第10話 過去に取り憑く

秋も深まってきて、木枯らしの寒さも隠すことが出来なくなってきた。

私は東京駅の前で、スーツケースを片手に改札口付近で縮こまっていた。

向こうからガラガラと音を立てて歩いてくる、友井を確認して片手を上げる。

焦ったような顔をした友井が、より喧しい音で私の前に辿り着くと、ペコリと頭を下げた。

「本当、今日は付き合ってもらってありがとうございます」

「まぁ、宮間が元気になってくれるならね。それに、私も温泉行きたかったし」

片手で礼をあしらいながら、向こうから友井によく似た喧しい男が、こちらへ歩いてくる。

久々に見る顔も、営業部のエースとは思えない、チャラくさい顔だった。

「久しぶり、友井。寺山」

由梨と随分長い間付き合っていた、私の同僚で営業部のエース。中路紘なかじひろ

チャラくさい顔に、性格ながら随分と面倒見のいい善人で、

別れた今も由梨の良き相談相手であるらしい。

自ら進んで貧乏籤を引こうとするような、お人好しだ。

友井と楽しそうに話し込む、姿の隙間から珍しく焦ったようにやってくる宮間の姿が確認できた。

私の横についてその勢いのまま頭を下げる。すいません、遅くなりました。と。

時間よりも随分早い集合である。時間間違ってないし、早く着きすぎただけ。と慰めていると、

中路が営業顔で、宮間に声をかける。

「初めまして、宮間さん。寺山の同僚で、友人の中路です。よろしくね」

「…はい」

少し人見知りしているのか、私の後ろに少し体をかぶせながら、頭を下げる。

そんな姿を可愛らしく思いながら、その時木枯らしが強く吹いて、寒さを思い出した。

「取り敢えず寒いし、駅ん中入るか」

「そうしよ」

しれっと私の横へやってきて、宮間と友井が話すように仕向ける。仕事の出来る男だことだ。

渋々話しかけられた友井の方へ進んでいった宮間を見ながら、私たちは一歩後ろから追いかける。

「お前さ、突然連絡寄越してきて、温泉付き合えって、扱い雑かよ」

「…しょうがないでしょ。あんたぐらいしか、適任がいなかったのよ」

久々の会話も感じさせない中路が文句を垂れる。私はそれにてきとうに答えていた。

半分顔をマフラーに埋めて、スーツケースをガラガラと鳴らしながら、人並みを泳ぐ。

「由梨は?」

「新婚を邪魔するほど、野暮な女じゃないんだけど」

元カレである彼に、結婚の話題を出すほど酷い人間ではないつもりだったが、

どうしても私たちの会話は共通の人間である、由梨か、仕事の話になってしまう。

チャラい笑顔で、話を続ける中路に、中路が由梨と付き合っていた頃の愉快な毎日を思い出した。

まだ若くて、馬鹿騒ぎをしていた。そんな、頃だった。

北陸新幹線でも、宮間の視線を無視して中路の隣に腰掛ける。2人揃ってパソコンを取り出す。

私の部署は今は暇だが、営業部は常に忙しい部である。

その忙しさは、目に見えるもので、この忙しい時期に連れ出してしまったことに罪悪感を覚えた。

暖かい新幹線の中で、マフラーを膝にかけながら、彼のパソコンを覗き込む。

複雑な数字が現実を渡してきていた。中路の少しクマの浮いた顔を見て、一つ息を吐く。

「ごめんね、営業部。今忙しいでしょ?エースのあんたを連れ出して、申し訳ないわ」

「いや?そうでも?俺以上に優秀なやつが頑張ってくれてるし、だいじょーぶ」

「そんな人いないでしょ」

「噂されるのが嫌いなやつなんだよ。先月の成績も負けてるし」

「あんたと違って謙虚なのね」

「うるせぇ…お前だって、そこそこの有名人だろーが。そっちのエースなんだから」

会話の真ん中に入るタイピングの音。彼に渡される仕事を、それなりにこなしながらも手は止めない。

ひと段落着いた頃、友井が私たちの方を振り返った。

顔だけをかろうじて向けている姿に2人して前の席を見ると、友井の膝の上に見事に宮間が眠っている。

どうしたらいいのかと、顔を真っ赤に訴えてくる友井に少し微笑んで、若いね、ね。と言いながら。

後ろの席に戻った。

「あいつウブか?」

「拗らせすぎてんの」

クスクス笑いながらまた、パソコンに向き合う。2人揃って心底溜息を吐いた。

あの若さが羨ましい。ついこの間まであんな風だったはずなのに。

もう一度マフラーを足にかける。やることがなくなり、数字の並ぶ画面を閉じた。

そのまま窓に顔を預け、目を瞑る。あと30分はあるはずだ。

スッと仮眠に入ろうとすると、隣で少し動いたお節介な男が、自分のジャケットを私にかけた。


中路に叩き起こされ、ジャケットを返し、降りる準備をする。

前の席には目がガンガンに開いたままの、友井の膝の上に変わらず宮間が眠っていた。

右往左往する友井の腕を見て、私と中路は心底楽しげに笑う。

アナウンスが流れ始めて仕方がなく、私が宮間の肩を叩いた。

叩くだけ叩いて、すぐ後ろの席に戻る。真上から2人を見下ろしながら、荷物を下ろす。

ゆっくりと目を開いた宮間が、必死にそっぽを向いて無実を訴える友井に焦点を合わせた。

だんだんと目が開かれて行き、お約束のように飛び上がった宮間が、友井の顔を見る。

「よ…よく寝てたな」

「え?は?え?」

前髪が崩れ、髪の毛が汗に張り付いている。その姿が妙に幼くて可愛いらしかった。

段々と状況を理解してきた宮間は、罰が悪そうに自分が眠っていた友井の膝を見る。

「…ごめん、重かった?」

「いや、別に…」

妙な空気が流れる2人を切り裂くように、目的地を告げるアナウンスが流れ、2人は急いで動き出す。

うん、期待通りに距離が近づいてるわ〜と、小さく呟くと、

「ばばあかよ」

と、中路が綺麗にアウトゾーンを踏み抜いたので、バッグの持ち手で思い切り、脛を攻撃してやる。

どうやら少し、私も若くなってしまったようだった。

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