第45話 ユーリの義憤。

 ――JPファミリーの拠点からの帰り道。


 目的を果たし、戦闘も楽しめたユーリだったが、不機嫌そうに黙り込んでいる。


「ユーリ様……」

「…………」


 心配してクロードが声をかけるが、ユーリはだんまり。

 重苦しい空気のまま、二人は歩き、やがて、ユーリが口を開いた。


「なぜだ。なぜ、領主は放置しておる」


 そのひと言でクロードはユーリの気持ちを理解した。

 いかにも、ユリウス帝らしい考えだ。


「平和なこの時代。民の暮らしを良くする方法はいくらでもあろう。それを行うのが領主の務めではないか」


 ユリウス帝の時代。

 敵は外にあり、戦うだけで精一杯。

 ユリウスなりに内政も行ったが、不十分だったのは否めない。

 彼のもとに上がってくるのは数字のみ。

 民の顔は見えなかった。


 彼は民の安寧のために戦った。

 私利私欲ではなく平和のため。


 そのためには苛烈な手段が必要だった。

 それゆえ、冷酷皇帝と恐れられたのだ。


 だが、この時代、戦いはない。

 あっても領主間の小競り合い程度。

 モンスターの脅威も前世ほどではない。


 なのに、なぜ……。


 ロブリタ侯爵ほど悪辣な領主は少ないが、この地を含め、他の貴族たちの治政は似たりよったり。

 一見、平和なようだが、その陰に苦しむ民がいる。

 悪意があるのではない。

 深く考えず、それが当然だと、放置しているだけだ。


 この世界でそれを咎める者はいない。

 それくらいはユーリも理解した。

 だが、頭で分かったからといって、気持ちに折り合いをつけられるわけではない。

 ユーリがここまで怒り、憤慨するのは、転生して初めてのことだった。


「国王はどうだ? まともに治めていない領主をどうして咎めない?」


 ユーリの怒りの対象は、領主以外にも向けられる。


「冒険者ギルドはなにしてる?」

「ギルドは依頼がないと動けないのです」

「なら、お前は? アデリーナは? 他の冒険者は? ギルドの犬なのか?」


 力を持つ者は、持たぬ者のために生きる。

 それがユリウス帝にとって、あの時代に生きる者にとって当然であった。


「申し訳……ございません」


 ユーリの怒りは領主に、ギルドに、冒険者に向けられたものだ。

 そして、一番の矛先が向けられたのは、クロードだ。


 悪を知りながらも放置する。

 ユリウス帝の配下としてあるまじき行いだ。

 クロードしては故あってのことなのだが、弁明するつもりは一切ない。

 どのような処罰でも黙って受けると覚悟を決めた。


 ユーリは足を止め、クロードを見上げる。

 それから、「ふぅ」と息を吐く。


「……八つ当たりだ。許せ」

「いえ、ユーリ様のおっしゃる通りです。私の不徳の致すところ――」

「いい」


 ユーリは首を横に振り、クロードの謝罪を手で制する。


其方そちの立場は理解しておる」

「…………」


 クロードは口をつぐみ、ユーリの言葉に耳を傾ける。

 この場面ではそうするべきと心得ていたから。


「其方は生まれ変わっても、余のために生きてきた」

「…………」

「だから、この世界に干渉しなかったのであろう」

「…………」


 いつユーリが転生してもいいように、そのための準備だけをしてきた。

 必要以上にこの世界に関わらないように。

 クロードの人生はユーリのためだけにあった。


「余も其方も異邦人。どうしても、この世に馴染めない」

「…………」


 自分たちが余所者であるという不思議な感覚。

 それは二人とも、転生したときから感じていた。

 人の世に紛れ、馴染もうとしてきたが、やはり、心のどこかにその棘が刺さっている。


「余に伝えなかったのも、余を思ってのこと」

「…………」


 前世の、臣下としてのクロードであったら、この件を含め、世に蔓延はびこる不正義を余すことなく伝えたはずだ。

 それをしなかったのは――。


「余が普通の生を望んだからだったな」

「…………」


 その望みは、クロードにとっても望みだった。

 過酷な前世を送ったユーリに、今回は普通の幸せを生きて欲しかったのだ。


「この身体は、感情を持て余す。余が悪かった。済まない」


 ユーリは深く頭を下げる。


「ユーリ様、お止めください」


 前世では謝らなかった。謝れなかった。

 頂点に君臨する皇帝には、頭を下げることが決して許されなかった。


 それが、頭を下げられるようになったのだ。

 ユリウス帝ではなく、ユーリとなったから。


「ユーリとして生きるのは、なかなか難儀なものだな」


 ユーリは頭を上げ、自嘲的な笑みを浮かべる。

 クロードはかける言葉が見つからず、黙するしかなかった。


「さあ、この話はこれで終わり。露天のみんなに教えに行こ」

「そうですね、皆も安心することでしょう」


 ユーリの笑顔に戻る。

 それを見て、ようやく、クロードも口元を緩めることができた。








   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『一件落着。』


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