第一章 『ラキ花』の世界に転生しました/第二章 シナリオ……通り?

 その日、そよそよと一面のラベンダーが美しく揺れるうすむらさきおかで、コーデリアはお昼ごはんの入ったバスケットを持って立ちくしていた。

 少し先には、麗しのアイザックともうひとり。さらさらのミルクティーカラーのかみを揺らし、平民らしきエプロンのついたワンピースを着た美しい少女が、ラベンダーの花束をアイザックにわたしている。

(あ、これ見たことある。『アイザック王子~幼少期ver~』のイベントで、実はヒロインとヒーローは小さい頃に出会っていました! ってやつだ……)

 今日はコーデリアの完治を記念して、アイザックから散歩に行こうとさそわれていたのだ。

 るんるんでついてきた結果が、まさかアイザックと聖女の出会いイベントだったなんて。

(と言うかコーデリア、実はイベント中その場にいたんだね!? かわいそうすぎる……)

 原作のコーデリアの気持ちを考えていると、思わずなみだが出そうになる。

(しかも聖女、どう見ても〝ひな〟だよね!?)

 コーデリアは目をくわっと見開いて、少女の顔を穴が開くほど見つめた。

 おかしい。ゲームの中でもエルリーナは美人だったが、これほどまでに〝ひな〟の顔ではなかったはずだ。元々美人だったため、聖女になっても全然かんはないが、それにしたってまんますぎる! とコーデリアは心の中で毒づいた。

「ひなって呼んで。あなたが元気なさそうだから、気になっちゃったの」

(えっ!? 自分でひなって言っていない!? まさか、これからもひなの名前で通す気!?)

 やっぱりそうだったことにおどろき、それ以上にひなの我が道の行きっぷりにぎもかれる。エルリーナという名前は丸無視だ。せきはどうする気なのかという疑問ですら、今の彼女の前ではかすんでしまいそうだ。

 とは言え、それをっ込みに行く勇気はない。

 前世ではさんざんめいわくをかけられてきたし、なにより今のひなは聖女。ヒロインとヒーローの間に割り込もうなんておそろしいことを、考えられるわけもなかった。

 コーデリアは息を殺して草むらにしゃがみ込んだ。幼少期エピソードには悪役令嬢が出てこなかったから、もしかしたら原作のコーデリアもこうしてかくれていたのかもしれない。

 それを考えると、びんすぎて涙が出るどころかごうきゆうしてしまいそうだ。

 一方のひなは、このまま〝過去イベント〟を進めるつもりなのだろう。何やら積極的にアイザックに話しかけている。

(それにしても……よりによって、ひなが聖女かぁ……)


 ──実は、うっすらとそんな気はしていた。

 もともと加奈はひなに巻き込まれて階段から落ちたのだし、がみも「あなたたち」と言っていた。だからじようきよう的に、一番可能性が高いのがひなだったのだ。それでもなるべく考えないようにしていた。なぜなら……。

(ひなも、アイザック様しなんだよね……)

 思い出して、コーデリアの気持ちがしずむ。

(女神様は、努力すればむくわれる世界にしてあげると言っていたけれど……こればっかりは無理だよ……)

 幼少のころから植え付けられたひなに対するあつとうれつとうかん。好きだった人はみなもれなくひなのことを好きになり、あげくの果てに加奈は〝おかん〟呼ばわりだ。

 れんあいでは、同じ世界に立つことすらおこがましいと思い知らされた。

 なのに、ねんれいイコール彼氏なしで死んだ加奈のライバルがひなだなんて。

 たとえ今の外見がどれだけ美しくても、心が完全に負けていた。

(アイザック様の愛を、よりによって聖女でヒロインのひなときそうとか、絶対に無理……)

 絶望したコーデリアがひざに顔をうずめたその時だった。

「あれ? あなただれ?」

 その声にハッとして顔を上げると、幼いひながこちらを見下ろしている。

(やばい、見つかった……!)

