【二章】お兄ちゃんは認めません!!

「あの……お兄さんだいじょうぶ……?」

「気にしなくていいよ。元々居ない筈だったんだし」

「で、でもちゃんと挨拶できたかな……?」

「凛」


 葵のシンプルな部屋で凛は不安そうにしながら座っていた。凛のその様子に葵は機嫌悪そうに隣に座って顔を近付けた。


「今日は特別な日にしたいんだ」

「あ……」

「だから僕の事だけを考えていて欲しい」

「うん……」


 少しだけ凛を押し倒す様にして、葵は視界に自分しか映らない様にして囁いた。今日は三月十四日。ホワイトデーだ。バレンタインにお互いにチョコを渡したので、そのお返しの交換会も兼ねてのおうちデート。前から凛が来たがっていたし、家なら誰にも邪魔されないし丁度いいと思っていたのだが。たまたま、実家を出て一人暮らししている兄が帰って来ていた。

 吐息が掛かりそうな距離を葵はゆっくりと縮めて行く。凛は自然と目を瞑って葵を待った。


 ――トントン


 ドアをノックする音で二人の身体は跳ね上がり、動揺しながら離れた。控えめなノックだったので母かもしれないが念のため葵はドアに寄り、少しだけ隙間を開けて確認する。


「……」

「……」


 視線だけで会話でもしているのだろうかという位の沈黙が続いて、葵はドアを閉めようと手を動かした瞬間にドアの隙間を開けて部屋に入って来たのは陽斗だ。邪魔をされて不機嫌なオーラを出しながら葵は陽斗を睨んだ。


「陽兄……」

「う、百歩譲って恋人なのは認めよう! だがな、彼氏おとこだという証拠はあるのか!?」

「人を見かけで判断するのは良くないって教えてくれたのは兄貴だよ?」

「う……」


 陽斗がそう教えていたのは昔から葵がボーイッシュな見た目をしていたからだ。葵はそれで悩んだ時期もあった。だけど葵は葵だとそう教えてくれた兄は今、あろう事か妹の彼氏を見た目で判断している。葵の冷たい視線から逃れる様に凛を見ると、立ち上がってスカートを掴んでいた。


「あの……これなら、信じてもらえますか?」


 ゆっくりスカートを上げて行く凛に、陽斗は動揺して顔を手で隠した。だけど気になってしまい指の隙間から上がっていくスカートを見てしまう。


「駄目ッ!」

「あ、葵……」


 葵は凛に駆け寄ってスカートを捲し上げる手を止めた。

 

「凛はもっと自分を大切にして」

「あ……う、うん」


 世界には二人しか存在していないかの様に、葵と凛はお互いしか認知していない。


(あれ? オレは何だ? オレは空気か? 壁になるべきか?)


 当事者でないのに顔が赤くなってしまう程のやり取りに、陽斗は鼓動が煩くて仕方ない。

 ハアハアと聞こえる息は自分のものだろうかと疑問に思ってしまったが、いつの間にか隣にいた愛犬に陽斗は飛び上がって一歩横にずれる。


「あ、おいポン太! 今そこ行ったら――」


 ポン太と呼ばれた愛犬のゴールデンレトリーバーはお互いしか見えていない葵と凛に向かって行った。久々に帰って来た陽斗より初めて見る姿に興味津々だ。


「わっ……!」

「あ、凛ッ」


 ポン太は凛に勢いよく飛びついて、凛はポン太の重みで傍にあったベッドに倒れてしまった。上に乗られて顔を舐められていて「くすぐったいよ」なんて笑う凛をじっと見つめてしまう葵と陽斗。


「ポン太……僕には懐かないのに……」

「ポン太はメスだからオスにしか興味ねえんだよ…………ァァッ!!」


 葵はじゃれ合う二人の姿に複雑な思いで項垂れていたが、ふと発した陽斗の不思議な声で凛を見た。じゃれ合いすぎてスカートが捲れていて凛の下着が見えている。女性ものではあるがそこにある男を見て真顔になる陽斗と慌てて駆け寄ってスカートを下げる葵。


「ポン太その子は僕の大事な人だから、そろそろ離れてあげて?」


 なだめる様に声を掛けた葵の声が聞こえていないのか、ポン太まだ夢中になって凛とじゃれ合い続けている。葵が入る隙間が無く、葵は雷に打たれた様に険しい顔になってしまった。


「う……ポン太に凛を取られた……」

「ど、どんまい……」


 悲しみに暮れながら葵はベッドから離れて陽斗の隣に座った。複雑な心境は陽斗も同じで葵に掛ける言葉はそれしか見つからなかった。

 膝を抱えて悲しむ葵の為になんとかしたい陽斗だが、ポン太のじゃじゃ馬な性格は昔から変わらずで、興味が無くなるのを待つしかなく、凛の楽しそうな声とポン太の楽しそうな息の音だけが部屋に響いていた。

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