第三話「これ以上の事を望んでしまいそう」

【一章】恋をするという事

 十月になり、夏の暑さは落ち着いていて、肌寒い日々が続いている。近年は秋が短いと感じる程に気温差が激しい。木々も朱く色づき、辺りは秋一色に染まっている。

 そんな今日は修学旅行だ。奈良の観光名所を回った後で、今から自由行動。凛と葵と楓の三人の班は事前に話し合ってどこに行くのか決めていた。


「凛そっちじゃない」


 三人で並んで歩いているといつの間にか凛がはぐれていく。これで二回目だ。学校がある東京とは違って奈良の土地勘は三人とも無いのではぐれたら大変だ。


「凛、はぐれちゃ駄目だよ?」

「気をつけます……」

「はいはいもうすぐ着きますよー」


 凛の手を掴んで微笑む葵の隣を、凛は照れながら歩く。そんないつもの日常に楓は呆れながら目的地を視界に捉えていた。遠目からでも判る大きな敷地。中に入ると広さを実感させられる程の大きな神社だ。手水舎で身を清め、参拝する。先に参拝を終えていた葵の元へ凛は歩いて行き、最後に参拝している楓をゆっくりと待った。「お待たせ」とやって来た楓はそのまま二人を手招きする。


「あたしお守り欲しいのよね」

「じゃあ見に行こうか」


 そっけなく呟いた楓の隣で、葵は微笑んだ。楓はそれを知らない振りして三人は歩いて行く。お守りにもいくつか種類がある。だから楓は真剣に悩んでいた。特にこの神社は恋愛成就で有名だ。恋愛関連のお守りにもいくつか種類があり、真剣に悩む楓の横顔を凛は見つめた。


「凛も買えば?」

「……折角だし、買おうかな」


 そう言われて凛は楓と一緒に悩み始めた。いっぱいあってどれを買うか悩んでしまう。学業・縁結び・交通安全・無病息災・金運など、様々な中から一つに絞らねばならない。人は誰しも叶えたい願いはあるだろう。それが複数あれば尚更悩んでしまう。


「決まった?」

「うん!」


 凛は学業成就のお守りを買った。楓はきっと縁結びのお守りを買ったのだと想像が出来た。嬉しそうに鞄にお守りを仕舞う凛。楓も鞄に仕舞っていて、どこか切ない様な女子おんなの顔が見えた。


(誰かと付き合うのって、大変なのかな?)


 楓には彼氏がいる。楓がこの神社に来たいと言い出した理由はきっと彼氏との関係なのだろう。上手く行っていないのか、それとももっと仲良くなりたいのかは凛には判らない。でも楓が彼氏の事を好きだというのはその表情かおで解った。


「あれ? 葵どこ行った?」

「え?」


 お守りを買う際に三人で選んでいた気がするが、辺りを見渡しても葵の姿はない。はぐれてしまったのだろうか。探すにしても入れ違いになってしまったら合流するのが更に難しくなってしまう。その場で辺りを見渡し、もう一度葵の姿を探す。


「あ、いた」

「よかった……」


 遠くから姿を見せた葵は二人が辺りを見渡している事に気付いて走って来る。「ごめんごめん」と慌てて合流すると楓と凛は安堵の溜息を吐いた。


「葵、手だして」

「ん?」


 そう言って差し出された葵の手を、凛はしっかりと握った。

 

「はぐれない様に気をつけてね?」

「……うん」

「はいはい次行くよー」

 

 またか……なんて思いながら、いつもの様に楓は先陣を切る。自由行動の時間は限られているのだ。移動時間も含めるとイチャイチャしながらのんびりしている時間はない。それでも嬉しそうに凛と葵は手を繋いで楓の隣を歩き出した。



 *


 

「これが鹿せんべい……!!」


 奈良公園に着いて、鹿せんべいを掲げながら凛は目を輝かせていた。凛は動物と触れ合う機会が少なく、奈良に来たのも初めてなので感動していた。三人それぞれ鹿せんべいを買って近くにいる鹿に向き合った。


「ふふ、そんなに慌てないで? ちゃんと皆にあげるから」

「……鹿の心まで奪ってるわ、この人は」


 葵は鹿に群がられつつも、大人しく鹿せんべいを待っている鹿たちに優しく声を掛け、平等に鹿せんべいをあげていく。


「わっ、わっ、あっ、あっ」

「……こっちは襲われてるわ」


 楓は凛の方を振り向くと、踏まれる様に鹿に遊ばれる凛の姿があった。早く鹿せんべいを寄越せと言わんばかりに凛に群がる鹿たちは少々乱暴に凛に突撃している。


「か、楓、たすけて……!」

「面白いから嫌」

「そ、そんな……! あうっ」


 楓は鹿に遊ばれる凛を見て笑いながらスマホで写真を撮る。動画でも撮っておくかなんてモードを切り替えて録画ボタンを押した。


「あれ、凛? ……ふ、ふふ何してるの……っ」

「あ、葵……!」


 葵が鹿せんべいをあげ終えて二人の元へやって来ると、面白い光景が広がっていて、葵は腹を抱えて笑っている。凛はこれで助かると安堵して葵を見つめた。

 

「顔に鹿せんべい付けてる人初めて見た、ふふ、ふふっ、あ、僕も写真撮って良い?」

「わ、笑ってないで助けて……!」

 

 楓の隣でスマホを取り出した葵に涙目になる凛。人の不幸を笑うなんてと言うかそれ所ではなく、このままだと鹿せんべいと間違えて食べられてしまいそうな恐怖で、凛の涙は溢れそうになる。


「楓、鹿せんべい少し貰うね」

「はーい」


 葵は満足したのかスマホをスカートのポケットに仕舞い、写真を撮り続ける楓の手から鹿せんべいを取って凛に群がる鹿に寄る。


「これあげるから、その子を返してくれる?」


 そう言って凛に群がる鹿たちも葵に心を奪われ、凛から離れて葵から鹿せんべいを受け取ると、満足そうに去って行った。地面に座り込む凛に視線を合わせる様に、葵は屈んで凛の様子を伺う。


「大丈夫……ふふ、ふふふっ」

「わ、笑わないで~」

「いやそんだけ顔に鹿せんべい付けてたら無理でしょ」

「ううっ、もういい! 顔洗ってくる!」


 楓にも笑われながら指摘されて、プンスカと怒って水道水のある所へ歩いて行った凛。ツボに入ってしまった葵はまだ笑い続けていた。

 その後の自由行動で、凛は葵と手を繋いでくれなかった。

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