第14話 頼りない

階段を駆け上がる。宮間と先輩の部屋に着いてから一度息を整えた。

大きく息を吸ってからノックする。コンコンと乾いた音がした。

「宮間、いる?友井だけど、ちょっと今話いいか?」

中から小さな足音が出てきて、ブラウンのドアが控えめに開いた。

そこから宮間の目だけが覗き、その目が俺を認識すると恐る恐るとドアを開く。

彼女は少し躊躇いながらも俺を部屋の中へ招き入れてくれた。

2人の部屋は荷物も綺麗にされていて、少し気持ち悪いくらいに生活感がない。

まぁ来てすぐだし、こんなもんかとソファーに体を沈めると、

彼女は何か用?といつもの調子で聞いてきた。

その前にと彼女にレモンサワーを差し出すと、ありがとう。と言って彼女は備え付けの冷蔵庫にそれを収める。

屈んでいる背中が妙に小さかった。

「…今日、楽しかったかよ?」

そんな空気感の中、俺の口から出てきた言葉はありきたりで、でも確かに俺が知りたいこと。

彼女はそんなことかと眉を上げて、もちろん。と少し笑った。久々に休めたの。と。

休めた。彼女は仕事のことを指しているのかもしれないけれど、それは違うんだと思った。

俺が言っているのはそんなことじゃない、その心の中をずっと占めている、何かが、

少しでも整理できたのか。それが知りたかった。

「俺ってさ、頼りないだろ?」

自分でも仕事は出来る方だと自負しているし、女性にも優しい方だと思う。

俺のことを好きだと言ってくれる人もいるわけで、頼り甲斐もある時はあると言われる。

でも彼女の前だと別だ。情けない男にばかりなってしまっていると思う。

彼女はそんな俺の独白を聞いて、ぷっと吹き出すと、そうね、と笑った。

「でもさ、頼ってほしいんだよ。下手くそだけどさ、お前が大事なんだよ」

その笑顔に押されるように口をついた言葉はやっぱり意気地なしで、下手くそだ。

そんな言葉に呆れたのか彼女はポカンと口を開いたまんま、俺の顔を見ていた。

「…え、私って頼ってなかった?」

「…は?」

いつどこで、誰に頼っているというんだろう。

今度は俺が口をポッカリ開けていると彼女は空を睨みながら言った。

「うーん、正直明海先輩はあんたに大事な仕事はふるでしょ?

 私は不器用だから、一人でパキパキ仕事も出来ないし。

 その点では本当悔しいけど、あんたにたくさん助けてもらってる」

彼女がこんなにも素直に俺の話を受け止めてくれるのは久々だった。

彼女は確かに不器用な方だが、

それに上回る努力で明海先輩をはじめとする先輩方に絶大な信頼を寄せられていると思う。

俺がフォローを下手くそにしようとすると彼女はまた口を開いた。

「素直になるのが苦手だし、その点ではあんたに交友関係だって取り持ってもらってる。

 それにそのバカみたいな能天気さが、羨ましいくらいに私を元気づけてくれる」

はぁとため息をついた彼女は、空を睨んでいたその目を俺に向ける。

真っ直ぐな目だった。初めて会社で出会った日から、俺が彼女を好きになった日から。

ずっと変わらない彼女の真っ直ぐな姿が。俺はやっぱり好きだと思った。

「…この旅行に連れ出してくれたことも、いつもいつも、感謝してるの、ありがとう」

えへへと笑った彼女の無邪気な顔が愛おしくてたまらない。

手を伸ばそうとした瞬間に、彼女のスマホが鳴り出した。それに彼女はすぐ答える。

電話を出た彼女の先から聞こえてきたのは、男の声だった。

電話してきた先に気づいたらしい彼女は、

俺といるのがバツ悪いのか、青ざめた顔でこちらを伺う。

彼氏か。自分の中でストンと腑に落ちた俺は、全てを悟り切った顔で部屋を出る。

電話先に向かって笑いかける彼女の顔が妙に大人びていて、俺は寂しくなった。


ドアの閉まる音が響いて、長細い廊下に出ると、

向こう側から楽しそうなカップルが歩いてくる。

それがやたら憎たらしくて、俺はすぐに自室に入った。

少し前から宮間はあんな顔を見せるようになった、いい意味で世間知らずだったのに。

やたらと世の中を悟ったような顔をするのだ。

それが、俺は自分の世界の中にいる宮間に、別の世界のやつが影響を与えているように思えて、

すごく気持ちが悪いと思っていた。そんな思いが俺の中を燻る。

俺だったら不器用でも許せるのに。無理に大人にならなくたって、そんな宮間が好きで入れるのに。

わざわざ似合わない化粧ばかりして、背伸びして。努力家な彼女の性格が憎たらしい。

連れ帰ってしまった蓋も空いていないもう一つのレモンサワーを握りしめた。

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