第39話 ゴブリン討伐依頼を完了する。

「ほ、本当でした……」


 しばらくしてクロードと一緒に村の男が戻ってきた。


「百体以上のゴブリンが死んでました」


 村人は皆、男の言葉が信じられなかった。

 だが、男の顔から真実であると理解する。


「ありがとうございました」

「じゃあ、ここにサインして」


 ユーリは依頼票を村長に手渡す。

 依頼票には魔力が込められており、第三者が勝手にサインしたり、依頼主に無理矢理サインさせたりはできない。

 それが終わると、村人たちが爆発する勢いで歓声を上げた。

 二人に向かって、順番にお礼を述べる。

 それがひと段落したところで、村長が提案してきた。


「粗末な食事ですが、よろしければ召し上がっていただけないでしょうか?」

「じゃあ、遠慮なくいただこうかな」


 心尽くしの持てなし。

 街の食事には比べることもできないが、それでも温かった。

 素朴な生活。

 生きていくだけで精一杯。

 だが、村人の笑顔が告げる。

 彼らは幸せに生きていると。


 だが、この生活は薄氷の上に成り立っている。

 気候に恵まれなければ、村はひんし。

 ゴブリンに襲われれば全滅だ。


 ユーリの胸中は複雑な思いが渦巻いていた。

 なんとかしたい。

 でも、それは彼らが望むものであろうか?

 悩んだ末、ユーリは決心する。


「ねえ、村長さん。結界張っていい?」

「結界とは、いったい……」


 聞き慣れぬ言葉に、村長は首をかしげる。


「魔力の膜みたいなものだよ。村人には影響ないけど、ゴブリンみたいな村に害をなす相手から村を守ってくれるんだ」


 村長はいぶかし気にクロードに視線を向ける。

 クロードが頷くのを見て、村長はユーリの言葉を信じることにした。


「是非とも、おねがいします」

「おっけー」


 深く頭を下げる村長に、ユーリは軽い調子で応える。


「んじゃあ、ちょっと、頑張っちゃおうかな」


『――【信なる守護ディフェンダー・オブ・フェイス】』


 村人が見守る中、ユーリの魔力が広がっていき、不可視の膜が村全体を覆い尽くす。


「じゃあ、クロード試してみて」

「かしこまりました」


 クロードは村の外へ出ると、大きめの石を拾い、村に向かって投げる。


――ガンッ。


 石がぶつかると、結界が赤く光る。

 かなり強い力で投げたのにもかかわらず、石は結界にはじき返された。


「とまあ、こんな感じ」


 村人は目を白黒させた後、我に返ると、ユーリに感謝の言葉を告げる。


 そして、二人が村を去る段になった。

 ユーリはフミカと別れを惜しむ。


「……また、会いたいな」


 フミカの目に涙が浮かぶ。

 たったひととき。

 それだけが二人の時間だった。

 だが、それだけで友だちになれる。

 大人になると失われてしまう貴重な能力。

 フミカだけでなく、ユーリも思い同じだった。

 壮絶な人生を送ったにもかかわらず、いや、送ったゆえかもしれない。

 身体の持ち主の思いに引きずられたのかもしれない。


 それでも――。


「わたしも」


 ユーリの瞳からも、ひと粒こぼれる。

 二人はぎゅっと抱き合い、あふれる想いを閉じ込める。


「また、会いにくるよ。ヴァイスがいるから、一時間で来られるんだ」

「そんなに近いんだ」


 フミカにとって街は遙か遠い存在。

 別世界だと思っていた。

 始めての友人が同じ世界に住んでいると知った彼女の想いは、彼女にしか分からない。


「そうだ。これ、あげる」


 ユーリは【虚空庫インベントリ】からペンダントふたつを取り出す。

 戸惑うフミカの首にユーリはそのうちのひとつをかける。

 そして、自分の首にも。


「おそろいだよ。友だちの証」

「ともだちのあかし……」

「フミカの髪と同じ青い色。うん、よく似合ってるよ」

「こんなに高いもの、もらえないよ」

「気にしないで。こんな石ころなんかより、フミカの方がずっと大事だもん」

「ユーリちゃん……ありがと。たいせつにするね」


 フミカはペンダントをギュッと抱きしめる。

 さっき、ユーリを抱きしめたときと同じ気持ちで。


「じゃあ、またね」


 これ以上いたら、帰れない。

 そう思って、ユーリは名残を断ち切る


「うん! まってるっ!」


 最後にもう一度、抱き合い、ユーリはクロードに告げる。


「帰ろう」


 フミカはユーリの後ろ姿を見送る。

 その姿が見えなくなっても、彼女はしばらく動けなかった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『屋台で寄り道。』


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