第49話 急変。
――レーベレヒトに呼び出されてから数日後。
「ただいま~」
「お帰りなさいませ」
「お帰り~」
今日も一人で依頼を終えたユーリが帰宅する。
彼女を出迎えたのは、クロードとメイド姿のミシェルだ。
ミシェルはユーリを、いや、正確にはユーリが抱えた袋を見て、呆れた顔をする。
「またですか~。多過ぎですよ」
「多い分は持って帰ってね」
「じゃあ、遠慮なくいただくね」
「子どもたちが喜ぶなら、なによりだよ」
あまりに大きい袋で、ユーリの顔が隠れている。
袋にギュウギュウに詰められたのは、露天街で買ったもの。
ちゃんとお金は受け取ってもらえるようになったが、それでもあれやこれやオマケがついてくる。
ユーリから袋を受け取ったミシェルはあまりの重さにフラつく。
「大丈夫か」
クロードは腕を伸ばし、ミシェルの身体を支える。
「だっ、大丈夫です」
彼の腕の中でミシェルは顔を赤くする。
端から見たら彼女のクロードに対する好意はバレバレなのだが、当の本人はユーリ以外に興味がないので、まるで気づいていない。
「ふ~ん」
二人を見て、ユーリはニヤニヤと笑う。
イタズラ心がムクリと起き上がる。
クロードがミシェルから袋を受け取ろうとしたところ――。
「クロード、動くなっ!」
急に発せられたユーリの命令。
クロードは動きを止める。
理由は考えない。ユーリの言葉に従うだけ。
本能レベルで身体に染みついている。
「まずは、これを下ろしてっと」
袋を奪い取って床に下ろす。
「それでっと」
クロードの腕を掴み、動かす。
両腕でミシェルを抱きしめるように。
「クロード、両腕でガッシリと抱きしめる」
「ちょ、ちょっと、ユーリちゃん」
ミシェルの顔が茹でダコのように真っ赤になる。
急展開に、喜ぶよりも動揺が先立って、思考回路がうまく働かない。
「…………」
「…………」
一方のクロードは……。
自分がミシェルを抱きしめていることは分かる。
とくに親しい異性でなければ、やらない行為だとも。
だが、ユーリの意図が分からない。
言われて通りのポーズを、困惑のまま受け入れる。
「はい、おっけー。離れていいよ」
ユーリは手をパンと鳴らす。
魔法が解けたように、クロードはミシェルから腕を放す。
「ユーリ様、今のはいったい?」
「さあ、なんでだろうね」
ユーリはとぼける。
「それはリビングに運んでおいて」
クロードにお土産の袋を渡し、指示をする。
彼がリビングに向かったのを見て、ユーリはミシェルの耳元でささやく。
「いつも頑張ってくれるご褒美」
「えっ、……あっ、ありがと」
ミシェルの呟きも小さすぎて、クロードには届かない。
「でも、いいの?」
「なにが?」
「ユーリちゃんはクロードさんのこと……」
「ああ、そういうのじゃないから、気にしなくていいよ」
「クロードさんの方は、そうじゃないと思いますが」
「う~ん。あれはまた別だよ。まだミシェルには早いかな。大人になったら分かるよ」
「ユーリちゃんが言うんですか?」
「あはは」
短いつき合いではあるが、ミシェルはユーリがただの八歳児ではないと悟っている。
ときおり見せる大人びた表情。
遥か遠くを見る視線。
高い知性。
ミシェルが知っている大人とはまた違った、不思議な存在。
彼女に限らず、普通に生きていたら出会わない相手だ。
それがユーリであり、ユリウス帝だ。
「そうそう、これもお土産」
硬貨がずっしりと詰まった布袋を渡すと、ユーリもリビングに向かって歩き始めた。
ミシェルはユーリの後を追いながら、中を覗いて驚きの声を上げる。
「えええ、こんなにっ!?」
「持ってても使わないしね。女の子たち預かってもらってるから、そのお礼」
「それにしてももらい過ぎですよ。ありがとうね」
先日、ロブリタのところに捕らえられていた少女たちを何人か、ミシェルの孤児院で預かってもらっている。
彼女たちの生活費としてだが、それにしても桁が違う。
ミシェルが遠慮するのも当然だ。
でも、ユーリにとっては些末なこと。
彼女の望みは普通の生活。
今の生活に満足している。
欲しい物などないし、いざ、必要になったら、自分で稼げばいいと、それくらいにしか考えていない。
「Dランクだとオークとか狩れるんでしたっけ?」
「うん、まあ、そんなとこ」
ミシェルの推測は妥当だが、それは一般的なDランクの場合だ。
ユーリはランクなど気にせず、近隣の最強モンスターを狩りまくっている。
おかげで、相手になるモンスターが枯渇気味。
普通の人々は喜ぶ事態だが、ギルマスのレーベレヒトは頭を抱え、ユーリもそろそろ飽きてきたところだ。
「Dランクってそんなに儲かるんですか?」
「ユーリ様は特別なので」
リビングにつき、ミシェルの問いに答えたのはクロードだった。
さも、当然といった口ぶりだ。
「ご飯にしよ、お腹空いた~」
「すぐに食べられますよ」
ユーリが帰ってくるのは、だいたい同じ時間なので、熱々の料理が準備されている。
「ほうほう、今日も美味しそうだねっ」
「お肉も、お魚も、お野菜も、ユーリちゃんが頂いてきたものですよ」
「いただきま~す」
――楽しい夕食が進んでいき。
「…………」
会話の途中で、ユーリはピクリと眉を動かした後、黙り込んでしまった。
「どうかなさいましたか?」
彼女は首から下げたペンダントを服の中から取り出す。
ペンダントの魔石は赤い光を発していた。
「チッ……」
舌打ちひとつ、ユーリの怒気が膨れ上がる。
燃え上がるような気迫とは正反対に、ユーリは目を細め、表情が消え去る。
氷のごとき冷酷さ――その姿はクロードのよく知るユリウス帝と同じものだった。
「それは……ジュデオン・アミュレットですね」
「ああ」
ジュデオン・アミュレット。
ハートの片割れ。
もう片方に危機が迫ると、本来青い魔石は赤く光る。
その持ち主は、ユーリの始めての友人。
ホーヘン村のフミカだ。
「ホーヘン村だ。何者かの襲撃を受けている。行ってくる」
「私も」
「必要ない。ルシフェを見ておけ」
「えっ、どうしたんですか?」
「ちょっと出かけてくる。ミシェルは帰っていいぞ」
『――【
言うやいなや、転移魔法を発動し、ユーリの姿はその場からかき消えた――。
◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『村の危機。』
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