第八話「My brother!」

【一章】僕と私と兄

 三月に入ってもまだ肌寒い日が続き、早く春になって欲しいと願い始める今日この頃。

 今日は三月十四日。丁度土曜で部活も休みなのでデートをしようと約束をしていた。葵は凛を迎えに凛の家へ行くとチャイムを鳴らす。インターホン越しに凛の母から「ちょっと待っててね~」と返答があり、次いで家の中からドタバタと賑やかな音が聞こえて来る。相変わらずの北川家に微笑んでいると、控えめにドアが開いた。


「お、おまたせしました……!」

「……」

「あ……変、かな……?」

「……可愛すぎて吃驚しちゃった」


 凛はいつもニットのトップスにミニスカートな事が多い。だから膝丈のワンピース姿は新鮮だった。それにいつも二つに結わいている髪も丁寧に巻かれて下ろしていて、照れた様に髪先を触っていた。まるで別人の様な凛に葵は夢中になってしまう。

 

「あ、葵だって、なんか今日は雰囲気がちがう……」

「……だって今日は大切な日だからさ」


 葵はいつもカジュアルな服を好むが、今日はいつもよりきれい目のカジュアルで、細身のジャケットとパンツが背の高さを強調していた。凛の言葉に照れた様に少しだけ視線を逸らして、だけどまた目を合わせて手を差し出した。


「行こうか」

「うん!」

 

 王子様とお姫様の様な二人は、手を繋いで歩き出す。どこか緊張した様な雰囲気で、ゆっくりと。向かう先はもう決まっている。凛の家から数分歩いた先にある葵の家だ。葵は何度か凛の家に遊びに来ていたが、葵の家に凛が遊びに来るのは初めてで、だからこそ緊張しているのだが。


(葵、喜んでくれるかな……?)


 鞄の中にあるプレゼントを思い出しながら、凛は葵を見上げた。視線が合って、見つめられていた事に動揺して繋いだ手に力が入る。


「今日は母さんしかいないし、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ?」

「はう!?」


 顔に緊張が出ていた様で、クスクスと笑う葵に手を引かれて歩き続ければ、大きな一軒家の前で葵は止まった。なんだかお金持ちの様な家に益々緊張してしまって、家を見上げる凛の手を引きながら葵はドアに鍵を差した。ゆっくりとドアを開けて招く様に家に入る。


「あ・お・い~~!!」

「えッ!?」

「わぁ!?」


 ドアが開いて中から飛び出して来た男性に葵は飛びつかれた。驚きのあまり凛と繋いでいた手を離して葵は男性を引き剥がそうと必死だ。


陽兄はるにいなんでいるの!?」

「都合ついたから帰って来た! 会いたかったぞ葵~~……ん?」

「……わぁ」


 コントの様な状況を目を丸くしながら見つめる凛。その姿に気付いた男性はじっと凛の事を見つめていた。ふと我に返ったのか葵から離れつつ――だがしかし触れられる程の距離にいて――凛の事を見つめ直す。


「随分可愛い友達いるな!」

「……折角だから紹介するね。彼氏の北川凛さん」

「あ、はじめまして、北川凛です」

「こっちは兄貴の陽斗はると


「今日帰って来るなら凛を連れて来なかったのに……」とぼそりと呟いた後何事も無かったかの様に家に入っていく葵。不安になりながらも凛は葵の後をついて行く。残されたのは石化している葵の兄――陽斗だけだ。


「カレシ……??」


 小鳥の囀りの様に呟いて、もう一度石化した。


「え…………??」


 今紹介された彼氏は女の姿をしていた。理解が追い付かないが、一つ解ったのはという事であり。


「はああああああああああああああああああ!?」


 それを理解した瞬間、陽斗は叫びながら家に入りドアを豪快に閉めた。

 葵が凛と階段を上り自室に向かうのを壁に隠れながら追いかけて、部屋に入った後、聞き耳を立てる様に部屋のドアに張り付く。


(クソッ全然聞こえねえ……! 葵に何かしたらタダじゃおかね――)

「あ、陽兄、言っておくけど今日はデートなので」


 葵はドアを思い切り開けてドアで陽斗を殴った。ドアの前にいる事は葵の想定内だったらしく、壁とドアの間に挟まれながら陽斗は痛みに悶えている。


「待て、オレはまだ認めて――」

「デートなので」


 ドアから陽斗を覗いてきた葵の顔はなんと表現するのが正しいのか判らない位にホラーだった。恐怖で固まっている陽斗を見て葵はゆっくりとドアを閉めた。


(あ、あんな葵初めて見た……)


 そう冷や汗を垂らしながら壁に寄り掛かっている陽斗だったが、我に返り立ち上がると気配を消してその場を動かない。


(彼氏だろうが彼女だろうがオレは認めてねえからな葵――!!)


 陽斗は心の炎を燃やしながら、大好きな妹に相応しい相手なのかを見定める試練が、一人で勝手に始まった。

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