【三章】機嫌を直してくれない?

 あれから凛とポン太のじゃれ合いはしばらく続き、満足したポン太が葵の部屋を出て行った。陽斗も現実を受け入れようと一緒に部屋を出て行って、部屋には満足そうに笑みを浮かべる凛とその横で不貞腐れている葵がいた。


「葵……? どうしたの?」

「……」


 ポン太にくしゃくしゃにされた凛の髪を見て、どこか機嫌悪そうに髪を撫でる。優しく整える様に撫でるのがくすぐったいのか、凛は小さく声を漏らした。


「葵?」


 髪を整え終えて、葵はじっと凛を見つめる。不思議そうな表情かおで見つめ返されて、葵の心の中は揺れていた。


「もしかして……いじけてる……?」

「……うん」


 少し照れた様に、だけど素直に呟かれた言葉に驚いた凛は、なんだか嬉しくなってしまい葵の頭をポンポンと撫で始めた。


「ワンちゃんひとりじめしちゃってごめんね?」

「……凛って鈍感だよね」

「わっ!」


 撫でていた凛の手を掴んで、葵はそのまま凛を床に押し倒した。整えた髪が床に乱れて、息が掛かる程の距離で見つめられた。


「……凛を独り占めしていいのは僕だけだよ?」

「……あおい……?」


 熱を帯びた視線で見つめられて、凛は顔が赤くなっていく。ドキドキと高鳴る鼓動はどちらの音なのだろうか。


「葵になら……ひとりじめされたいよ」

「――ッ!?」


 熱い吐息が葵の口から漏れて、動揺したまま葵は起き上がって凛に背を向けた。凛は起き上がった後、不思議そうに葵の後姿を見ると、真っ赤な耳を見つけて、じっと視線を送る。


「ひとりじめ、してくれないの?」


 不思議そうに呟いた凛の言葉に慌てて振り向いた葵の顔は、沸騰するのではないという位に真っ赤だった。そんな葵を見つめる凛の顔も熱を帯びていた。大きな瞳から伝わる感情が葵の心を揺らした。


「やっぱり凛ってずるいな」

「ん?」


 嬉しそうに笑いながら葵は凛に近付いた。不思議そうに見上げた凛と視線が交わる。

 

「……そんな可愛い顔されたら止まらなくなっちゃう」

「んっ……」


 一瞬だけ触れた熱はとても熱くて。顔を見られたくなくて葵は凛を抱きしめた。その背中に凛は手を回す。お互いの体温と鼓動を感じて、しばらくお互いの事だけを感じていた。


 *


 その後、二人が落ち着き、雑談していて時間が過ぎた。そろそろいい頃合いだろうと、凛は鞄の中から小さな箱を出した。


「気に入ってくれるとうれしいな」

「ありがとう。僕からのも受け取って?」

「えへへ、ありがとう!」


 今日のメインイベントでもあるホワイトデーのお返しの交換会が始まった。お互いに確認してプレゼントを開けていく。

 葵が受取った小さな箱にはシンプルでお洒落な腕時計が入っていた。それを嬉しそうに眺めている葵に気付いて凛は微笑む。


「葵いつも時計してるから、好きかなって思って選んだんだ」

「ありがとう。凄く嬉しい」


 相当気に入ったのかまだ眺めていて、その姿が可愛いなと思いながら凛も渡された箱を開けていく。キラリと光ったそれは、シンプルだけど可愛いネックレスだった。


「わっかわいい……!」

「凛がもっと可愛くなれる様に選んだんだ」


「付けてあげる」とネックレスを受け取って葵は凛の後ろに座る。髪を絡ませない様に優しく首に回して付け終えると正面に来て優しく微笑まれた。


「やっぱり、凄く似合う」

「あ、ありがとう……」


 とても嬉しそうな表情かおで見つめられて凛は照れてしまう。だけどしっかり視線を合わせて微笑んだ。ネックレスが窓から漏れる太陽の光でキラキラと輝いていて、凛の笑顔も輝いている様に見える程、葵は凛の笑顔に惹かれてしまう。じっと凛の姿を見つめて頬を染める葵に凛は益々照れてしまい、恥ずかしそうに葵のジャケットの裾を掴んだ。


