第22話



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六月も残りわずか、朱音は仕事終えオフィスの入るビルのエレベーターに乗り込むと、決めごとのようになっている帰る時間を冬真にLINEしようかとスマートフォンを鞄から出す。


夕食を家で取るようになってから、食事を準備する時間があるため帰る時間を報告することになっていた。


付き合いなどで遅くなるときは事前に伝え、そんな時でも終わると連絡を入れることになっている。


すると駅までアレク、健人、冬真の誰かが迎えに来るのだ。


駅から洋館までは暗いし坂道ではあるが、夜の八時以降は絶対に一人で帰るなと言われ、誰も行けない場合は後で費用を払うからケチらずに必ずタクシーで帰ってくるように言われている。


心配しているからだとわかっていても、なんだか酷く子供扱いされているようであまり嬉しくは無い。


それに何か管理されているような気もして、以前、大丈夫だから一人で帰れますと言うと笑顔で却下された。


住む場所に困っていたところにあんな素晴らしい部屋を無料で貸してもらい、食事まで出してもらっている。


申し訳なくて何度か光熱費や食事の費用を出すと言っても一切受け取ってもらえない。


洋館に住むときになったとき何故前のアパートを借りたのかを聞かれ、給与の手取り額、大学の奨学金の返済、そして実家に仕送りしていることを伝えると、冬真は笑みを浮かべずに、浮いたお金は自分への投資に使って下さいと言った。


きっと投資というのは資格と取るための費用や滅多に買わない洋服などを買うことなのだろうが、朱音としては複雑な心境になってしまう。


ビルの一階ロビーを歩きながら何だか連絡をするのが億劫になりそうになったその時、後ろから声をかけられ振り向けばそれは同じ会社に勤めている女性だった。



「相良さんこの後暇?


実は飲み会参加者にドタキャン出ちゃって。


結構男性も来るし、行こうよ」



年上で明るい性格の人だが、今日は合コンなのだとお昼休み楽しそうに話していた気がするからそれなのだろう。


朱音としてはそういうのにはあまり興味が無いし、やんわりと断った。



「えー、相良さんって飲み会あってもほとんど来ないじゃない」



「すみません、お酒弱いので・・・・・・」



「ノンアルもあるし、気分転換だと思っていこうよ。


色々な人に会うのは交流広がるし、勉強になるよー」



確かに会社と家との往復だけなら新しい交流は増えない。


行こう行こうと腕を引っ張る女性に、朱音は仕方なく行きますと答え、



「連絡したいので飲み会の場所、教えてもらえませんか?」



というと、女性は心底驚いた顔をした。



「えっ、彼氏いたの?!」



「いえいえ!下宿先の大家さんに帰る時間とか連絡することになってるんです。


今日は何も言わなかったので私の分のご飯を作ってあると思いますし」



「はー?何ソレ。


もう社会人なんだし、そういうのは自分で管理すべきなんじゃないの?」



「色々健康とか心配してもらって私からすればありがたいですし、大家さんにご迷惑をかけるわけには」



「いやいや、それは駄目だよ。


そんな連絡せずに行こう!もう時間ギリギリなの、走らなきゃ!」



そういうと朱音の腕を掴んで走り出し、朱音は走りながら罪悪感を感じつつもスマートフォンを鞄に入れた。




居酒屋で行われた飲み会という名の合コンは割と大人数だった。


朱音は終始ノンアルコールで済ませていたが、飲み会というのは飲めない人間にとっては非常にコストパフォーマンスが悪いイベントだ。


酒は何杯でも呑めるが、食べ物とジュースというのはそんなには進まない。


朱音がそろりと鞄からスマートフォンを出してみれば案の定冬真からLINEが届いていて、残業ですか?迎えに行きますよ、という内容を見て心が痛む。


朱音は迷った後、急遽飲み会に誘われ連絡できなかったことと、飲み会の場所だけ書いて急いで送信する。


なぜなら声をかけられ、それ以上書くことが出来なかった。



「相良さんだっけ?」



「あ、はい」



「俺、平川。こんなに人数いたら覚えてないよねー。


相良さんって酒苦手なの?さっきからウーロン茶しか飲んでないし」



気が付けば平川と名乗る男が隣に来て笑顔で話しかけてくる。


朱音とそんなに年は変わらなそうだが、自分はモテるというオーラがチャラさを引き立て、話し方からしても女性の扱いに慣れているようだ。


おそらくイケメンなのだろうが、この人が笑うのと冬真が笑うのでは天と地も差があるのは何故だろう。


きっと格好いい人なのになんでこんなに安っぽくなるのか、朱音は真面目にその理由を考えていた。


平川が少しくらいと酒を勧めてくるので、すぐに酔って気持ち悪くなるんです、と答えれば、可愛いね~と言われた朱音が恥ずかしそうな困ったような表情をしたのが男の何かをくすぐった。


朱音が内心、可愛いと言われたのに、冬真に言われる場合とこんなにも感じ方が違うんだな、などと酷いことを思っていることなど露にも思わずに。


平川は軽く笑うと、朱音に顔を近づけ小声で声をかける。



「俺、もう帰ろうと思ってるんだけど一緒に出ない?」



「そうなんですか?私も早く帰りたいので助かります」



冬真のことが気になっている朱音からすれば渡りに船だ。


男は、そうしようというと、壁のハンガーに掛けてあるスーツのジャケットを着て財布を出している。


朱音も鞄から財布を出そうとしたらスマートフォンに着信のランプ。


開けば、冬真から迎えに行きますとだけ書かれていた。


迎えに行きますとは、連絡をすれば行きますということだろうか。


朱音はとりあえず今から店を出ることだけ打つと送信し、誘った会社の女性に先に帰ると告げようとしたら、



「じゃぁ俺たちお先に」



気が付けば隣にさっきの男がいて皆に声をかけたので、一斉に皆が男と朱音を見た。



「うっそ、早い!」



「さすが!」



周囲から冷やかしの声が上がるが男は涼しい顔で朱音を出口に誘い、はやし立てられた理由を朱音は気が付いていない。



「この後希望ある?」



店を出た途端男に聞かれ、朱音は首をかしげた。



「帰るルートですか?」



朱音の言葉に男は目を丸くすると、男は笑みを浮かべて朱音の肩に手を伸ばした。



「ねぇ、夜景でも見ていかない?」



朱音はそこでやっと、自分が男と早めに出ると言ったのが誤解を生んだことに気が付いた。



「すみません、私本当に早く帰ろうと思って」



「なんで?まだ九時過ぎだよ?」



「下宿していて、その」



「今時下宿なんてあるんだね!送ってくから少し付き合ってよ」



男の朱音の肩に置かれた手にぐっと力が入り、朱音は男に引き寄せられぐらりとよろけて男に抱きしめられるような形になってしまった。


すみませんと言って慌てて離れようとする朱音を、男は楽しそうにして離さない。


ここは飲食店の建ち並ぶビルの中と言うこともあり、朱音たちがそんなことをしていても誰も気にとめたりはしてないようで朱音は恥ずかしくて逃げようともぞもぞ動くのに、それでも男の手は緩まないので朱音はさすがにやめて欲しいと言おうとした。



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