第34話 アデリーナに会いに行く。

 ――翌日。


 ルシフェのことはクロードに任せ、ユーリは孤児院を訪れる。

 アデリーナにあの後のことを聞くためだ。


「やあ、ユーリちゃん」

「おはよ」


 アデリーナはいつも通りだった。

 大変な役目を押しつけたのだが、彼女はまったく変わりない。

 そんな彼女に、ユーリは尋ねる。


「昨日はおつかれ。あれからどうだった?」

「望む者は元の場所に戻したよ。身元がハッキリしない者や帰りたくない者はうちで引き取った」

「ありがと。みんなの調子は?」

「まだ、完全に落ち着いてはいないけど、今のところは小康状態だね」

「そう、よかった」

「ただ……」

「ん?」

「彼女たちは心に大きな傷を負った」

「そうだね。身体の傷は治っても、心の傷は完全に癒やすことはできない」

「いつそれが暴れ出すか分からない。注意して見守ることしか、我々にはできない」


 前世では戦場に生きた。

 戦争は敵を殺し、味方を死なせ、生き残った者に心の傷を残す営みだ。

 ユリウス帝は数え切れない配下の命を奪い、心を壊した。

 だから、身をもって知っている――壊れた心がどうなるか。


 アデリーナの心遣いに、ユーリの瞳から涙がこぼれる。


「アデリーナに任せてよかった」

「ユーリちゃん……」


 ユーリはアデリーナにギュッと抱きつく。

 アデリーナはユーリの頭を撫でる。

 子どもをあやすのは、得意技だ。

 ユーリは安心して、アデリーナに身体を預けた。


「ありがと、もう大丈夫」


 涙を拭い、そっと身を離す。

 まだ、聞かなければならないことがあった。


「ロブリタの処遇は?」


 ロブリタには制約魔術をかけたので、彼が告発することは絶対にない。

 とはいえ、あれだけの騒ぎを起こしたのだ。問題になる可能性もある。


「ああ、そっちも大丈夫。向こうとこっちのギルドマスターと話をつけてきた。ユーリちゃんは心配しなくていいよ」

「さすがはAランク冒険者だね。レーベレヒトの反応はどうだった?」


 レーベレヒトはこの街のギルドマスター。

 先日、ヴァイスの件で困らせてたばかり。


「頭を抱えていたよ」

「あはは。今度なんかお返ししないとね」

「構わないであげるのが、一番のお返しかも」

「たしかにね……」


 お互い笑い合う。

 ユーリとしても、アデリーナの言葉が分かっているが、そうするつもりはない。

 面白イベントは積極的に起こしてくつもりだから。

 今頃、後処理に負われているレーベレヒトの顔を想像し、ユーリは笑顔をほころばせる。

 今度はどんなイタズラをしてやろうかと、悪巧みする顔だ。

 アデリーナの目配せに、ユーリは気づく。


「ああ、もちろん、アデリーナにもお返しするね。これ、クロードから」


 お金がずっしりと詰まった袋を手渡す。

 昨日の少女たちの養育費だが、必要以上の金額。

 溜め込んだクロードの金の使い道としては、これ以上ない。


「ああ、助かるよ」


 お礼の言葉を述べながらも、アリアーナは納得していない。

 アデリーナの気持ちを分かっているから、ユーリはニッコリと微笑む。


「分かってるって。ひとつ借りね」

「やったあ!」


 前世で誰かに借りを作ったことはない。

 忠義に対し、褒賞を授けるのみだった。


 ユーリの「借り」は軽い気持ちで言ったわけではない。

 アデリーナがどこまで本気と思っているか分からない。


 だが、ユーリは本気であった。


 アデリーナが窮地に陥れば、どんなことがあっても彼女を救うつもりだ。

 たとえ、国が、世界が敵に回っても、最後の最後まで彼女の味方をする。


「じゃあ、大切にしないとね。考えておくよ」


 ユーリは生まれ変わって学んだ。

 人の世は、貸しと借りで成り立っている。

 金銭的な、物理的な意味だけでなく、心の贈り合いだ。


 孤児院は孤児から見返りを得るために育てているのではない。

 たしかに、育った孤児が恩返しをする場合が多い。

 だからといって、最初からそれを期待していない。

 もし、それを期待してしまうと、今とはまったく違う組織になってしまい、子どもたちの笑顔は失われてしまう。


 街人もまたそうだ。

 幼いユーリによくしてくれる。

 余り物の野菜を分けたり、串焼きをおまけしたり。

 ユーリが皇帝であるからでもなく、力があるからでもない。

 贈りたいと思うから贈る。

 物だけではなく、心を贈られたからこそ、それ以上の思いを贈り返したくなる。


 平民の暮らしは楽とはいえない。

 それでも、笑顔があふれている。

 心の贈り合いでつながっている。


 ロブリタのような腐敗は存在するが、人々は生き生きと暮らしている。

 前世では知り得なかった民草の生活は、ユーリにとって心地よかった。


 今すぐ皇帝に戻れると言われても、間違いなく断る。


「そうだ。みんなに会っていきなよ。みんな、ユーリちゃんにお礼したがってるよ」

「うん、私もみんなに会いたいな」


 助けた少女たちはユーリに大きな貸しを作った。

 だが、もちろん、ユーリはなんの見返りも期待していない。

 強いて言うならば、彼女たちの笑顔――それこそが最大の恩返しだ。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ゴブリン討伐依頼を受ける。』


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