 コーデリアはどきりとした。この世界で記憶を取りもどしてから、初めてふたりが出会ったのだ。自分がすぐにひなだと気づいたように、ひなも加奈だと気付くかもしれない。

 けれどそんな心配とは裏腹に、ひながそのことに気付いた気配はなかった。代わりに、コーデリアを見てくすりと笑う。

「あなた……実はここにいたんだね?」

 ふくみを持たせた言葉から、コーデリアが悪役令嬢だというのは知っているらしい。

「ねえ……今言ってもわかんないかもしれないけど、次に会った時、ひなにいやがらせするのはやめてね? それってすごくなことだから」

(そんなこと、しないよ……)

 本当はそう言い返したかったけれど、そんな気力はなかった。だまってうつむくコーデリアを見て、ひなが満足したようににっこりと笑う。

「それじゃ、またね」

 そう言うと、ひなはアイザックにとびきりのがおりまいてから、気が済んだようにすたすたと歩いていった。

 ──このしゆんかん、加奈はさとっていた。


 コーデリアとアイザックの薔薇色ハッピーエンドが消え去ったことを。


 やがてひなの姿が見えなくなったのを確認して、コーデリアはのろのろとアイザックのもとへ行った。彼は子どもとは思えないほどしん的にエスコートしてくれ、そのひと時だけ、コーデリアはがらい現実を忘れられた。

「……まだ、体調が良くない?」

 知らずため息がれていたのだろう。アイザックがさぐるように顔をのぞき込んでくる。コーデリアはあわてて手を振ってみせた。

「いえっ! だいじようです! その、目の前のお花があまりにもれいだから」

「そう。よかった」

 アイザックは、コーデリアの幼女らしからぬしやべり方にも気づいていない。その純真さがまぶしくて、コーデリアは気がつけば彼に語りかけていた。

「……アイザック様は、きっとそのうちてきな人とこいに落ちるんですよね」

「恋に……? どうして?」

「そういう、運命だからですよ」

「うんめい……。むずかしい単語だ。次までに勉強してくる」

 に答えるアイザックが可愛かわいくて、コーデリアはふっと笑って彼の頭に手をばした。小さな手が、小さな頭をぽんぽんとでる。

「アイザック様。どうかちがう女性を好きになっても、私のことは忘れないでくださいね」

「なぜそんなことを言う? 僕はほかの人を好きになんてならない。君とけつこんするんだよ」

 少しだけムッとしたようにくちびるとがらせる姿もまた、とてつもなく可愛い。

(もうこの顔が見られただけで、いや、しばらく見られるだけでよしとしよう)

 コーデリアが婚約される十七歳までは、まだ時間がある。だったら、それまでの間だけでも、このいとしい王子といられる時間を大事にしよう。

(落ち込んでいたって未来が変わるわけじゃないし、よく考えたら十年間も間近で推し活できるなんて最高じゃない? こうなったら開き直って、アイザック様が私のことを忘れられなくなるぐらい、たくさん思い出を作らなきゃ!)


 それがコーデリアの考えた、〝期間限定いろハッピーライフ〟の始まりだった。


    ● ● ●


 そうして〝限りある時間を大切に〟というモットーのもと、コーデリアは着々とアイザックと思い出を作っていった。

 原作のコーデリアは彼に「いつもおこっているようで、私といつしよにいるのが嫌みたいだった」と言わしめていたが、前世のおくを取り戻した今はそうではない。

 今まで「恋愛は自分には無関係のこと」とおさえ込んでいた反動なのか、それとも元々が重い性格なのか、期間限定というめんざいを得たコーデリアは、たがが外れたようにアイザックにくした。

 多分こういうところが〝おかん〟と呼ばれる原因なのだろうと思いながら、それはもう全力で尽くした。

殿でん! また新しいお茶を持ってきましたわ。っぱいのは苦手だとおっしゃっていましたから、今日は甘いのです!」

 十五歳になったコーデリアは、すきあらば彼の勉強部屋に押しかけては、ろう回復効果のある甘味や飲み物を押し付けていた。

 ちなみに、あの後ばあやから「こうしやくれいじようとしてあるまじきことづかいは何なのです!? ただちに直しますよ!」とみっちりたたき込まれたおかげで、すっかりお嬢様言葉が板についていた。また〝アイザック様〟ではなく、〝アイザック殿下〟とも呼ぶようになった。……ばあやこわい。

