第41話 チンピラと揉める。

「てめえらは家畜なんだよ。つべこべ言わずに俺たちに金を運べばいいんだよ。それができねえなら、生きてる価値ねえ」


 ユーリはやり取りを見て、状況を把握した。

 おかみに小声で質問する。


「昔からこうなの?」

「いや、昔からここらはJPファミリーのシマだったんだけど、先代のハルフォルドさんは筋の通った人だったよ。だけど、ハルフォルドさんがなくなり、息子のオルウェンに代替わりしてからはこの調子さ」

「そうなんだ」


 元々は、官憲の手の及ばぬ場所の治安を守るため、露天商やスラムの住人の有志によって立ち上げられたのが――JPファミリーという組織だ。

 先代までは住人たちから尊敬されており、人々は自発的に場所代を払っていた。

 場所代は目的ではなく、手段であった――ファミリーを維持するための。


 だが、それをタダで手に入れた者にとっては目的になり得る。

 力を維持するために場所代が必要だった。

 場所代を得るために力がある。

 代替わりで手段と目的はひっくり返ってしまった。


 権力とは弱い人間を誘惑し堕落させる。

 世襲貴族の有り様を見てきたユーリはよく知っている。

 そして、そのような寄生虫は容赦なく叩き潰した。


 JPファミリーを引き継いだオルウェンもその中の一人だ。

 場所代を目的とし、取り上げられるだけ取り上げる。

 生かさず殺さず、ギリギリまで搾り取る。


 そのような窮状にありながら、おかみやオヤジはユーリに売り物を分けてくれた。

 見返りを期待することもなく。純粋な好意で。

 自分たちの方が、よほど逼迫しているだろうに。


「おねえさん。今まで野菜ありがとう。出世払いよりちょっと早くなっちゃったけど、今からお礼するね」

「ゆっ、ユーリちゃん……?」


 ユーリはおかみ恩がある。

 おかみから贈られたのは、野菜だけではなく、温かい心。

 今こそ、その恩を返すときだ。


 スッとユーリの表情が冷たくなる。

 感情を押し殺し、オヤジとチンピラの間に割って入る。


「おい、チンピラ」


 怯えるわけでもなく、怒りを露わにするでもなく。

 うっとうしい羽虫に話しかけるように。

 ユーリの声にイノシシ男が振り向く。


「ああっ? なんだ、ガキ。すっこんでろ」


 男は睨みつけ、唾を飛ばす。

 怖い顔で、大声で凄めば相手はビビる。


 商人やギルド受付嬢の営業用スマイルと同じだ。

 相手を気分良くさせるためではなく、相手をビビらせこちらの要望を通すための職業技術だ。


 荒事に慣れていない者であれば、それだけで萎縮してしまう。

 だが、ユーリにとっては、キャンキャンと吠える仔犬と一緒。

 イノシシ男が睨みつけたところで、ユーリの表情は動かない。


 ユーリの背中しか見えないおかみとオヤジが心配そうに声をかける。


「ユーリちゃん!?」

「この子は関係ねえ。見逃してやってくれよ」


 彼女を守ろうとする二人を、ユーリは右手を挙げて制する。

 八歳のか弱い幼女。掴めば簡単に折れそうな腕。

 それでも、その手が挙がっただけで、二人とも心配が薄れ、ここはユーリに任せても安心だと直感した。

 二人は声を潜め、成り行きを見守ることに決めた。


「すっこむのは、お前だ。デカブツ」

「こっ、このガキッ!」


 ユーリの煽りに単細胞なイノシシ男は顔を真っ赤にする。

 イノシシ男はユーリに殴りかかろうとするが、今まで黙っていた狐顔が口を挟む。


「おい」


 人を人とも思わぬ冷たい声だ。

 その声にイノシシ男の顔から赤みがすっと消える。


「なんですか、アニキ?」

「止めろ」

「しかし、こんなガキに舐められて、黙ってられないですぜ」

「二度、言わせるな」

「すっ、すいやせん」


 イノシシ男は手を引っ込め、ペコペコと頭を下げる。


「ガキだが上物だ」


 狐顔が蛇のような目でユーリをねぶる。

 イノシシ男はユーリの身体をイヤらしい目でなめ回す。


「ああ、そういうことですか」


 落ち着いてみると、ユーリは上品で整った顔立ち。

 イノシシ男は幼女趣味はないが、ユーリの商品価値を理解した。


「ガキを捕まえろ」

「へい」


 狐顔の命令に従い、イノシシ男がユーリの腕を掴もうとするが――。


「汚い手で触れるな」


 ユーリは華麗な足さばきでイノシシ男の手を躱し、男の足を引っかける。

 力を入れなくとも、タイミングと場所を合わせれば、人間は簡単にスッ転ぶ。


「このガキッ!!」


 恥辱と怒りで真っ赤に染まったイノシシ男がユーリを睨みつける。

 しかし、その視線は冷たいユーリの視線に跳ね返される。


「あっ、あうっ……」


 イノシシ男はたじろぐ。

 闇社会に身を置く立場だ。

 修羅場はくぐってきたし、ヤバい人間も見てきた。

 だが、それとは格が違う。ひとつも、ふたつも、いや、どれだけ違うかすら分からないほどだ。


 しょせんはつるんで弱いものイジメをしているだけのチンピラ。

 大陸を制した皇帝とは存在の格が違う。

 イノシシ男は完全にユーリの気迫に呑まれていた。


 それでも、ユーリは十分に手加減していた。

 強めに覇気を放てば、二人とも失神してしまい、この後の目的のために手間がかかる。


 ユーリが瞳を覗き込むと、イノシシ男は視線をらした。

 その結果に満足し、ユーリは告げる。

「安心して。ついていってあげるよ」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『JPファミリーの拠点に向かう。』


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