第50話 村の危機。


 転移が完了して最初にユーリが感じたのは悲鳴と怒声だった。

 その次に感じたのはチリチリとヒリつく空気の匂い。

 戦場で慣れた匂いに似ていたが、戦場ほどの濃密さはない。

 薄く、薄く、薄めたもの。

 たいした危機ではないとユーリは悟る。


 懐かしい感覚ともに、彼女は目を開ける。

 怯え戸惑う村人たち。

 村の外では盗賊が騒いでいる。


「ユーリちゃん、どうしてここに!?」

「大丈夫だよ。私が来たから、もう平気」


 フミカの問いかけに笑顔を作り、村長に尋ねる。


「村長、被害は?」

「ユーリちゃんの障壁のおかげでみんな無事だ」


 皆の視線が集まる中、ユーリはパンと手を鳴らす。

 ユーリはユリウス帝となる。


「安心せよ。余が来たからにはもう大丈夫だ。賊は余が討つ」


 皇帝の覇気――それだけで、怯えていた村人が静かになる。


 敵にとってはこれ以上に恐ろしいものはなく。

 味方にとってはこれ以上頼もしいものはない。


「行ってくる。すぐ終わらせるから待っておれ」


 ユーリは悠然と門に向かう。


「ユーリちゃん……」

「フミカ……」


 心配して追いかけてきたフミカを優しく抱き、「心配しないで。大丈夫だから」と耳元で囁く。

 ユーリの言葉にこわばっていたフミカの身体が軽くなる。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 ニッコリと笑って、フミカから身体を引き離し、くるりと振り向き、門へと歩く。

 感情が抜け落ちた表情――冷酷皇帝の顔で。


 ――軽い気持ちだった。


 村に障壁を張ったのも、フミカにジュデオン・アミュレットを渡したのも、ユーリにとっては大した手間ではない。

 彼らには平穏な生活を送ってもらいたい。

 それくらいの気持ちであった。


 だが、それはこの村を庇護下においたも同然。

 平和な生活で忘れていたが、その意味を今、理解した。


 敵には一切の容赦をしない。

 対して、臣下は命を賭けて守る。


 ――前世ではそう生きてきた。


 この程度の賊には大げさだが、ユーリは自分の生き方を思い出した。


「こんな障壁、時間の問題だぞッ!」

「おら、無駄な抵抗せずに開けろッ!」


 村の外には二〇人以上の盗賊。

 賊は障壁を破ろうと剣を叩きつけたり、矢を放ったりするが、ユーリが作り出した障壁はその程度ではビクともしない。

 障壁に苛立っていた盗賊だが――。


 村から出て来たユーリの姿を見て、賊どもは湧き上がる。

 皆、被虐の笑みを浮かべる。

 自分たちが捕食者であると優越しきった顔だ。


「おお、コイツは上玉だな」

「変態貴族に売りつけてやろう」

「その前に、俺にも楽しませろよ」


 聞くに堪えない雑言を浴びさらせても、ユーリは表情を変えない。

 そして、一瞬で判断を下す。


 ――皆殺し。


 感情に任せた決断ではない。

 極めて理性的な判断だ。

 瞬時に状況を見極め、最適解を導き出す。

 皇帝時代に培われた能力である。

 刻々と変化する戦場では、悠長に決断を伸ばすわけにはいかない。


 ロブリタ侯爵にJPファミリー。

 生まれ変わったユーリは、目の前の盗賊などとは比べものにならない巨悪と対面した。

 だが、どちらも殺さず、生かしてある。


 情けをかけたわけではない。

 理由は明白。

 生かしておいた方が世のためになるし、生涯に渡って償わせることができる。


 それに対して、コイツらはどうか。

 生かしておいても大した価値はない。

 制約で行動を奪ったところで村のためにはならない。

 二度と盗賊行為を行うなと解き放っても、村人の不安は拭えない。

 かといって、村で奴隷の様に働かせるのも村人は望まない。


 今、最優先すべきは村人の安寧。

 そのためには――皆殺し。

 それが最適である。


 前世で幾千、幾万の命を奪ってきたユーリにとっては、目の前の盗賊を皆殺しにするのに、なんの心も動かない。

 後はただの作業――と一歩踏み出したところで。


 (やめて)


 ユーリの身体が、ピタリと固まる。

 身体の持ち主による精一杯の抵抗だった。


 ユーリにとっては些末なことでも、幼い貴族令嬢にとって殺人は途轍もない忌避感を伴う。

 それが正常な反応で、ユーリが摩耗しきっているだけだ。


 今までの対人戦では、ユーリは相手を殺す気はなかった。

 ロブリタやJPファミリー相手の戦闘はただの遊びだった。

 殺意をぶつけ合うのは、これが初めてだ。


 ――済まぬ。


 ユーリは心の中で詫びる。

 身体をのっとっただけではなく、ツラい思いまでさせてしまう相手に。


 かといって、ユーリはここで譲るわけにはいかない。

 この程度の盗賊なら、どうということはない。


 しかし、この先、どんな強敵と対面するやも分からない。

 そのときになって、「身体が動きません」では、命を落としてしまう。


 殺人への忌避――それは早い段階で克服しておかねばならない。


 8歳の幼女には酷な話だ。

 とくに、平和な世に生きてきた貴族令嬢にとっては。

 それでも――。


 ――済まぬ。


 動きを止めたユーリに向かって、盗賊のボスが手下に告げる。


「痛めつけて、おとなしくさせろ」


 痛みを与え、心を折り、服従させれば良い。

 多少の怪我ならポーションで癒やせる。

 彼らにとってはいつもと同じだ。

 ただ、ひとつ違いがある。

 相手がユーリだった。


 ユーリの近くにいた男が下卑たニヤニヤ面でユーリに殴りかかる。

 幼女相手に武器は不要。

 当然の判断なのだが――。


『――【身体強化ライジング・フォース】』


 男が狙った腹をユーリは魔力で強化する。


 ――身体は動かずとも、魔力は使える。それで十分だ。


 ガンッ。


 鉄板を殴りつけた様な音。


「あああっ」


 拳の骨が折れた男の叫び。

 男は痛みでその場に膝をつく。


(ひっ……)


