第17話 “転生者”って、なんじゃい

「愚問じゃの」


 公爵の問いに、わしは首を傾げる。問われた意味はわかるが、問うてきた意図がわからん。


「敵は敵、味方は味方。敵の敵は、敵の敵じゃ。公爵位を守るほどの人物に、言うことではないと思うがの。机上の理屈で現世うつしよを読み解こうなどと思うと足元をすくわれるぞ?」

「ありがとう。肝に銘じよう」


“へーか。そこ、スタヌム伯爵領の、領府~”

「ほう?」

“スタヌム伯爵、プルンブム侯爵と、仲悪いみたい~?”


 先ほど公爵が指した地図の一点を、エテルナが念話で教えてくれた。エテルナの説明で、少しだけ合点がいった。

 アダマス公爵領の領府フルゴルから南西に約百キロ二十五里。王都からは、百四十キロ三十五里ほどか。アダマス公爵領とは間に王家直轄地をはさんでいるが、公爵領の南西にあるプルンブム侯爵領と領地を接している。公爵が先日立ち寄った王家直轄地の宿場町、フェリキタスに近い。


 この侯爵が“敵の敵”かの。わざわざしろうとに意見を訊く理由はわからんが……。


「“王国はすべてが敵”というたな。例外がそのスタヌム伯爵か。伯爵家はアダマス家と……友好関係とまで言わずとも、敵対はしとらんのじゃな?」

「そうだね。少なくとも人間的には信用できる」


 スタヌム家も、有事での貢献により陞爵を果たしてきた苦労人の家系なのだとか。

 とはいえ貴族である以上、交友関係と政治的利害は別の話じゃ。理想を言えば、敵対する相手とも上手く利益を共有するのが最上なんじゃがの。人間界でも魔界でも、そのあたりは変わらん。


 伯爵家が表立って敵対しとらんとしたら、公爵の人望と考えるよりも利用価値と思うた方が良かろう。

 政治的な価値それではなさそうじゃの。そもそもこの御仁、公爵でありながら政争の才がなさすぎるわい。

 となると、武力か。


「ぬしは、スタヌム伯爵とやらに、なんぞ頼まれておるのかの?」

「どうしてそう思ったのかな?」

「ふむ、当たりか。孤立したを政治的利益で引く者もおるまい。おおかた“超級冒険者”に救いを求めた、といったところじゃろ」

「アリウスには、かなわないな」


 わしが指摘すると、公爵はため息交じりに笑う。

 どうやら元のアリウスは、勘と頭の優れた娘だったようじゃな。わしについては買い被りじゃ。この読みは、単にエテルナのおかげでしかないわ。


「王国内のダンジョンが活性化して、魔物が大発生している話は聞いているかな?」

「げふッ」


 いきなりの発言にわしは思わずせる。

 なんじゃそれは。魔物と言えば、魔王の眷属。実際にはすべてが魔王の配下というわけではないが、勝手に大発生されるようでは魔界の管理能力を問われかねん。

 もう関係ないと突っぱねてもええとは思うんじゃがの。どうなっとるんじゃいとエテルナを見れば、お供スライムは不思議そうに見返してきよった。


“だって、ダンジョンだもの”

「ぬ?」


 魔界はともかく人間界について、わしが知っとることなど、百余年前のわずかな見聞のみ。あとはエテルナからの聞きかじりじゃ。

 人間界こちらのダンジョンがどういう存在ものかも、“魔物が巣食う穴倉”という程度にしかわかっとらん。


“人間界のダンジョンって、コアが魔界と、つながってるから”

「そうなんか?」

“うん。へーか、いなくなって、魔界はボロボロになってるでしょ~?”


 そうか……思ったより早かったのう。あの共謀魔族アホどもが切り盛りしようとすれば、早晩そうなるじゃろうとは思ったが。

 わしのせいではないとはいえ、大変そうじゃ。うむ。


“みんな、人間界こっちに逃げてこようとしてるんじゃないかな~”


「それはイカンじゃろ!?」


 思わず声を上げたわしを見て、公爵は不思議そうに微笑む。

 元は超級冒険者のこやつには、不可視の隠蔽魔法も効かん。念話はともかく、エテルナの存在なぞはなからお見通しなんじゃろう。


「いや、大きなひとり言じゃ。気にするでない。それで?」

「スタヌム伯爵領からは、救援の妖精が入っている。ダンジョンの異変に対して、対処の経験と能力がある我が公爵領に助力を願えないかと」


 なぜそれをわしに訊く。できるならやればよい。できぬなら切り捨てるしかなかろう。

 こちらの思っていることは通じたらしく、公爵はうなずいて地図全体を示す。


「地図に記されている三角の印がダンジョンだ」


 ざっと見たところ大小合わせて、その数は四十近いのではないかの。

 王国貴族たちにとっては資源を生み出す宝の山であったそれが、いまでは身に抱えた病巣のように見えておるはずじゃ。


「活性化が進んで、もう冒険者ギルドの手には負えない。国軍と領地軍を当てることになるだろうが……」

「無茶な話じゃ」


 難易度や危険度に波はあろうが、広域に散らばるそれを攻略しコアを砕くなど、軍には荷が重かろう。軍というのは動かすだけでカネと時間と物資と人手をバカ食いする上に、武器や戦術も穴倉での戦いに向かん。


「もし仮に、その計画が実行され、もし仮に、無事に果たされたとしても」

「ああ。国庫カネが尽きる。実際には、ダンジョン攻略自体が不可能だ」


 軍を編成して派遣する頃には魔物があふれ出している。そうなると被害を押さえることさえ難しい。兵も民も、無事では済まない。

 だから、と公爵は笑顔で告げる。


「王国は滅びるだろうね」


 目は穏やかなまま。そこには怒りと諦め、そして決意の色がある。

 ダンジョンだけの話では終わらんのじゃ。第二王子エダクスとその派閥は、隣国と通じとる。良いように転がされ、情報と物資を流しとるんじゃろうからの。国内が揺らげば、そやつらが国境を騒がせることくらい想像に難くないわい。


「それが、ぬしの望みではあるまい?」


 アダマス家の祖であるアルデンスは。知将にして猛将であった彼の英雄は。

 故国でなにがあったにせよ、どんな思いを秘めていたにせよ。精兵を率いて魔界へと侵攻し、国のためにその身を殉じたのじゃ。


「アリウスには、なんでもお見通しなのかな」


 なにも見通せてなどおらんし、見通すつもりもないわい。しょせん、わしには他人事ひとごとじゃ。

 そう言いかけたわしの胸元で、ほのかな光がともる。服のなかに入れておった首飾りの魔珠じゃ。

 なにを言いたいのかは知らんがの。それはアリウスの意思じゃろうとは思う。


“へーか”

「……エテルナ。そんな顔をするでない。わしとて好きこのんでこの場にるのではないわ。勝手に放り出され、勝手に巻き込まれただけじゃ」

“アリウスも、同じ”


「なに?」


“アリウス、異界から、転生させられたの。知らないところで。ずーっと、ひとりで。がんばってたの”

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