまないだろうか。


朱音は人に迷惑をかけることに臆病になっていて、なかなか素直に受け取れない。


出て行けと言われたのが今度は戻ってこいと言われる彼の真意は何なのだろうか。



「・・・・・・多分、僕は自分の知らないところで朱音さんが危険にさらされるのが嫌なんでしょうね」



困ったように冬真が笑って朱音は戸惑いながら冬真を見る。



「僕はとても身勝手な人間です。朱音さんが思うような優しい人間では無いですが、ここには健人もアレクもいます。


住んでからは僕では無く健人の言うことを信じていれば大丈夫ですから戻ってきませんか?」



自分の感覚も常識も基本魔術師としてのもので、おそらく一般人とは乖離している。


あの人の言うように、人として何か欠けていることも自覚している。


だから自分では無く、大好きなKEITOであり慕っている健人の名前を出せば戻ってくるだろうと冬真は考えたが、朱音は悲しそうな顔をした。



「私は冬真さんのことも信じています。


だってラブラドライトのネックレスを持っているように言ってくれて、ラピスラズリのブローチもきっとジェムだったんですよね?


知らない人についていかないように注意してくれたのについていったのは私です、私が悪いんです」



「ですから朱音さんは何も悪くないと」



「いえ私のせいです」



「朱音さんは人が良すぎます、僕に問題が」



「冬真さんの言いつけを守らなかった私が悪いんです」



「違います、それは」



ムキになっている朱音を落ち着かせるため最初冬真はゆっくりと答えていたはずが段々早口になってしまい、朱音は急に吹き出した。


逆に冬真はそんな朱音を見てため息をつく。


冬真という素敵な男性は、自分が思うより不器用な人なのかもしれない。


元々ここに戻りたかった、そしてまた今ここにいて、これからもいて良いと冬真が言ってるなら素直になっても良いだろうか。


朱音は自分から一歩踏み出す。



「・・・・・・本当に戻ってきても良いですか?」



「もちろんです」



「すぐ追い出されたりしませんか?」



そう尋ねた朱音に冬真はすぐに返事を返せなかった。



「次はこんな勝手なことさせねぇよ」



突然ドアが開き、健人がそう言いながら部屋に入ってくると仁王立ちして腕を組んだ。


冬真はずっとドア越しに健人が聞き耳を立てているのは気が付いていたが、まさか入ってくるとは思わず健人を見れば心底呆れたような視線を健人は送る。



「さっきから同じ事を二人してぐるぐる回ってていい加減面倒になった。


朱音、お前はここに戻ってきたいか?」



健人が冬真の近くに来て朱音に問いかける。



「もしもご迷惑じゃなければ」



「迷惑とかそういうのは抜きだ。


単にお前の素直な気持ちを聞いているだけなんだよ。だから正直に言え」



冬真はただ朱音の表情を見ていた。


あれだけ恐ろしいことや自分の身勝手を思えば出て行きたいというのは当然なのだろう。冬真はそれを受け入れるべきだと思うのに、何かわからない自分の感情に見て見ぬ振りをする。



「居たいです、ここに。健人さんと、アレクと」



朱音はそこで区切って冬真の方に顔を向ける。



「そして冬真さんと」



すぐ照れて下を向いた朱音も、座っている冬真を少し後ろから見下ろしていた健人もその時の冬真の表情は誰もわからない。



「なら決まりだな」



勢いよく冬真の背中を叩けば冬真は前のめりになって少し咳き込んだ後笑う健人を見上げ、そして少し困ったように冬真も笑う。


そして朱音に顔を向けると優しげに笑みを浮かべて、朱音は照れくさそうにした。



「では朱音が戻ってきたことを祝して昼飯にするか。


アレクがいつでもスタート出来るように用意してるぞ。


お前達の話が終わらないと昼飯は出さないとアレクに言われてこっちはとばっちり食らってたんだから早く来い」



そういうと健人は部屋を出て行き、冬真と朱音は顔を見合わせると軽く笑った。



「あの、これ可愛いパジャマなんですが、このままで部屋を出ても良いでしょうか」



「朱音さんは何を着ても可愛いですから気にすることなどありませんよ」



キラキラとした笑みで冬真に言われ、久しぶりにこの背後で薔薇が舞うような冬真を見たとドキドキする気持ちと、冬真への気持ちを再確認してしまう。


もっともっと彼を知りたい。


彼の本音をもっと話してもらえる存在になりたい。


朱音はラブラドライトのネックレスが再度チャンスをくれたように思えてならない。


冬真は優しく笑みを浮かべ静かに手を差し出す。



「お手をどうぞ」



朱音は少し照れながらベッドから起き上がりその大きな手に重ねて冬真は軽くその手を握ると、ドアを開けて久しぶりに落ち着いた雰囲気のロビーに出て朱音は吹き抜けを見上げ、次に視線を下ろしお洒落な内側のガラスドアをみて、毎日ここを開けてこの洋館に入っていたのが遠い昔のように思える。


冬真がダイニングのドアを開ければいつもみんなで食事を囲んだ広いテーブルに後ろの窓からは庭が見えて、木々の葉も落ちて寂しい景色なのに朱音にはその穏やかな景色を見られていることが不思議な気持ちだ。


既に健人はいつもの席に座り、未だ落ち着かなそうな朱音を笑って迎え、冬真が朱音を席に座らせ自分の席に座ると、アレクが各自の前にサンドイッチを置いていくのを朱音はじっと見つめる。


何故かアレクの目とあの大型犬の目が重なるが、いつもアレクを見ているせいなのかと思いつつ、朱音が覗き込むようにアレクを見ているのを見て冬真と健人は思わず笑ってしまう。


アレクは朱音の探るような視線から逃げようとしたが、



「アレクも食べようよ」



という朱音の一言で渋々隣に座ることになり、微妙に距離を取って朱音から顔を背けて座る姿に健人は大笑いして朱音は首をかしげた。


冬真がそんな朱音に目を細め口を開く。



「お帰りなさい、朱音さん」



「・・・・・・はい、ただいまです!」



朱音は一瞬言葉に詰まって、アレク、健人、冬真をゆっくり見回してから満面の笑みで答えた。


久しぶりに明るい声と笑い声が古い洋館に広がって、空気すら温かなオレンジ色にかわるようだ。


横浜山手にあるこの洋館には美しい宝石魔術師がいる。


その彼の仕事部屋にはラブラドライトのネックレスが一つ、鍵のかかった小さな箱に仕舞われて、青い光を優しくまとわせていた。


                                END

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横浜山手の宝石魔術師 桜居かのん @sakurai_kanon

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