第30話 地下室での再会
「アデリーナ、この先は不愉快な思いをする。帰っても構わんぞ」
廊下を歩きながら、ユーリは厳しい声で告げる。
「いや、ついて行くよ」
さっきユーリが言った「地下室」――その言葉に、アデリーナも予想がついた。
ロブリタへの嫌悪感が増すと同時に、ユーリがアイツをやっつけてくれたことに彼女は溜飲を下げる。
――自分だったら、あそこまでの恐怖を抱かせることはできない。
以前だったらともかく、今のアデリーナはユーリがあれだけのことをしても、「ユーリちゃんだから」と納得できた。
「ここだ」
とある部屋の前で立ち止まり、ユーリは扉をぶち開ける。
中は書庫だった。いくつもの本棚が並んでる。
本棚の間を縫うように、ユーリは迷いなく進んでいく。
そして、壁際にある本棚の前に立ち止まる。
「ほう、なかなか凝った造りをしておる。だが――」
ユーリは本棚を蹴っ飛ばす。
これで何度目だろうか。ユーリの力業にアデリーナは呆れ笑いするしかない。
本棚の向こうは隠し部屋になっていた。
本来なら、いくつかの手順を踏むと、本棚がスライドして入れるという仕組みだ。
だが、ユーリの前ではまったく意味をなさなかった。
部屋には地下へと続く階段があった。
階段を下りる途中、ユーリは大きく息を吸って、意識を切り替える。
石造りの地下はジメジメと湿り、空気は淀んでいた。
「こっちだよ」
地下には複数の部屋があり、ユーリはそのうちのひとつに向かう。
そこは牢だった。檻に閉ざされた密室だ。
十人以上の年端もいかない少女。
怪我を負い、包帯を巻いている者。
それ以上は言葉にするのが
ユーリは感情を殺し慣れていたが、身体の持ち主は抑えきれなかった。
つぅと一筋、涙が伝う。
それを拭い、内心に向かって語りかける「安心しろ。余が来たからには全員救ってみせる」
二人の登場に怯えきった視線が集まる。
ユーリは笑顔を作る。
前世では考えられないが、生ま変わってだいぶ上手くなったと、しみじみ思う。
「大丈夫だよ。助けに来ただけだよ」
「…………」
返ってきたのは沈黙と虚ろな瞳。
希望も生きる力も失われた彼女たちはまだ、目の前の事態を信じられなかった。
『――【
ユーリは虚空庫からポーションをいくつも取り出す。
なかには、四肢欠損も治すほどの高級ポーションも含まれている。
サッと彼女たちを見回し、優先順位を決めた。
「アデリーナ、手伝え」
「ああ、もちろん」
現れた高級ポーションに驚いたが、アデリーナはすぐに治療を始める。
二人がかりで、テキパキと全員を治療していく。
戦いに生きる二人には、慣れたものだった。
その途中、ハッと、一人の幼女の前でユーリの視線が止まる。
寝ているのか、気を失っているのか、わからない。
しかし、目を閉じていても、それが誰なのか、ひと目でわかった。
「ルシフェ……いや」
だが、まずは治療が優先と、治療を再開する。
全員の治療が終わり、傷を残す者は一人もいなかった。
「知っておるだろ? ポーションで身体の傷は癒やせても、心の傷は簡単に癒やせない」
「ああ、そうだね」
アデリーナもA級冒険者だ。戦いでなんとか生きながらえても、心が折れて引退した冒険者たちを大勢見てきた。
一度壊れた心の欠片を集め直すのは容易なことではない。
だが――。
「任せられるか?」
ユーリの問いかけに、アデリーナは強く頷く。
「安心してくれ。子どもの世話は慣れている」
彼女は孤児院育ち。
孤児の多くは親に捨てられ、親の死を突きつけられ、心の傷を抱えている。
長い時間をかけて、新しい家族を見つけ、心を癒やす――孤児院はそのための場所だ。
「うむ。後は任せた」
「ああ!」
アデリーナはユーリから信頼されたことが、自分でも信じられないほど嬉しかった。
なぜかは自分でもよく分かっていない。
だが、ユーリの役に立てると言うことが、どうしようもなく胸を揺さぶり、高揚感が全身を駆け巡る――初めての経験だった。
「余はケリをつけてくる」
そう言い残して去るユーリの背中が、とてつもなく大きく感じられた。
◇◆◇◆◇◆◇
ユーリは地下からロブリタの部屋に戻る。
そこには全身を捕縛されたロブリタが、芋虫のように横たわっている。
ソレは冷たい目で見下ろす。
「貴様の悪行はすべて把握した」
怯えきったロブリタがなにか
「さて、クロードよ」
「ユーリ様の御心のままに」
ユーリが尋ねる前に、クロードは答える。
彼にとっては、ユーリを怒らせた時点で、ロブリタの命は終わっている。
彼女が頷けば、躊躇なくロブリタの首を斬り落とすだろう。
ユーリの手を汚すまでもない。
ユリウス帝ならば、頷いた場面だ。
だが、ユーリはすぐには頷かない。
「こんなクズが国の中枢におるとはな。この国は平和ボケしすぎだ」
力を持つ者が統治しなければ、大陸を平定することはできない。
ましてや、魔族との戦いなどもっての外だ。
無能な配下も、怠惰な部下も、容赦なく切り捨てた。
ロブリタなどは真っ先に断頭台だ。
「さて、どうしたものか……」
ユーリは悩む様子をロブリタに見せつける。
声を出せないロブリタは、必死になって懇願の視線をユーリに向ける。
それを見て、ユーリは壮絶な笑みを浮かべる。
ロブリタの冷や汗が止まるほど――冷酷な笑みだった。
ユーリの中ではすでに処遇は決まっている。
ロブリタにさらなる恐怖を植えつけるために、時間を引き延ばしているだけだ。
「ふん。いつになっても変わらんものだな」
高潔な最期を示す者には、敵でさえ敬意を払う。
だが、権力に溺れる者ほど、死に際は見苦しい。
前世では、嫌というほど見てきた。
「喜べ、貴様の処遇が決まったぞ」
ユーリはロブリタを縛る縄を掴み、強引に立ち上がらせる。
そして、反対の手で剣を抜いた――。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『ロブリタの後始末』
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