【二章】恋のキューピットも満更じゃないかも?

 一日の行動が終わり、宿屋に着いてから夕食を食べると、男女それぞれの部屋で行動を取る。葵と楓は同じ部屋で、風呂から上がってのんびりと休憩をしていた。


「楓、今日はありがとう」

「ん? お礼を言われる様な事はしてないが?」

「あんな風に笑ったの久々だったから……そのお礼」


 なんとなく楓は察した。葵は友達と過ごしている印象はあまりなかった。だからこうして仲良くする人物も少ないのだろう。嬉しそうな顔は今も、写真の中にも収まっている。


「本当、楽しそうに笑ってるわ」

「……っえ!? ちょっとなんでそんなの撮ってるの!?」

「ちなみに動画もあるよ」


 録画ボタンを押したらいいタイミングで画面に収まって来たから、楓も笑いを堪えるのに必死だったのだ。鹿に襲われる凛をみて爆笑する葵がスマホに映し出されている。


「消してっ、ってか撮ってたなら言って」

「面白いから嫌だった」


 楓のスマホを奪おうと必死に手を伸ばすが楓は思っていたより上手く避けて、結果スマホは奪えなかった。


「……っ、り、凛には見せないでっ」

「えー? じゃあ、葵の本音を聞かせてくれたら考えてあげる」


 悪戯に笑う楓に、葵は口を尖らせる。そんな表情かおも出来るんだなって、楓は面白そうに笑った。


「凛の事、好きなんでしょ?」

「……っ、」

「凛には内緒にしてあげる」

「……っ、楓も結構ずるいよね……」


「そう?」なんて、楓は笑う。凛もそうだが葵も揶揄うと楽しいのだ。それに葵の本音を聞きたいと思っていたのは楓の正直な気持ちだ。凛の事が好きなのは知っている。だけど、どういう『好き』なのかはハッキリしたいと思っていた。


「……好きだよ。ずっと前から、好きなんだ」

「……ずっと前って?」

「……一年の頃から……――」


 そう言って葵は一年生の頃の事を思い出しながら語り始めた。



 *



 入学して早々、葵には女子のファンが出来ていた。中学の頃もそうだったし、昔から誰かに好意を向けられるのは葵の日常だった。だけど、葵はその誰かに好意を向ける事はなかった。好意を抱いてくれるのは純粋に嬉しい。だけど、葵にとっての好意は今まで友人から上に上がった事はない。誰にでも平等に接して、平穏な日々は葵にとっての日常だった。だけどそんなある日、ファン同士で喧嘩があった。それが葵の耳にまで届く程の大きな喧嘩。今までも小さな言い争いなどは少なからずあった。葵が知らなかっただけ。多くの人に好かれるという事は嬉しいだけでないのだと、その時初めて知った。それから誰にも悲しんで欲しくなくて、喧嘩はしないとか少しだけ規則を作った。それが葵の望みだとファン同士は規則を守る様になった。その後は葵の元に騒動は聞こえて来なかったが、聞こえない所で何かがある不安はいつもあった。だから葵は誰かに好意を向ける事に慎重になってしまった。


 それが一年の夏休みが終わってすぐの頃。学内でも話題になったその騒動を切欠に、葵は一人でいる事が増えた。何人かとグループで過ごす事もあったけれども、一人でいた方が誰かを傷つけない気がしたからだ。

 

 放課後になり、いつもの様に部活へ向かおうと廊下を歩く葵の顔はどこか憂いでいた。でも前を向かなければ、と顔を上げて歩き続ける。


(え……今、男子トイレから……?)


 男子トイレから出て来た女子に動揺して、葵は立ち止まる。葵に背を向ける様にして歩いて行ったその女子は何事も無い様に教室へ入って行った。


(え……男子制服……?)


 教室に入る前に気付いたが、彼女は男子制服を着ていた。でも胸に掛かる程の長い髪は二つに結っていて、顔立ちも女子だった。疑問符が浮かんだまま、葵は部活へ向かって、その日は調子が悪かった。

 後日知ったのだが、同学年に女子の様な見た目の男子がいるらしい。その後、彼を度々校内で見かけて、その度に見てしまって、気が付いたら視線で追っていた。だけどこれが恋愛感情なのか解らなかったし、話した事もないまま二年になった。だから同じクラスになれた事が嬉しかった。気付かれない様に視界に入れて、だけどずっと話す事はないのだろうと思っていた。

 そんな葵の想像は想像で終わった。教室から出て偶然ぶつかったあの時、凛は緊張しながら声を掛けてくれた。凄く嬉しかったし、今こんな風に仲良くなれているのが夢の様だ。


「――ああ、なるほど。一年の時から感じていた視線はそれか」

「え……?」


 楓は納得した様に声を出す。楓は一年の頃から凛と同じクラスで、楓が男子とも積極的に接する性格なのもあり、凛とはすぐに仲良くなっていた。だから葵の視線には気付いていたらしい。


「だってあれは恋をする視線だったしね。凛は全然気付いてなかったけど」

「そ、そう……」


 楓には敵わないと改めて葵は思う。照れて楓を直視できない。でもだから、本音を言えるのかもしれない。


「だから、凛の事は大切にしたくて……」


 凛は男子ではあるが、見た目も行動も女子だ。それに加えて葵が男子の様な見た目や行動をするので、凛の事は守ってあげたくなる。どちらが王子様なのかと聞かれたら、葵は自分だと答えるだろう。それに満更でない凛がいるから、葵は凛の事を好きだと思う。


「もう十分大切にしてるじゃん?」

「……ん、いや、そうだけど、いや……前から思ってたけど楓って結構ストレートだよね」


 楓に余裕があるのは性格もそうだろうが、彼氏がいるからというのもあるだろう。恋愛に関しては楓の方が知っている。


「だって、素直に言わないと伝わらない事がいっぱいなんだぞ?」


 そう言う楓の表情かおは恋する女子おんなだった。誰を想ってその笑みを見せるのか、なんとなく葵は察して、そういう物なのだろうかと、納得してしまった。

 

「で? いつ告白するの? はぐれたふりして絵馬書いてたでしょ? ん?」


 神社で葵が姿を消していたのは、絵馬を書いていたからだ。どのお守りを買うか悩んでいる時に葵が何かを先に買っているのを楓は見ていた。気付かれない様にしていたつもりだろうが、楓には小細工は通用しない。

 

「……っ、飲み物買って来るっ!」

「行ってらっしゃーい」


 照れながら走って部屋を出ていく葵に手を振りながら、楓はニヤニヤと笑っていた。


(まあでも、素直になるって難しいんだよね)


 誰の事を思ってなのか、切なげな表情で楓は呟く。少しして楓は視線を落とし、楽しそうな光景が広がるスマホの写真を、面白そうに眺めていた。

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