 それからお土産みやげを持っていく際に、ちょっとした情報を持っていくこともあった。

「ドレス商から聞いたのですが、今王都でモスリン製のネグリジェがとても流行はやっているらしいですわ。心地ごこちかろやかでよくねむれると、男女問わず人気なのだそうです」


『流行にはびんかんであれ』


 これは前世の新人時代に、てつてい的に叩き込まれたことだった。流行に限らず、社会のあらゆる変化を敏感に感知し、経営にあたえるえいきようや危険性をいち早く知らせる。

 それも、広報の仕事のひとつだ。

 もちろん今のコーデリアは、働くどころかまごうことなき令嬢であるのだが、もはや体にみ込んだ職業病のようなもの。気づけば自然と流行を追うようになり、そしてとある理由から、それをアイザックに知らせるのが習慣となっていた。

「そうか。なら、父上にもおくって差し上げよう。モスリンの輸入量も増えそうだね」

 表情を変えず、カリカリと書き物を続けながらアイザックが答える。その横顔は少年特有のはかなさをたたえて絵画のように美しく、コーデリアはほうと見とれた。

 ──幼い頃に、おうである母をくしている彼は、ゆいいつの肉親である国王をとても大事にしている。しかし親子そろって無表情であるため、はたから見ていてもどかしいほどコミュニケーションがうまく取れていなかった。それに気づいてから、コーデリアは贈り物候補になりそうなネタを仕入れては、アイザックに伝えるのがしゆになっていた。

「あっちなみにお礼はお構いなく。どうしてもというならぜひおでお願いしますわ!」

 思い出して、急いで付け足す。ほうっておくと、アイザックからお礼としようして、ドレスやら宝石やらが次々と贈られてきてしまうからだ。その点、食べ物なら消費に困らない上、一緒に食べましょうとさそい出せて非常に都合がよかった。

「そうか。……ではまた探しておく」

 言いながら、アイザックの表情が少しだけやわらぐ。こう見えて彼自身が一番甘いもの好きだということを、コーデリアは知っていた。


 そうやって何かとネタを仕入れてはアイザックにけんじようし、それをきっかけに彼が国王に贈り物をする。そんなことをり返していたら、ある日国王から直々に呼び出された。

(さすがに、殿下の部屋にけすぎだと怒られるかしら……!?)

 ドキドキしながら訪問したコーデリアを待っていたのは、おだやかな顔をした国王だ。

「こうして改めて話をするのは久しぶりだな、コーデリア」

「陛下におかれましては、ごげんうるわしゅうございます」

 さっと公爵令嬢にふさわしいみがかれたお辞儀カーテシーろうすると、アイザックによく似たまなざしの国王が微笑ほほえむ。

「未来のむすめよ、そんなにかたくるしいあいさつはしなくてよい。今日君を呼んだのは、お礼を言いたかったからだ」

「お礼……ですか?」

 思い当たることがなくてきょとんとするコーデリアに、国王は続ける。

「聞いたのだが、息子むすこが私に贈ってくれるプレゼントは、ほとんど君が一緒に選んでくれているのだろう?」

 それを聞いてコーデリアは「ああ」と自分が呼び出された理由に思い当たった。

「選んだと言うほどのことではありませんわ。ほんの少し、助言しただけですから」

「それでもかまわない。……私は長らく息子とどう接していいかわからなかったが、贈り物をきっかけに、少しだけ話す機会が増えた。あの子もいつの間にか、ずいぶんと大きくなっていたのだな。最近は、私などよりよほど政治経済に通じているようだ」

 そう言って笑った国王のひとみやさしかった。心の底から、アイザックとの交流を喜んでいるのがわかるみに、コーデリアも微笑む。

「アイザック殿下はらしい方ですもの。将来王となるのが本当に楽しみですわ」

 その言葉に、国王の優しい瞳が今度はコーデリアに向けられる。

「それもこれも全部、君のおかげだと私は思っているよ。アイザックに君のようなレディがいてくれてよかった。これからもどうか息子を末永くたのむ」

「もちろんですわ!」

(と言っても私は、二年後にお役ごめんになってしまうのだけれど……それまでせいいつぱい、殿下をサポートするつもりよ!)