「私、ね……今すっごく幸せだよ」

「……っ」


 満面の笑みで見つめられて、葵は鼓動が破壊されてしまうかの様な錯覚に陥る。ジャケットの裾を掴んでいた手が触れて、ゆっくりと指を絡ませて来る。


「葵は……?」

「……凛といる時はいつも幸せだけど……今は特別」


 葵からも指を絡ませて、その手を上げて口元へ持っていった。凛の指に少しだけ触れた熱はすぐに離れて行ってしまう。その感覚がずっと残っていて、凛の顔は林檎の様に熟していく。だけど視線の先に同じような林檎が見えて、凛は嬉しくてまた笑った。


 *


 それから雑談したりゲームをしたりして夕方になったので、凛を送りに葵は家を出て行った。凛の家の前でいつもの様に少しだけ話をしている。


「また遊びに行ってもいい?」

「勿論。今度は陽兄に言っておくから」


「あとポン太にも」と小さく加えられて、葵が可愛くて凛は小さく笑い声を漏らす。そんな凛に少しだけ不機嫌になりながらも、手を振って凛が家に入ったのを確認すると葵は自分の家へ帰って行く。出てくる前はまだ太陽の灯りが見えていたが、最近は日が暮れるのが早くなっていて暗闇はすぐそこに迫っていた。自分の家が見えて軒先の灯りに照らされる人物を確認して葵は少し足を速める。


「陽兄どうしたの?」

「可愛い葵が無事に帰って来るのを待ってたの」

「相変わらずだね」

「そりゃあ世界一大切な妹だからな」


 葵が帰って来たのを確認すると、玄関のドアを開けて先に葵を家に入らせてからドアを閉めて鍵を掛ける。靴を脱いでリビングに行く葵の後を陽斗はついて行く。ダイニングテーブルに腰かけた葵は陽斗が座るのを待っている様だった。その葵の様子に気付いた陽斗は、葵の正面に座ったが視線は葵へ向けなかった。


「凛くん……だっけ?」

「うん?」

「……いい子だな」


 外されていた視線を向けて少し悔しそうに呟かれた陽斗の言葉に葵は目を丸くした。こんなに簡単に認めてくれるとは思っていなかったからだ。


「可愛いしさ、葵はそういう所が好きなんだろ?」

「……やっぱり兄貴には分かっちゃうんだ」

「そりゃ当然」


 林檎を見て林檎だと認識する様な口振りの陽斗。苦笑しながらも葵はどこか嬉しそうだった。そんな葵の感情を察知したのか、陽斗も口端を上げる。久しぶりに会ってもお互い変わっていなくて安心できる。三田家はいつもそうだ。今日は慌ただしい一日になってしまったが、それでも葵が元気でいてくれて、それだけで陽斗は安心できる。


「あ、でも、葵を泣かせたら凛くんでもタダじゃおかねえからな!」

「あー、どっちかって言うと僕の方が泣かせているかも」

「エ? って痛ったぁァァアポンちゃんヤメテ!!」

 

 いつの間にか陽斗の足元に来ていたポン太が陽斗の脚を噛んでいる。玩具と間違えているのかという位に真剣に噛まれていて陽斗は叫び続ける。


「陽兄が元気そうで安心した」

「ァまって葵、ポン太アッアア――」


 相変わらずの陽斗を見て安心したのか、葵は自分の部屋へ戻って行った。リビングに残された陽斗は未だにポン太に脚を噛まれていて、ポン太の心情が解からずに悶え続けていた。


「ポンちゃんもしかして凛くん帰らせちゃったの怒ってる? 機嫌直してっイッテエエエエ――」


 そうだと言わんばかりに噛まれて、今日一番の陽斗の絶叫が響いた。


メスって怖ぇ……)


 ポン太の機嫌が直るまであとどれ位怯えればいいのか、陽斗の恐怖体験は続いて行った。


<九話へ続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る