流出

助手席から「ひっ」という悲鳴と、飛び上がるような物音がした瞬間…


K氏は乱暴に手のひらで酒頭の横顔を押し、顔を助手席の外に向けさせた。


「せ…せんせい…そいつ」酒頭が声を漏らす。


「しいい!何も言うな。喋るな、見るな!」

K氏は小声で酒頭に強く言った。

K氏は片時も『幽霊』から目を逸らさない。


男は怯えたように微笑む。じっと、K氏の目を見ている。


「返事…してくれてありがとう…運転手さん…あの、…ぼく…N市…N市に」『幽霊』はたどたどしくつぶやく。


「N市に行きたいのかい?」K氏は応える。


「せんせぇ…っ!」酒頭が震え声でつぶやいた。


「車を降りろ、はやく。私が死んだら『話したら死ぬ』が立証される」K氏は言った「こんな形になってすまない、私が寝てしまったせいだ」


酒頭はK氏の手を降ろさせた。

酒頭は青ざめているのだろう。そして、若干震えていたのが、その手の感触から分かった。


「クソっ…先生、なんてこった…」酒頭はそう言うと、助手席から降りた。


『幽霊』は変わらず目をパチパチさせ、微笑んでいる。

「あの…あの…ぼくと…N市に…」


「N市だな」とK氏。


「途中…とっても、あぶない…シカが…けものみちの…」『幽霊』は身振り手振りで何かを伝えようとする。

「シカの…せいかつ…くるま…みらいには…むずかしいが…」


K氏は深呼吸した。そして言った。

「いいよ。乗って」K氏は、助手席を指さした。

不気味だ。普通ならこんな状況で見知らぬ男を車に乗せないだろう。誰しもが断ったのも納得がいく。


実体はあるのかもしれない。『幽霊』が席に座ると座席は沈み、シートベルトも透けない。


『幽霊』を横に乗せたK氏の車は、なめらかに滑り出した。


N市に出るインターチェンジはまだ先だ。

どうしたって「魔のカーブ」は通らなければならない。


パーキングエリアの流出口へ進む。


K氏がルームミラーを見やると、電灯に照らされた酒頭が為す術もなく立ち尽くしていた。

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