第43話 JPファミリーの拠点に殴り込む。

「ここだ」


 狐顔の男が告げ、ユーリの意識が浮上する。

 考えに夢中で、チンピラのボスの居場所へ向かっていることなど、すっかり忘れていた。


 スラムの真ん中にドンと三階建て。

 腐敗がとろけている周囲とは隔絶する威容を誇っている。

 財力があり、暴力があり、権力がある――このみっつを見せびらかす建物だ。


「アニキ、お疲れ様です」


 門前に立っていた見張りの男が狐顔に頭を下げる。

 狐顔はそれなりの立場のようだ。

 だが、ここまで来たので――。


「案内、ありがとー」


 ――ドン。ドン。


「へっ!?」


 いきなりの事態に、見張りが素っ頓狂な声を上げる。

 ユーリが見えない速さの手刀で狐顔とイノシシ男の意識を刈り取ったのだ。


「オルウェンだっけ? アンタのボスまで案内してよ」

「なっ、なんだ、キサマッ!!」


 見張りが腰の短剣を抜く。

 しかし、腰が引け、腕は震えている。


「あー、そういうのいいからさー」

「クッ、死ねッ!」


 へっぴり腰は腰だめに構えた短剣で突っ込んでくる。

 ユーリはその手首を掴み――ボギリ。

 手首をへし折られ、見張りは短剣を取り落とす。


「ヒッ……」


 相手にならないと悟った見張りは背を向けて逃げ出す。

 しかし、ユーリはサッと回り込み、手刀一閃。

 見張りの意識を刈り取った。


「案内して欲しかったんだけど……まあ、みんな倒していけば、そのうちたどり着くよね」


 躊躇ちゅうちょする様子もなく、ユーリは拠点に足を踏み入れる。

 ユーリに気がつき、数人の男が武器を構えて現れる。


「寝ててイイよー」


 面倒くさくなったユーリは、覇気を放って男たちを圧倒する。

 適当に放った圧だったので、全員、失神してしまった。


「あっけないなー。まあ、悪者なんてこんなものだよねー」


 ユーリの言う通りだ。

 それなりの腕前を持つ者なら、悪に身をやつさなくても、十分な稼ぎを得られる。

 冒険者だったり、衛兵だったり、騎士だったり。

 その力を持たないからこそ、群れて弱い者をなぶるのだ。


 ユリウス帝にとっては、そのような惰弱者は害悪以外の何者でもない。

 間違いなく、皆殺しにしていた。


 だが、今生でユーリとしての生活を始めた彼女にとって、そこまでの苛烈さは残っていない。

 そのおかげでチンピラどもは一命を取り留めたのだ。


 その後も、建物の中を進み、現れたチンピラを眠らせ、最上階にある部屋にたどり着く。

 ユーリは重厚な両開きの木扉を蹴破って、部屋に入る。

 室内には三人の男がいた。


「ずいぶんと騒がしいようだが……キサマが原因か?」


 部屋の奥、執務室に座る恰幅のいい男。

 上質なスーツに身を包み、指には大きな指輪。

 JPファミリーのボス、オルウェンだ。

 さすがは街を牛耳る犯罪組織のボスだけあって、他のチンピラのように動揺を見せたりはしない。


「おまえがオルウェン?」


 ユーリの問いかけに、オルウェンの左右に控えていた二人の男が武器を抜く。

 オルウェンが手を挙げたので、二人は動きを止める。

 だが、臨戦態勢は保ったままだ。


「…………」


 オルウェンは葉巻を吸い込み、煙を大きく吐く。

 そして、分厚いガラス灰皿にぶつけるように葉巻を押しつける。

 葉巻は真ん中でポキリと折れ、先端はひしゃげ、煙が消える。

 モゥとした甘い匂いが部屋に満ちた。


 それからオルウェンはゆっくりと顔を上げ、ユーリを凝視する。

 彼の瞳がわずかに揺らいだ。ユーリはそれを見逃さない。

 「ああ、そういうことね」と小声でつぶやくと、ガッカリしたように肩を落とした。

 彼はユーリの変化には気づかないまま、質問を投げかける。

 ユーリは一歩踏み出す。


「なっ、名前は?」

「ユーリだよー」


 オルウェンの声が震える。

 ユーリは彼が戦闘の対象でないと判断した。

 そして、さらに一歩。


「もっ、目的は?」

「気に食わないから、潰しに来たー」


 もう一歩。


「なっ……!?」


 オルウェンは座ったまま後退あとずさろうと必死だ。

 その滑稽な姿にユーリは興味をなくす。

 視線を横の二人に移す。

 視線の動きに二人が反応した。


「ボス、コイツはヤバいですぜ」

殺しヤリましょうか?」


 二人の男はJPファミリーの用心棒だ。

 今までのチンピラとは一線を画した男たち。

 二人が動き出しても、ユーリはまったく動じない。


「俺は鎚使いのダウニン」

「俺は魔法使いのティプト」

「二人とも、Aランク冒険者だ」


 油断せず、武器を構えたまま、ユーリに告げる。

 ユーリの意識からオルウェンは消え去り、二人だけを見据える。


 二人が実力者であることは、まとう気配から明らかだ。

 三人が向き合い、空気がピリリと引き締まる。

 葉巻の甘い残り香はすぅと遠のく。


「お嬢ちゃんもなかなかやるようだが、俺たちAランク冒険者二人相手に勝てると思うか?」

「今、帰るなら、なかったことにしてやる」


 悪の道に走るのは、力なき者。

 だが、この二人のような例外がいる。

 金儲けが目当てではない。

 他人をいたぶることによろこびを見出す、加虐嗜好者サディスト

 ユーリとは決して相容れない存在だ。


 そんな二人だが、消極的な態度だ。

 ユーリの強さを本能的に察知したのだ。


「怖じ気づいちゃった?」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】



次回――『JPファミリーの用心棒を倒す。』


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