 えつけんの間から退出し、コーデリアがるんるんでろうを歩いていると、ちょうど目の前からアイザックが歩いてくるところだった。気付いた彼がこちらを見る。

「父上と話をしていたと聞いたけれど、その顔だといい話だったのかな」

「ええ! 陛下にめられてしまいましたの。……ところで殿下は、何かおなやみですか?」

 コーデリアのてきに、アイザックがかすかに目を見開いた。

 ──彼は、はたから見るといつも通りの無表情だったが、その中にわずかな違いがあることをコーデリアはいていた。伊達だてに長年、しをただ見ていたわけではない。

「……さすがだね。昔から君にだけは、どうしても見抜かれてしまう」

「ふふ、光栄ですわ。それよりも差し出がましいですが、お話を聞かせていただいても?」

 コーデリアの言葉に、アイザックはしばし考えてからうなずいた。

「……では、私の部屋に行こう」


 たどり着いた部屋で、彼はお茶を飲みながら口を開いた。

「私は王子の務めとして、最近王立学校に通い始めたのだが……」

(もちろん知っておりますとも! 殿下の大事な情報ですもの)

 という言葉は出さず、コーデリアはしゆくじよらしく返事をする。

「ええ、うわさは聞いておりますわ」

 王立騎士学校は、この国でもゆいしよただしい、そして文武両道のエリートだけが入れる学校だ。ほかの騎士学校と違い、ひつ条件としてほうの才能が求められるのもとくちよう。その代わり、卒業後はエリートコースが約束されているのだ。

(私も男だったら、やみ魔法を手に乗り込んでいたんだけれど……)

 コーデリアは考えた。


 この世界では、魔法は属性によって個性がちがう。

 あつとう的なこうげき力をほこる火魔法に、がメインとなる水魔法。それから生活面でも何かと便利な風魔法に、農耕でだいかつやくする土魔法。

 これら四元素の魔法が使える人間は、人口のおよそ二割から三割ぐらいの確率で生まれていた。さらに遺伝する確率も高いため、魔法けいしよう目的のこんいんも数多く行われている。その代表格が貴族たちだ。

 そして魔法を使える人間の中からさらに低確率で──数字で言うなら天文学的数字以下の確率だとかなんとかで──ごくごくまれに、聖魔法使いと闇魔法使いも生まれた。

 聖魔法はせきとも呼べる治癒魔法が使え、水魔法ではりよう不可能な病気や、失った身体からだの一部ですら再生できるのだという。そのため聖魔法を使える者は発見されだい、国が保護という名の下に囲い込んでしまうのが通例だ。

 対して闇魔法はと言えば。

(実はかい以外、何もできないのよね……)

 ふぅ、とコーデリアはアイザックに気付かれないようため息をついた。

 闇魔法は純然たる攻撃魔法で、できることと言えばひたすら物を破壊することだけ。

 そのりよくは他属性の追随を許さないほど圧倒的で、仮にここでコーデリアがりん大ほどの闇魔法を発動させた場合、周囲百メートルが消し飛ぶことになるだろう。

 当然、ものすごく危険かつきようあくな魔法だった。

 そして過去には、その圧倒的な力をもって国の乗っ取りや世界せいふくたくらんで「魔王」あつかいされた闇魔法使いもいた。そのせいで一時期は、闇魔法使いというだけで危険人物扱いされ、はくがいを受けていたこともある。

