第31話 ロブリタの後始末

「喜べ、貴様の処遇が決まったぞ」



 ユーリはロブリタを縛る縄を掴み、強引に立ち上がらせる。

 そして、反対の手で剣を抜いた――。


「んんん~」


 ロブリタは悲痛な声をあげるが、ユーリの動きは止まらない。

 剣がロブリタの首筋に伸び――薄皮を一枚切り裂いた。


「んっ」

「貴様など、殺す価値もない」

「んんん」


 ユーリが手を離すと、ロブリタの重い身体がドシンと音を立てる。

 殺されずに済んだと、ロブリタはひと息つくが――。


「切り落とせ」


 冷酷な、最低限の一言。


 クロードが剣を抜く。

 そして、そのまま――ロブリタの股のものを切り落とした。


「んんんんっ~~~~」


 くぐもった絶叫は口枷に吸収された。

 クロードは止血のために、最低限のポーションで局部を癒やす。

 そして、床に落ちた赤黒いゴミを火魔法で消し炭に変えた。

 ロブリタは痛みのあまり、意識を手放していた。


「いつもの通りにしろ」


 ユーリの言葉に、クロードは従う。

 まずは気つけ薬でロブリタを覚醒させる。

 次いで、【虚空庫インベントリ】から禍々まがまがしい指輪を取り出し、ロブリタの芋虫のような指に通す。


「ひとつ。我らの命令には絶対服従」

「ふたつ。今日のことも、我らのことも、決して口外するな」

「みっつ。今後一切、悪事を働くな」

「よっつ。自害または第三者に自分を殺させることは許さない」


 言い終えたクロードが指輪に手をかざす。

 すると、指輪から数本の棘が飛び出し、ロブリタの指に食い込み、指輪はピタリとまった。

 その痛みに悶えるロブリタであったが、クロードは気にせずに冷たい声で言い放つ。


「いずれかが違えられれば、全身に痛みが走る。死んだ方がマシだと思える痛みだ。ちなみに、なにが悪事かは我らが決める。せいぜい、真っ当に生きろ」


 それだけ言うと、クロードはもう関心はないとばかり、ロブリタに背を向ける。


「終わりました」

「ご苦労」


 殺してしまえば、苦痛は一瞬。

 だが、ロブリタは生き続ける限り、恐怖から逃げられない。


 なにか事を起こすたび、それが悪事でないかビクビクするしかない。

 もしかすると「部下を叱責する」ことすら悪事と見なされるかもしれないのだ。


 激痛を避けるには、クロードが告げたように真っ当に聖人のように生きるしかない。

 今までの自分とは正反対の生き方をするしかない。

 自死することも許されずに。


 これが冷酷帝の断罪だ。

 ロブリタは一生、怯え、苦しみ続けるのだ。


 絶望に打ちひしがれるロブリタを二人とも意識の外におき、次の行動に移る。


「配下の者は?」

「全員捕縛してホールに集めております」

「尋問しろ」

「御意」


 クロードはホールに向かう。

 配下の中にはロブリタを咎めず、悪事に荷担した者もいれば、権力によって従わざるを得なかった者もいる。

 前者はその罪に見合った罰を与え、後者の罪は不問にする。

 そのための尋問だ。


 とは言え、血なまぐさいものではない。

 彼は透明な水晶玉を取り出す。

 この水晶玉は発言の真偽を判定する魔道具だ。

 真実であれば青く光り、虚偽であれば赤く光る。

 この魔道具を用いる、無血の尋問だ。


 ホールには数十人の配下がいた。

 クロードは尋問を開始する。

 慣れた作業だ。淡々と、手際よく尋問していく――。


「さて、どうしたものか」


 クロードが去った後、ユーリは思案する。


「クロードなら2時間、いや、もっと早いかもしれん。地下はまだ落ち着かないだろうし、家捜しするのもな」


 館にはそれなりの金品があるだろうが、彼女にとってはなんの価値もない。

 ロブリタの悪事を暴く証拠もあるだろうが、告発する気がないから無用だ。


「ああ、良い場所があったな」


 思いついたユーリは軽い足取りでその場所に向かう。

 先ほどのことはすっかり忘れ、好奇心でいっぱいだった。


 彼女が訪れたのは、地下への隠し階段があった書庫だ。

 さっきは素通りしただけだったが、書庫には書架がならび、たくさんの本がぎゅうぎゅうと棚に収まっていた。

 室内はカビ臭く、本には埃がうっすらと乗っている。


「ブタに価値が分かるわけがないか」


 前世でも書物の価値を重んじてた。

 宝物庫よりも、書庫を愛していた。


 ユーリは魔法で埃を吹き飛ばし、空気を浄化する。

 書庫は一瞬にして快適な空間へと変わった。


「さて、どこから手をつけようか――」





 ――読書に没頭していたユーリは不意に声をかけられ、ピクリと肩を揺らしてから、顔を上げる。


「ユーリ様」

「クロードか」


 ユーリは自分で思う以上に集中し、時間がたつのも忘れていた。

 手に持つ本を閉じる。

 そして、その本を近くに積んであった数十冊の本と一緒に【虚空庫インベントリ】に収納する。


「もう、終わったのか」

「はい。手はず通りに」

「ご苦労であった」

「ユーリ様も収穫があったようですね」

「ああ、さすがは貴族だな。これなら、他の貴族に殴り込むのもいいな」


 ユーリにすればただの冗談だが、クロードは「本気でやりかねない」と苦笑する。


「まあ、冗談はさておき――」


 ユーリは立ち上がりながら、言葉を続ける。


「最後のひと仕事だ。ついて参れ」

「御意」


 クロードを従え、ユーリは地下への階段を降りていった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ルシフェという少女』


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