第44話 JPファミリーの用心棒を倒す。

「怖じ気づいちゃった?」


 Aランク冒険者という言葉にユーリの胸が弾む。

 二人は生まれ変わってから一番強い敵だ。


 ユーリは戦闘が好きだ。


 モンスター戦より、対人戦の方が大好きだ。

 どうせなら、思う存分に戦闘を楽しみたい。


『――【身体強化ライジング・フォース】』


 魔力で身体を強化し、ユーリは煽る。

 左手を前に出し、チョイチョイと中指を動かす――ほら、かかってこいと。


 最初に動いたのはダウニンだ。

 ユーリに攻撃を仕掛けるのではなく――。


「ボス、危険なので逃げてください」


 怯えきったオルウェンの襟首を掴み、後ろに放り投げる。

 パリンとガラス窓が割れ、バルコニーを越え、「うわぁ~~」という叫び声が遠くなる。

 三階から突き落とされたのだが、ここに残っていたら巻き添えで死ぬのは間違いない。

 それに比べれば、骨折程度の怪我は軽いものだ。


「これで気にせず戦えるな」


 【虚空庫インベントリ】から巨大なハンマーを取り出すダウニンに、ユーリはさらに挑発する。


「二人まとめてかかっておいでよ」

「舐めるな。ガキ一人、俺で十分だ」

「まあ、いいや。始めよ」

「とりあえず、コイツは邪魔だ」


『――鎚必撃ハマーフォール


 ダウニンが銀色に輝く大鎚を振り下ろし、堅固なデスクを粉々にする。


「さあ、殺してやるぜ」


 嗜虐の笑みを浮かべ、ダウニンはユーリと向かい合う。

 その破壊力を見せつけられても、彼女は動じた様子もない。


「そんな遅い攻撃、当たらないよ」

「いつまで余裕ぶってられるかな」


 ダウニンはユーリに駆け寄り、鎚を振り回す。

 重い鎚とは思えない、高速の連続攻撃。


 ユーリはそれを涼しい顔で躱す。

 反撃せずに、ヒラリヒラリと回避するだけ。

 ダウニンが振るい、ユーリが避ける――そのたびに、ユーリの口端が上がっていく。


 ユーリは楽しんでいた。

 久しぶりに張り合いのある戦闘。

 モンスター相手では得られない高揚感。

 人間の強者ならではだ。


「なっ、なんだコイツ!?」


 ダウニンは信じられなかった。

 目の前の幼女の動きが。

 軽々と、飄々と。余裕すら感じさせるほどだ。


 怯んだその瞬間――天地がひっくり返る。


 ダウニンにはなにが起こったか分からなかった。

 攻撃が雑になった瞬間を狙って、ユーリが足払いを仕掛けたのだ。


「その程度?」


 上からの物言い。

 ダウニンの顔が屈辱に赤く燃え上がる。

 ここまで虚仮こけにされたのは初めてだ。


「手を貸そうか?」

「うるせえ、こっちも本気出す。手を出すなよ」


 ティプトの助太刀をダウニンがはねのける。


「まさか、ガキ相手にこれを使うことになるとはな」


『――栄光の鎚グローリーハマー


 ダウニンが詠唱すると、鎚は金色の光に包まれる。

 彼のとっておきの強化スキルだ。

 短時間しか使えないが、攻撃速度が増し、攻撃力も何倍にも上昇する。

 これを使って、生き延びた相手はいない。

 皆、粉々になって骨も残らなかった。


「ちょっとはやるようだが、こっから先は手加減できねえ。死んでも後悔するなよ」

「強化スキル? 無駄が大きすぎるよ。魔力の使い方を教えてあげようか?」

「バカにしやがってッ!」


 バカにしているわけではない。

 ただ、せっかくなので、より強くなって欲しいと思っただけだ。

 ユーリのオモチャとして。

 そもそも、ダウニンにはバカにする価値すらない。

 それだけ二人は隔絶していた。


「るんるんるん~」


 先ほどより威力も速度も増した連続攻撃。

 テンポが上がるに合わせ、ユーリのステップはより軽やかに。

 より楽しく。より心地よく。


「まだ隠してるでしょ? 出し惜しみしてると負けちゃうよ」


 回避するのに飽きてきたユーリが誘う。


「クソッ」


 ダウニンが焦れて、最強スキルを発動させようとした――そのとき。


『――【炎の審判トライアル・バイ・ファイア】』


 ティプトが構える杖から幾筋もの炎がユーリに迫る。


『――【影反射リフレクション・オブ・シャドウ】』


 ダウニンの鎚を裁きつつ、いくつかの魔法障壁を生み出す。

 小さい障壁はピンポイントでティプトが放った炎を防ぐ。

 魔力消費を最小限に絞り、かつ、炎攻撃をすべて無効化する。

 高度な魔力操作が可能なユーリならではの防御だ。


「へえ、なかなかやるね。もっと、見せてよ」

「なっ、調子に乗るなよっ」