 だが結局、迫害すればするほど闇魔法使いは追い詰められ、最後には闇落ちしてしき方向に進んでしまう。そのため、近年は価値観の見直しを試みている最中だった。

(私がアイザック様の婚約者に選ばれたのも、こうしやくれいじようだからというよりは、闇魔法使いだったからなのよね。危険な闇魔法使いは自国に囲い込んでしまおう、ということね)

 当然、未来の王妃が闇魔法使いだということを快く思っていない人も中にはいる。将来的にコーデリアが婚約されたら、きっとそういう人たちは喜ぶのだろう。

(っていけない、殿でんが話している最中だったわ)

 コーデリアはあわててアイザックを見た。と言っても彼は彼で考え事をしているらしく、だまったきり口を開かない。

「殿下?」

 声をかけると、顔をくもらせたアイザックがようやく口を開いた。

「騎士学校で……どうも他の学生から手加減されている気がする。私が水魔法使いだからとは言え、全力でぶつかってこようとしないのだ。本気を出さないことには、学校に行っている意味がないというのに」

 アイザックは、四元素の中で最も攻撃力におとる水魔法使いだった。治癒が主なため仕方ないのかもしれないが、その弱さは属性的に得意であるはずの火魔法にも負けるほど。

だいじようだから全力で来てくれ、と言っても彼らは困ったように笑うばかり。……王族としてのげんが足りないのだろうか」

「それは……」

(多分、原因はあれよね……)

 その〝原因〟に、コーデリアは心当たりがあった。

 ジャン=ジャガッド・バルバストル。ヒーローのひとりであり、コーデリアの幼なじみでもあるジャンが、以前こんなことを言っていたのだ。

『あんなほそっこい王子サマに、俺たちの相手が務まるかよ』と。

 それを聞いたコーデリアはすかさず、細さはたいして変わらないわよ! とっ込んだのだが、ジャンに言わせると見た目の話ではないらしい。

 幼年期から騎士学校でビシバシしごかれてきたジャンたちと違って、アイザックはずっと王宮で独自のカリキュラム、つまりていおう教育を受けてきた。それでいて家臣たちが「アイザック殿下はすばらしい才能の持ち主」ともてはやすため、エリートだと自負するジャンたちにとってはおもしろくなかったのだ。

 その上アイザックの表情のとぼしさが「すかしている」と反感を買う一因にもなっていた。

(でもアイザック様って……本当はものすごい魔法の才能の持ち主なのよね)

 ほとんど知られていないが、実はアイザックも努力のおにる間もしんでしゆぎようを続け、その結果とんでもない魔法使いになっていることを、コーデリアだけは知っていた。

(ジャンはそれを知らないから、見くびっているんだわ)

『たとえ王子だろうと、自分より弱いヤツ』

 口には出さなくても、ジャンがそう思っているのは丸わかりだった。

(なら……。殿下は強いってことを、やればいいんじゃないかしら?)

 コーデリアはあごに手を当てて、じっくりと考え始めた。

(そのためにはまず、ジャンが殿下と全力で戦いたくなるようにしなければ。……あら。これってちょっと、広報にも似ているわね?)

 コーデリアが前世で広報として働いていた時代。商品にしろ会社にしろ、すべてにおいて、まずはその存在を知ってもらわないことには始まらなかった。

『こんな便利な商品がある』はもちろん、『この会社はこんなことをしている』というのを知らせるのも広報の仕事だ。

 前世でよく見た〝社名を連呼するCM〟などがいい例で、会社のにん度が上がることで仕事を受けやすくなったり、話題になって社員のモチベーションがアップしたり、また人事採用のしやすさなどにもつながる。

(CM自体は宣伝部が打つけれど、取材を受けた場合に対応するのが広報なのよね。そう考えると……今の私がまず始めるべきことは、殿下の〝広報〟かもしれない)

 広報先はもちろんメディア──ではなく、社交界。そしてジャンのいる騎士学校かいわいだ。

(ふふ、せっかくやるなら、てつてい的にやってこそよね!)