 ユーリの身体の持ち主が怯える。

 殺意のこもった攻撃を受けるのは始めて。


 怯えが伝わってくるが、ユーリは想定していた。

 戦場に初めて立った新兵が動けなくなることはよくあることだ。

 訓練では文句のない動きができていても、実戦では違う。


 生と死の狭間で、意思を保つのは難しい。

 今のこの身体みたいに、硬直してしまう。


 その状態を乗り越えるひとつの方法は――生存本能。

 自らの命が脅かされると意思は超克される。


 たった一度の攻撃では、身体の持ち主は怯えただけ。

 だが、これを繰り返せば――。


 盗賊たちはまったく想定していなかった事態に動きを止め、顔からは笑みが消える。


 ――てんでダメだな。


 自分たちより強い相手。

 鍛えられた兵であれば、すぐに警戒態勢に移り、ユーリを取り囲む。


 しょせんは、ただの賊。

 この程度のイレギュラーにも対応できない。


「どうした?」


 ユーリの挑発に、やっとボスが命令を出す。


「チッ……やれッ! 手加減するなッ!」


 自分は安全な後ろから、部下に命令するだけ。

 もし、ユーリがその立場であれば、真っ先に自分が飛び出している。


「クソッ!」

「ガキがッ!」

「舐めんなッ!」


 武器を手にした賊どもがユーリに襲いかかってくる。

 連携も取れていないし、力任せに武器を振り回すだけ。


『――【身体強化ライジング・フォース】』

『――【身体強化ライジング・フォース】』

『――【身体強化ライジング・フォース】』


 ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。


 この程度の単調で下手糞な攻撃では、ユーリにダメージを与えることは不可能だ。


(やだやだやだやだやだやだ)


 中身のユーリの絶叫がユーリの脳内に響く。

 ダメージは喰らわなくても、ぶつけられル殺意に悲鳴が止まらない。


 ――どうした? このままずっとやられ続けるか?


「なっ、なんだよ……コイツ」

「化け物だ……」


 いくら攻撃してもまったく通用しない。

 それだけのことで、賊は諦めて手を止める。


 ユーリはチラリと賊のボスに視線を向ける。

 ボスは唖然としているだけ。

 次の作戦を出すでもなく、攻撃の輪に加わるでもなく。


「もう終わりか? なら、こっちからの版だ」


 ユーリが言い終わるや否や。

 凍てつく覇気が賊の背中を乱暴に撫でる。

 賊は腰砕けになり、その場に崩れ落ちる。

 抵抗するという気持ちは一切起こらない。


 それだけ、圧倒的だった――。


 ユーリは一歩前に踏み出す。

 身体が動き出した。


 生存本能が忌避感をひとつ乗り越えた――。


 たった一歩。

 それだけで怯えきった族はガチガチと歯を鳴らす。


 ――そうだ。良い調子だ。後は、コイツらを殺すだけ。できるか?


(……………………)


 声は聞こえないが、身体の持ち主から激しい拒否が伝わってくる。

 身体は動いても、その手で他者の命を奪うのは、さらにハードルが高い。


 だが、ユーリは乗り越え方を知っている。


 ――お前が殺さないと、賊は奪い、殺し、犯す。村人が蹂躙される。


(……………………)


 ――それでもいいのか?


(……………………)


 ――余は其方の意思を尊重する。逃げるも、殺すも、好きにしろ。


 ユーリは動きを止めた一人の前に立ち、人差し指を男に向ける。


 ――後はお前の意思だ。コイツを殺すのは其方。さあ、どうする?


 ユーリは指先に魔力を集めた状態で制止する。


 殺人の忌避感を乗り越えるひとつの方法。それは――大義名分だ。


 祖国のため。

 子どもを守るため。

 仲間をやられた仕返し。


 大義名分があれば――人は、人を、殺せる。


(……………………やる)


『――爆ぜろピース・バイ・ピース


 指先から魔力の弾が放たれ。

 目の前で男の上半身が爆ぜる。


 血、肉片、臓物。

 降りかかるそれらを、ユーリは動かずに受け止める。

 これが人を殺した結果だと、身に染みこませるために。


 幼女は壁を乗り越えた――。


 ――やってみれば、なんてことなかろう。なに、大義の前には、ゴミ掃除となんら変わらん。


(…………うん)


 ユーリは身体と精神がひとつになったと感じた。


 ――よく頑張ったな。


 ユーリが指を動かし。

 盗賊を指差していく。

 立て続けに魔力弾が放たれる。


 ――すべてが終わったとき。


 当たりは一面、血に染まり。

 盗賊は肉片となり。

 深紅のユーリが立っていた。


 ユーリは最後にもう一度――告げる。


 ――済まぬ。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『盗賊を全滅させて。』


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   ◇◆◇◆◇◆◇


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