『――【炎の審判トライアル・バイ・ファイア】』

『――【炎の審判トライアル・バイ・ファイア】』

『――【炎の審判トライアル・バイ・ファイア】』


 ティプトの炎流が絶え間なく襲い、ダウニンが鎚をブンブンと振り回す。

 最初は余裕をもって躱していたユーリだったが、二人の攻撃が増し、だんだんと回避がギリギリになっていく。


「どうした、口だけか」

「そろそろ限界だな」


 ダウニンもティプトも勝利を確信し、笑みを浮かべる。


 外から見れば二人が優勢。

 ユーリが追い詰められているように見える。

 二人もそう勘違いした。

 ユーリが楽しんでいるだけだと知らず。


 次の攻撃で終わらす。

 二人がそう決めた瞬間――。


 割れた窓から黒い影が部屋に飛び込む。

 新たな闖入者に二人は驚き構えるが、ユーリは「あああ」と落胆した。


「ねえ、クロード。タイミング」

「…………」


 ほっぺを膨らまし、両腕は腰に。

 全身で怒ってますアピール。

 クロードはなんでユーリが怒っているか分からない。


「クロードだとっ!?」

「なんで、Aランク冒険者のクロードが此処に!?」

「クソッ」

「なんで、このタイミングで……」


 二人は苦虫をかみつぶしたような顔だ。

 こちらが優勢な状況だった。

 次の攻撃で、勝てたはずだ。


 しかし、クロードの登場によって、形勢は逆転する。

 冷や汗を流す二人を気にした様子もなく、ユーリはクロードを叱る。


「せっかく、いいところだったのに。邪魔しないでよ」


 ユーリにとっては楽しんでいる場面に水を差されたようなものだ。

 その怒りにクロードは気づく。


「ちゃんと、空気読んできてよね」

「申し訳……ございません」

「うん。わかればよろし。オル……なんだっけ? 名前忘れたけど、外で寝てるボスっぽいの確保しといてー」

「御意」


 クロードはショボンと肩を落とし、外へ飛び降りた。


「あーあ、なんかテンション下がっちゃった」


 ユーリはつまらなそうに唇をとがらす。


「そろそろ終わろっか。次が最後だから、全力で攻撃してね」


『――【業火爆撃セット・ワールド・アファイア】』

『――【鎚こそ全てハマー・スマッシュ・フェイス】』


 ティプトの魔法で部屋中に炎の奔流が荒れ狂い。

 ダウニンの鎚が凄まじい勢いでユーリの顔面に迫る。


 二人は勝利を確信した。

 今までも優勢だったのだ、最終手段ともいえる最大攻撃ならば、ユーリを倒せると。


 だが、実際は――。


「よいしょ。ほっ」


 右手を開いて鎚を止め。

 左手の魔力で炎を消滅させる。


「こんなもんなんだ……がっかり」


 ユーリは落胆する。

 クロードが乱入したときの何倍も。

 Aランク冒険者の最大攻撃。

 それが期待ハズレだったのだ。


「なっ!?」

「はっ!?」


 二人は狐につままれたような顔をする。

 さきほどは、ユーリが追い込まれているように見えた。

 だが、それは誤解だった。

 相手の攻撃がヌルいので、途中から【身体強化ライジング・フォース】を解除していたのだ。

 そして、どれだけギリギリで躱せるか実験していたのだ。

 二人はユーリの手のひらで踊らされていただけだ。


「ごめん。もういいや」


 言うや否や、ユーリの姿が消え、二人は昏倒する。

 彼女の手刀によって、なにが起こったか分からないうちに意識を刈り取られたのだ。


「もうちょっと、骨があるかとおもったんだけど……本当にAランク冒険者?」


 クロードとアデリーナ――ユーリが知るAランク冒険者とは雲泥の差だった。

 ユーリでなくとも、二人ならば赤子の手を捻るように倒せた相手だ。

 ユーリは失望を隠しきれない。


 冒険者ランクは一度取得すれば、よほどのことをやらかさない限り下がることはない。

 ダウニンもティプトも一線を退いた身。現役Aランクにはほど遠い強さだ。


 彼らでは到底ユーリを満足させられなかった。

 とはいえ、それなりに楽しんだし、実戦のカンを取り戻すにはちょうど良かった。


 ――その後はロブリタと同じだ。

 契約の指輪で縛り、悪事ができないようにした。

 これで露天商は先代の頃と同じく、安心して商売できるようになった。

 一件落着だ。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ユーリの義憤。』


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