 企みを胸に、コーデリアはアイザックに問いかけた。

「殿下。ジャンと本気で戦って、勝つ見込みはありますか?」

 コーデリアがに言っていることに、彼も気付いたのだろう。表情がしんけんになる。

「もちろんだ。まんではないが、私は彼にも負けないと自負している」

 その答えにコーデリアはにっこりと微笑ほほえんだ。

「なら、私にいい案がありますわ! あのジャガイモ……じゃなかった、彼らに殿下の実力を見せつけてやりましょう!」

 コーデリアは鼻息あらく、こぶしかかげて言った。


 後日。コーデリアは満面のみで、ジャンの家をおとずれていた。

「ジャン=ジャガイモはいらっしゃいますの!?」

 さけべば、ドドドドという足音とともに、そつこうジャンが現れる。

「おい、なんだよその品種みたいな名前! 俺の名前はそんなんじゃないぞ!?」

「あら。あなたにはその名前がお似合いですわ。だってあなた、いえ、あなたたち、アイザック殿下を見くびってわざと手をいているじゃない」

 剣の天才でありはくしやくちやくなんであるジャンは、令嬢たちからの人気が高い。確か前世の人気投票でもかなりの順位にいたはずだ。だがどんなにほかから人気でも、コーデリアにとってアイザック以外の男性は全員ジャガイモにしか見えなかった。むしろアイザックを悪く言う分、作物としてゆうしゆうなジャガイモよりよっぽど地位は低い。

 アイザックの名前に、ジャンがピクリと反応する。それから思い切りいやそうな顔をした。

「……あら、その反応、どうやらもううわさは聞いているようですわね?」

 たずねれば案の定、ジャンがイライラしたように言った。

「まったく、一体どこからあんな噂が出ているんだ? よりによって俺たちがあの王子サマに勝てないなんて、そんなことがありえるかよ?」


 ──『学校では、だれもアイザック殿下に勝てないらしい』。それがちまたで広がっている噂だった。


 もちろん、そこにはコーデリアが一枚かんでいる。

 と言っても、今回コーデリアが行ったのは〝事実を言い広めただけ〟。

 この世界のメディアならぬ令嬢たちを茶会に招き、アイザックがいかに強いかということをとうとうと語る。それから実際に、とにかく派手で強そうにほうをアイザックにろうしてもらい、最後にこうを付け加えたのだ。

『アイザック殿下は、いまだ騎士学校で負け知らずらしいですわ』

 と。それに対してアイザックは当然、

『そういうわけではない。手加減されているだけだ』

 とこれまた事実を言うのだが、先ほどものすごく強そうな魔法を見てしまったれいじようたちにとってみれば、それはけんそんにしか聞こえないだろう。

ぼうの王太子にド派手な魔法』。楽しいものが大好きな令嬢たちが、あちこちで自分が見たものをふいちようして回った結果出来上がったのが、今の噂というわけだった。

(この広まり方。もしこの世界にSNSがあったら、〝トレンド〟にっていましたわね)

 発表した情報がSNSで話題になってトレンドに載る。それは広報・宣伝として大成功ということに他ならない。

「それよりも、いいんですの? このままだとあなたたち、アイザック殿でんより弱いということになりますわよね?」

 コーデリアはわざと〝弱い〟を強調して言った。

(ふっふっふ。こういうあおり方って前世ではえんじようリスクがあるからひかえていたけれど、異世界はいいわね。なんてったって治外法権だもの!)

「いいわけがないだろう!」

 ジャンがえると、その言葉を待っていましたとばかりにコーデリアが身を乗り出す。

「そう言うと思いましたわ! なら、練習試合を行いますわよね!?」

「は!? なんでそんなめんどくさいこと……」

「あら、まさかげる気? ならあの噂は事実ってことになってしまいますわねえ……」

 その言葉に、何か気づいたらしいジャンがバッとコーデリアを見る。

「さてはお前……はめやがったな!?」

「さて、何のことかしら? 手を抜いていたのは私ではなくってよ」

「くっ……。わかったよ、練習試合、やってやろうじゃないか!」

 こうしてコーデリアは、まんまとジャンをからめとることに成功したのだった。

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