第40話 屋台で寄り道。

 ホーヘン村でのゴブリン討伐依頼を終えた翌日から、ルシフェのことはクロードに任せ、ユーリはひとりでモンスターの討伐依頼を受け続けた。

 ヴァイスがいるので、街から離れた依頼も受けられる。

 本来なら、Dランクモンスターの討伐までしか許されていないが、「襲われたから、やっつけちゃった」としれっと嘘をつき、格上モンスターの死体を何体も持ち込んだ。

 普通ならお咎めものなのだが、ギルドマスターのレーベレヒト含め、ギルドではユーリが只者ではないと知れ渡っていたので、得に注意されることもなかった。

 むしろ、特例でもいいから、早くランクを上げるべきだという意見も出ている。

 ユーリは知らないでいたが、ロブリタの使いを返り討ちにした一件以来、「ユーリとは絶対に揉めるな」という空気がギルドの間でも、冒険者の間でも広まっていた。

 なので、なんのトラブルもなく、ユーリは冒険者生活を楽しんでいた。


 ――そんなある日の夕方。


 モンスター狩りを終えて、街に戻ったユーリがギルドに向かう途中。

 この時間に露天の屋台を冷やかすのが、ユーリの日課になっていた。


「お姉さん、トォメィトゥちょうだい」

「あら、ユーリちゃん。今日も頑張ったんだね」


 ドブさらいをした日から、ユーリによくしてくれる八百屋のおかみ。

 ユーリの姿を確認すると、とたんに目元が柔らかく弧を描いた。


「うん。ゴブリン倒してきたー」

「あらあら、あんまり無理しちゃダメだよ」

「平気だよー」


 ユーリが狩っていたのはゴブリンではなくワイバーン――Bランクバーティーが倒せるかどうかという亜竜だ。

 だけど、おかみを心配させないように嘘をつく。

 ユーリとしては、もっと強いモンスターと戦いたいのだが、日帰りできる範囲内には存在しないので、ワイバーン程度で我慢するしかなかった。


「ほら、美味しいトォメィトゥだよ」

「ありがと」


 ユーリは真っ赤に熟れた新鮮なトォメィトゥを受け取り、お代を払おうとするが――。


「頑張ってるユーリちゃんからお金なんか取れないよ。いいからとっておきな」

「でも、私、自分で稼いでるよ。だから、ちゃんと払うよ」

「いいって、いいって。ゴブリンじゃたいした稼ぎにならないんだから」


 自分から言い出したことなので、今さら本当のことは言えない。


「なら、出世払いで返すよ。待っててね」

「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるねえ」

「あっ、冗談言ってると思ってるでしょ」

「ごめんごめん、楽しみに待ってますよ」


 本気にされておらず、ユーリはむっと頬を膨らませる。

 そこで気持ちを収めるために、トォメィトゥをかじる。


 口の中に広がる酸味と甘み。

 ユーリの小さな口の端から汁が零れるが気にしない。

 トォメィトゥは、パクパクと彼女の空きっ腹に吸い込まれていく。

 食べ終わると口元を拭い、指をペロペロとなめる。

 お行儀悪い振る舞いだが、ユーリがやると気品が感じられる。


「今日のトォメィトゥもおいしいねっ!」

「そりゃ、うちのはどれも新鮮だからね」


 ユーリは話を戻す。

 さきほど流された出世払いの話だ。


「おねえさんは自分の店を持ちたいとは思わないの?」

「自分はもうこの歳だからね。今さら、生き方を変えるのは大変だよ。日々を生きるお金とお客さんの笑顔――それだけで十分さ」


 おかみは豪快に笑う。

 彼女の言葉は本音だとユーリは悟る。

 となると、どうやってお返しすべきか……。


「ただ、叶うなら息子には店を持たせてやりたいね」


 この店の新鮮な野菜は息子が毎日仕入れている。

 ユーリも何度か会ったが、純朴な好青年だ。

 おかみの親心……恩返しにうってつけだ。


「息子さん、お店を持てるとイイね」

「あはは。じゃあ、出世したら、いっぱい野菜買っておくれよ」

「うん!」


 おかみの息子に店を持たせる――またひとつ、ユーリが生きる理由が増えた。

 前世は大きな目的のために、脇目も振らず駆け抜けた。

 だが、小さな目的が積み重なるという生き方も悪くない。

 市井に生きる普通の人々。たわいもないやり取り。

 この積み重ねが生きる価値だとユーリは肌で感じる。


「ほら、もう一個おまけだよ」


 おかみがトォメィトゥを手渡す。

 同じように――。


「そうだぞ。ユーリちゃん。今はたくさん食って大きくなりな。ほら、コイツもだ」


 隣の屋台のオヤジが肉まんを放り投げる。

 湯気を立てる熱々の肉まんだ。


「あちち、あちち」

「あはは」


 どうするか、ユーリはしばらく悩んだが、素直に好意を受け取ることに決めた。


「おっちゃん、ありがと!」


 ユーリが肉まんをふたつに割り、ふぅふぅと冷ましていると――。


「おうおう、ガキにほどこす余裕があるとは、ずいぶん儲かってるみたいだな」


 上半身裸で入れ墨をしているイノシシのような男がぬっと顔を突き出す。

 その後ろには、狐顔をしたひょろりと細い目つきの悪い男。

 分かりやすいチンピラ二人組だ。


「コイツ、誰?」

「ここらを仕切っているJPファミリーだよ。目をつけられたら大変だ。ユーリちゃんは逃げな」


 チンピラが肉まん屋のオヤジに絡んでいるのを見て、ユーリはおかみに尋ねる。

 おかみは心配して逃がそうとするが、ユーリはやり取りをじっと観察する。


「おう、オヤジ。儲かってるみたいだから、明日から一日一万ゴルな」

「いやいや、勘弁してくだせぇ。それじゃあ、食っていけませんよ」

「なに、舐めた口聞いてんだ。誰のおかげで商売できてると思ってるんだ」


 イノシシ男がオヤジに凄む。

 萎縮してしまったオヤジにイノシシは恫喝を続ける。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『チンピラと揉める。』


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『見掛け倒しのガチムチコミュ障門番リストラされて冒険者になる』


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