第42話 JPファミリーの拠点に向かう。
「安心して。ついていってあげるよ」
ユーリと狐顔の視線が交わる。
「……ついてこい」
狐顔は抑揚のない声を作るが、わずかに声が揺れ、動揺を隠し切れなかった。
「なにしている、早く立て」
狐顔がイノシシ男を蹴っ飛ばす。
その衝撃で我を取り戻し、イノシシ男は立ち上がる。
立ち上がったものの、膝はガクガクと震えていた。
対して、ユーリは楽しくてしょうがない様子。
声が弾み、ウキウキと踊り出しそうだ。
「じゃあ、遊びに行ってくるね」
「ユーリちゃん……」
「平気だよ。おねえさん」
「大丈夫か?」
「おっちゃんも安心して。こんなチンピラ程度どうってことないから」
ユーリは二人を安心させる。
信じられない思いだが、彼女の声を聞いて、二人は自然と大丈夫に思える。
「あっ、そうだ。そこの少年」
「えっ……僕ですか?」
遠巻きに成り行きを見守っていた一人の少年に声をかける。
少年は巻き込まれたかもしれないと、オロオロしている。
「あはは。そんなにビクビクしなくても平気だよ。ちょっと君にお願いがあるんだ」
「お願い……ですか?」
少年はますます不安になる。
十代半ばであるが、年下であるユーリ相手に敬語だ。
「冒険者ギルドに行って、Aランク冒険者のクロードに伝言をお願い。『ユーリはJPファミリーのアジトにいるよ』って伝えて」
「はっ、はい」
お願いの内容を聞き、少年は安心する。
「じゃあ、頼むよ。これ、お駄賃」
「えっ、こんなに貰えるんですか」
少年の問いにユーリは答えず、笑顔を浮かべるだけ。
たしかに、お遣いの駄賃としては破格だ。
「わっ、わかりましたっ!」
ユーリの気持ちが変わらないうちにと、少年は硬貨を握り締め、ギルドに向かって駆け出した。
「どっち?」
「こっちだ。ついてこい」
狐顔が先頭を歩き、その後ろにユーリ。
最後尾のイノシシ男は足をガクガクさせ、足をつっかけ、転びそうになりながら、なんとか後をついてくる。
未だに調子が戻らず、冷や汗をダラダラと流していた。
狐顔も余裕というわけではない。
いつ後ろから刺されるか――恐怖で後ろが向けなかった。
余裕があるのはユーリ一人。
いつも通り。いや、いつもより楽しそうだ。
一行は広い通りを離れ、路地裏に入っていく。
「ふんふんふ~ん!」
ユーリはご機嫌で鼻歌交じり。
黙って進む二人とは対照的だ。
「へ~、この辺はこんな感じなんだ」
通りから少し中に入るだけで、ガラッと変わる。
建物も暮らす人も。
街の表しか知らないユーリには、新鮮でキョロキョロと辺りを見回している。
「今度、暇なときに探検しよっと」
だんだんと道が狭くなり、暗くなり、湿った空気とすえた匂い。
あるところを境に、別の世界に迷い込んだようになる。
「これがスラムなんだ。見れてよかった。案内してくれてありがとー」
ユーリのお礼の言葉を二人は無視する。
貴族令嬢にしか見えない彼女が、どうしてこうまで落ち着いているのか、不思議でならなかった。
スラムは住む者にとっても不快な場所だ。
慣れぬ者であれば、一秒でも早く立ち去りたい。
しかし、ユーリは悠然と歩く。
興味津々で。
これからJPファミリーの本拠地に連れて行かれるというのに……。
――いったい、こいつは何者なんだ。
狐顔の男は後悔していた。
決して関わってはいけない相手だ。
なぜ、気がつけなかったのか。
見かけに騙されてしまった。
だが、それと同時に「ここで止めた」では済まないことも知っている。
そうしたら、もっと酷い目に遭わされると分かっている。
自分にできるのは、言われた通り、拠点まで案内するだけ。
後は、ボスに丸投げしよう。
そう思い、黙々と足を動かす。
壊れかけの
生きているか死んでいるか分からない道端に寝っ転がる者。
痩せ衰え、ギラギラした目をした子どもたち。
女の金で酔い潰れている男。
違法薬物の煙と、夢の世界に生きる人々。
――自分が皇帝だったらどうするか?
ユーリは思いを巡らせる。
光があれば、闇がある。
眩しければ眩しいほど、影は深く暗くなる。
それは、人も、街も――同じだ。
スラム問題を解決する一番簡単な方法がある。
住人を皆殺しにして、スラム街を燃やし尽くせば――それで解決だ。
もちろんジョークだ。
ジョークでなければ、イカれた独裁者だ。
そんなことをしたって、すぐに次のスラムが生まれるだけだ。
前世では、スラムや貧困の問題は、優秀な部下に任せた。
報告はしっかりと確認したが、実地レベルのことはほとんど知らない。
――どこから手をつけるのか?
――そもそも手出しするのが正解か?
ユーリは思考の渦に身を任せる――。
「ここだ」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『JPファミリーの拠点に殴り込む。』
【宣伝】
【HJ文庫から1巻発売中】2巻刊行決定!
『勇者パーティーを追放された精霊術士』
【カクヨム版】
https://kakuyomu.jp/works/16816927861066190729
【HJ文庫公式】
https://firecross.jp/hjbunko/series/510
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます