第18話 “不敬”って、なんじゃい

 どうにも本性が読めん公爵との話し合いは不調に終わった。なにやらはらを決めておるようじゃが、それをわしには話そうとせん。その気遣いが娘に対してのものか、娘に宿った“魔の者”に対してのものなのかは知らんがの。

 いうてもあの御仁、地位も力も度量もある高位貴族じゃ。その生き様までくちれようとは思わん。


 翌朝、姿を隠したお供スライムエテルナとともも王立高等学園の門をくぐったわしに、おかしな連中が歩み寄ってきよった。

 無視して通り過ぎようとしたが、なかのひとりが立ちふさがって笑顔を見せる。


「アリウス嬢、申し訳ないが、少し時間をもらえるかな」


 金髪に碧眼。背は百六十五センチ五尺半ほどで、アリウスより頭ひとつほど高い。

 敵意はなさそうじゃが、面倒な相手なのは見てすぐにわかった。周囲の者たちが距離を取り敬う空気。少し離れて身構えておる護衛の数。こやつ、どこをどう見ても王族じゃ。


「エテルナ、こやつは?」

“第一王子の、プリームス~”


 エテルナからの情報によれば、アリウスよりもひとつ上の十五歳らしい。

 ふむ。第二王子エダクスに比べれば、少しはマシじゃな。筋力も魔力も鍛えられておるし、わずかばかり覇気と王気――の欠片のようなもの――はある。

 問題は、わしに接触してきた理由じゃ。取り巻きがこちらと目を合わせんあたり、イヤな予感がしよる。


「まずはエダクスの愚行について、お詫びを」

「要らぬ」


 連れてこられた学園の中庭で、頭を下げようとしたプリームスを手で制する。


「王族としての愚ではない。、あやつと、わしの問題じゃ。それを第一王子に詫びられるいわれはなかろう?」


 そして、こちらにそれを許容いれる筋もない。無関係な者たちの都合で、わしを政治的対立に巻き込むなということじゃ。

 その意図は伝わったようで、第一王子は柔らかな、王子としてのこれ見よがしな笑みを浮かべる。


「寛大な対応には感謝するよ。しかし、このまま進めば、あれは王族としての愚を犯す」

「そのときは、そのときじゃ。それより気になるのは」


 わしはプリームスの目を見て言う。


「なぜ、王家がエダクスあれを野放しにしておるかの方じゃな」


 王子は笑顔を浮かべたまま、身にまとう空気をわずかばかり強張らせる。

 それはそうじゃろ。一応仮にも第二王子、愚行に走れば止めいさめるのが周囲の役割じゃろがい。


「言ったところで……」

「聞かんとしたら御輿みこしには向くまい? 聞かせようとせんのであれば、があるということではないかの?」


 エダクスが愚かで扱いやすいのは誰が見てもわかろう。このままでは、早晩あの愚弟は致命的な過ちを犯す。壊れるのはアダマス公爵家わしとの関係に留まらん。

 それで利を得るのは、第二王子の破滅を望む者どもじゃ。落ちそうな御輿を、担ぎ手が止めん理由があるとすれば。


「……第二王子エダクスの派閥を取り込んだか」


 プリームスはわしを見て、首を傾げる。

 今度は平静を装うだけの笑みではなく、真に嬉しそうに笑いよった。


「アリウス嬢が“目覚めた”というのは本当だったみたいだね」

「おおかた、魔の者がいたとでも吹聴されておるんじゃろ」


 王子は笑ったまま肩をすくめる。わしの言葉を否定する気はないようじゃ。

 だいたい合っておるんじゃがの。魔の者どころか魔王というところまで察しておる者はおるまいが。


「なにをしようと、わしは王家の問題に干渉せん。降りかかる火の粉は払うがの」


 わずかに怪訝そうな表情の第一王子に、わしはそっと視線で示す。

 人払いされた中庭にずんずんと踏み込んでくるのは、件の第二王子殿下ポンコツじゃ。わしには怒りを、兄王子には憎しみを剥き出しにしておる。


「貴様! わたしを裏切りプリームスに寝返るつもりか!」


 こちらはこちらで、何人も取り巻きを引き連れとるのう。すぐ側で勝ち誇った顔をしておるのは、我が義妹のミセリア。この状況のどこに勝ち誇る要素があるのか知らんが、こいつはこいつで神経が筋金入りなのかもしれん。


「エダクス、無礼ではないか」

「身の程をわきまえず、ご立派な兄のふりか。血は争えん」


 王子たちの尖った視線がぶつかり、ピリッとした緊張が走る。双方の護衛と思われる者たちが、遠巻きに身構えるのがわかった。


第二王子エダクスの母親は正妃で公爵家の出身だけど、第一王子プリームスの母親は側妃で侯爵家の出身~”


 ふむ。魔界であれば力で思い知らせるところじゃが、人間界の序列は入り組んでいて面倒じゃのう。


「ぬしら、兄弟喧嘩をしたいなら好きにせい。わしは失礼させてもらうのでな」

「待て!」


 立ち去りかけたわしを止めたのは、意外なことにエダクスであった。


「貴様に謝罪を要求する」

「なんじゃと?」


 なにを言い出しよったか、このポンコツ王子は。謝罪する、ではなく謝罪を“要求する”?


「わからんのう。なにを謝るというんじゃ」

「決まっているだろう! わたしへの暴言暴行、王族への不敬に対してだ!」


 おお、まさかと思えば、あの“決闘”の話であったか。まさか、ここで恥の上塗りをお望みとは思わなんだ。

 男が女がと、ことさらに言う気はないがの。どうあれ勝ちは勝ちじゃろがい。身分を傘に負けてから結果をひっくり返そうとすのならば、決闘なんぞ最初から挑むでないわ。


 見ておる者どもの表情が変わったのを見て、わしは思いを口に出しておったことに気づいた。

 掛け値なしの本音であったから、まあ、ええわい。


「き、さまァ……ッ!」


 怒りに震えるエダクスのなかで、魔力が高まる。

 面倒じゃのう。また張り倒せばしまいなんじゃが、これは決闘ではなく私闘。王子たちの取り巻きと護衛が十数人以上も見ておるなかでやれば、アダマス公爵家にも迷惑が掛かろう。

 兄プリームスはといえば、愚弟が手を出すなら自分が止めると目で訴えておるがの。

 そもそもこやつを信用しきれん。そんなやつの手を借りるのも業腹ごうばらじゃ。


 ――ここは、魔王の政治力うつわを見せてやろうかの。


「まことに、申し訳なく思うておる」


 わしの声は、しんと静まり返った茶番の舞台に響き渡った。


「まさか我が婚約者となるはずであった王子が、あれほどに脆弱であろうとは、思ってもおらなんだ」

「なッ!」


「それを学園の衆人環視おおやけの場で示し、を晒し、誇りに傷をつけた責任は、痛感しておる」


 第二王子エダクスの顔は怒りと羞恥で赤黒くなり、義妹ミセリアの顔は青白くなる。

 周囲のあちこちから、こちらに敵意が向けられる。護衛が三に、取り巻きの男が三と、女が二。三人にひとりというところかの。

 そやつらひとりひとりの目を見据え、最後に目の前のエダクスに向き直って、言うた。


「わしは、逃げも隠れもせん。どうとでもするがよかろう」

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