第51話 盗賊を全滅させて。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「――終わったぞ」


 返り血で真紅に染まったユーリ。

 ゴブリンコロニーでは一滴も浴びなかった返り血。

 

 凄惨な姿を見て、村人は静まり返る。

 ユーリの姿に盗賊以上の恐怖を感じ、怯えてへたり込む者もいる


 ――やはり、この反応か。


 前世の嫌な記憶が思い出される。

 幾多いくたの敵を葬り、血まみれになったユリウス帝を見て、人々が抱くのは――畏怖。

 戦場に生きぬ者にとっては死に神に等しい。


 前世の思いにユーリの胸がチクリと痛む。

 だが、強靱な理性がそれを押し込める。


 ――まあ、構わん。見返りが欲しくてやったのではない。村が、フミカが無事なら、それで満足だ。


 ユーリはきびすを返し、村を去ろうとし――。


「ユーリちゃんっ!」


 フミカの叫び声がユーリの足を止める。

 ユーリが振り向くと、フミカは駆け寄り、汚れるのにも構わず、ユーリに抱きつく。

 暖かい抱擁にユリウス帝が姿を消す。


「だいじょうぶ? けがしてない?」

「……うん…………ぜんぶ返り血だからね」

「よかった~」


 フミカは顔をグシャグシャに歪め、ユーリを強く抱く。

 ユーリは感じたことのない戸惑いを覚える。


「汚れるよ」

「そんなの、どうでもいいよ」


 フミカはユーリを抱く腕に力を込める。

 決してユーリを逃がさないように。


「怖くない……の?」

「なんで?」


 フミカはユーリの目を見て笑う。


「ユーリちゃんは友だちだもん。なんで、そんなこと言うの?」

「……そうだね。友だちだもんね」


 フミカの言葉が、ユーリの凍りついた心に火を灯す。

 小さな小さな火ではあったが、たしかにユーリの心に届いた。


 そこに佇むはただの幼女。

 冷酷さの鎖が解かれ、笑顔が浮かぶ。


 笑うことができた。

 感情を表に出せた。


 転生して初めて、自分が過去から解き放たれた――。


 ――そうだな。笑えばいいんだ。


「ありがとね。ユーリちゃんのおかげでみんながたすかったよ」

「お礼はいらないよ。だって――」


 ユーリもフミカを抱く腕をギュッとする。


「友だちだもん」


 二人の抱擁を見て、村人たちは遅ればせながら悟った。

 目の前にいる幼女は――。


 戦いの鬼神ではない。

 村を守ってくれた女神だと。


「ユーリちゃん、ありがとう」

「二度も村を救ってくれて」

「驚いて、済まなかった」

「小さいのに強いんだねえ」

「かっこよかった!」


 村人に囲まれ、ユーリは戸惑う。

 ここまでの感謝を、直接受けるのは前世を含めても初めてのことだ。


 だが、自分が勘違いしていたことを理解した。


 前世でも民の感謝は届いていたはずだ。

 人々も今の彼らのように感謝を届けようとしていた。


 ただ、あまりにも距離が遠すぎて。

 自らで心を閉ざして。

 届かないと決めつけていた。


「ほら、綺麗にしないと」


 村の女性に手を引かれ、井戸へと運ばれる。

 反対の手には、フミカの手が握られていた。


 ――バシャ。


 井戸の冷たい水が頭からかけられる。


「あはは、きもちいいね」

「うん」


 フミカと一緒。

 全身水浸しだ。


 魔法を使えば、一瞬で綺麗になる。

 けれど、今はびしょびしょになりたかった。


 ――ぶる。


 フミカが身体を震わせる。


「さむいー。ユーリちゃんはだいじょうぶ?」

「うん。鍛えてるから」

「さすがはユーリちゃんだね!」


 照れくささにユーリは頬を赤く染める。


「ほら、風邪引く前に、身体拭くよ」


 頭からかけられたタオルが二人を包む。

 村の炊事場では火がたかれ、鍋から漂う匂いは二人の胃を刺激する。


「スープを飲んで、暖まるんだよ」


 温かかった――。


 できたてのスープが。

 隣に座るフミカの体温が。

 村人の気持ちが。


 気が緩んだのだろう。

 身体の持ち主も限界だったようだ。


 ユーリはうとうと。

 フミカにもたれかかる。


 無防備に晒された寝顔は幼女のものだった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『これから歩む道』

最終話です!


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