終章:これからのこと

 どこへ向かうわけでもなく、とにもかくにも一颯の下から少しでも遠くに行きたかった。

 息がちょうど乱れた時、みことはようやく自分が今、B沢公園に来ていたことにはたと気付いた。

 人の気配はまだ朝早いということもあってまばらだ。かつては老人会の集いでラジオ体操に勤しむ高齢者の姿が多々見られた光景も、【現代の神隠し事件】によってすっかり見なくなった。

 みことにとって、無人の空間は都合がよかった。



「はぁ……」



 深い溜息がみことの口からもれる。

 こうなったのも全部自分のせいだ……、昨日の出来事がぐるぐると脳内を駆け回る。



「私がもっと、強かったら……」



 こんなことには、なっていなかった。

 所詮は結果論でしかない。いくら悔やんだところで過去は戻らない。

 みこともそれぐらいはわかっている。だが理性ではなく心がどうしても、自分を許せない。



「――、おっはよう細川みことちゃん」

「あなたは……!」



 ひろりとやってきた相手に、みことは身構えた。

 相変わらず彼女はニタニタと笑っている。



「舞姫……さん」

「こんな朝早くに学校サボるなんて、意外と悪い子なんだねぇ」

「……何か用ですか?」と、みことは舞姫をぎろりと睨んだ。

「それで、こんなところで何をしてるのかにゃあ?」

「……別に、あなたには関係のないことです。それより、どうしてあなたがここにいるんですか?」



 みことが警戒するのは、至極当然である。

 一度襲った相手に心を許すほど、みことも愚かな少女ではない。

 相手が無手だろうと、打刀を手にしたのはあくまで自分自身を守るための行動だ。

 そうして警戒するみことに、舞姫は小さな溜息を吐いた。

 明らかに呆れた様子で、それが返ってみことの神経を大いに逆撫でする。



「いったいなんなんですか!? また、私を殺しにきたんですか!?」

「あちゃあ、なんだかものすっご~く、嫌われちゃった感じかにゃあ?」

「このっ……!」



「――、そう構える必要はないぞ、お嬢ちゃん。当然このワシがこいつに単独での行動を許すはずがないだろう」と、そう言いながら舞姫の背後よりのそり、と大きなひぐが――もとい、六車次郎が現れた。



「六車さん……! どうしてここに?」と、みことは尋ねた。

「……カエデからの報告でな。昨日“屍人シビト”としての力を使ったと聞いてな。これから本人に面談をしてどの程度の被害かを確認するためだ。それよりも、学生であるお嬢ちゃんはどうしてここに?」

「……それは、一颯さんのことが気になったから――」

「自分のせいでイブキッチがあんな風になっちゃった、ってところかにゃん?」



 舞姫の一言に、みことはハッとした後に奥歯を強く噛みしめた。

 彼女の言い分は、悔しいことに反論する余地がない。

 まったくもって、舞姫の言うとおりだ。



「だから言ったでしょぉ? イブチッキからさっさと離れていたら、こんなことにはならなかったんだってばぁ」

「舞姫、よさんか――しかし、今回は完全に否定することもできん」



 次郎の言葉は、穏やかこそであるが同時に厳しくもある。

 暗にみことに一切関与するな、そう告げていた。

 みこともそれは、否定することなく痛感している。

 自分のせいで一颯が“屍人シビト”としての力を行使せざるを得なかった。この事実は曲げようがない。

 もう潮時だ。これ以上、彼に迷惑をかけないようにするには、今後一切の関りを断つべきである。それがきっと互いのためになることも、みことは重々理解していた。

 しかし、みことは――



「……次郎さん、お願いがあります」

「お願い? お嬢ちゃんがワシに?」

「はい――私を、鍛えてくれませんか?」と、みことは言った。



 これにはさしもの二人も、予想すらしていなかったのだろう。

 一瞬目を丸くしてすぐに、真剣みを帯びた鋭い眼光でみことを見やる。



「それは――【衛府人えふびと】になりたい、ということか?」

「いいえ、違います。私は【衛府人えふびと】になるつもりはありません」

「じゃあ、何故――」

「一颯さんとこれからも一緒に行動を共にしたいからです」

「……ちょ~っと、何言ってるかわかんないなぁ」



 みことの言葉に、嘘偽りはない。愚直すぎるぐらいまっすぐなその言葉について、まず舞姫が食って掛かった。ニタニタとした笑みは相変わらずだが、彼女の口調には確かな苛立ちが宿っていた。



「普通ここまできたらさぁ、身を引くと思うんだけどなぁ」

「……私は、最初は自分の親友を探すために一颯さんを利用するつもりでした」



「ほぉ」と、次郎が関心を示した。顎をくしゃりと撫でる彼の顔は厳ついが、怒りなどの感情は微塵もない。穏やかな眼差しで、みことを静かに見守っている。



「私一人じゃ無理でも、一颯さんと一緒に行動しておけば、いつか必ず親友が見つかる……そう思ってました。だけど今は違います、私は――一颯さんの力になりたいんです」

「……そのために、我々に鍛えろということか?」

「……はい」



 訝しむ次郎に、みことはふっと不敵な笑みを浮かべた。

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