第16話 (Other Side)王国の動揺

 王城の会議室に詰めている高位貴族たちは、動揺を隠しきれずにいた。

 それは上座で報告書を手にした国王パリパドゥスも同じである。


「……ダンジョンが、活性化している、だと?」

「どういうことだ」


「こちらをご覧ください」


 各領地からの報告書をまとめた宰相ゲミトゥスが、壁に掲げた王国の地図を指しながら説明する。

 国内各地に点在する大小のダンジョンは、産出する資源により国の経済を支えてきた。

 だが、その発生要因には謎が多く、実態は把握できていない。調査は冒険者ギルドに委ねられ、対処が手探りで進めているところだ。


「各地のダンジョン内を調査させたところ、これまでにない強力な魔物が確認されています。ダンジョン・コアの魔力と魔圧も上昇し、活性化はほぼ間違いないかと」

「そ、そんなものは、冒険者ギルドに対応させればよい。冒険者たちにカネを弾めば駆逐も不可能ではなかろう」


 侯爵のひとりが言うと、宰相は無表情のままうなずく。


「不可能、ではありませんな。ですが、それも最低限の安全が確保されてのこと。あまりに危険性が高い場合、カネを弾んだところで冒険者は動きません」


 冒険者は命知らずと言われているが、それは自嘲的な比喩であって、わざわざ無益な危険を冒す者は少ない。

 軍の兵士たちとは違い、なんの保証もない職業なのだ。怪我や障害を負えば簡単に失業する。割に合わない仕事に命を懸ける義理はない。


「腕利きの冒険者に指名依頼を出せばよいのではないか?」

「いまのところ、冒険者ギルドはその方法を取っております。ですが、確実に対処可能な上級冒険者のパーティは、数としてあきらかに足りていません」


 宰相の言葉を聞き、上位貴族たちは一様に苦悩の表情を浮かべる。

 冒険者ギルドの判断により、中級以下のパーティに調査の強制はできない。上級パーティでの調査と駆除は遅々として進んでいない。だが魔物たちがダンジョンの外にまで及べば、被害は冒険者に留まらない。これまでダンジョンから得た利益など簡単に吹き飛ぶ。

 その際は軍を編成し対処することになるだろうが、国内のダンジョンは一箇所ではないのだ。


「危険度が高いのは赤い印をつけた三カ所。中程度なのが橙色の印がある七カ所。未確認なのが黄色い印の十六カ所です。安全性が確認できたところには、青い印をつけてあります」


 自分や従属貴族家寄子の領地に近いダンジョンが、なに色なのかで一喜一憂する上位貴族たち。それを見ていたアダマス公爵は、手を挙げ国王に発言の許しを求めた。


「どうした、アダマス。なにか有効な手でもあるのか」

「王都に近いふたつの赤印には軍を送るべきでしょう。冒険者ギルドには、遠い位置のひとつに集中させるべきかと」


 なんのひねりもない案だが、実態が把握できている危機を放置するわけにはいかない。

 アダマス公爵の提案を聞いて、下座にいる義父プルンブム侯爵が苛立った顔で笑う。


「他人事のようにおっしゃるが、アダマス公爵領にもダンジョンはありましたな」

「ああ」


 プルンブム侯爵領には高危険度あかいろのダンジョンこそないが、危険性未確認きいろがひとつ。そして、寄子の領地には危険度中程度だいだいいろがふたつある。

 対してアダマス公爵領にあるダンジョンは、ふたつとも青い印がつけられていた。


「見たところ安全確認済あおいろのようですが、ずいぶんと手回しが良いようですな」

「ああ」

「どういうを使われたのか。後手に回った我々無能どもに、ご教授いただけますかな?」


 アダマス公爵は無表情のまま、プルンブム侯爵義理の父親を見る。

 アリウスの母アマービリスを病で失った後、プルンブムの娘アヴァリシアを娶ったのは王からの命令だった。その政略結婚は上位貴族たちを取りまとめるのに役立つはずだったのだが、王の思惑は裏目に出た。いまさら取り返しがつかないほど、完全にだ。


「十日ほど前、領地からダンジョンの様子がおかしいとの報告が入った。確認に行き、魔物を駆除し、コアを潰した。報告書は、その直後に送っている」

「いただいております。調査のきっかけになり、また対策の軸となったのが、アダマス公爵閣下からの報告書でした」


 アダマス公爵の言葉を宰相が裏付け、王が満足げにうなずく。

 列席していた貴族たちは顔を伏せ、目を泳がせるしかない。自分たちが領地の状況を把握していないこと、領民との情報共有もできていないこと、危機への管理能力も、対処能力もないことを、指摘されたようなものだからだ。


「な……なるほど、常に有事への備えを欠かさないとは。さすがアダマス公爵家ですな」


 蔑みと憎しみを押し殺して、プルンブム侯爵は周囲の貴族たちを煽った。ひそかに第二王子を擁立する派閥の長として、政争に長けたプルンブムの発言に周囲の貴族たちも同調する。


「稀代の敗将……いや失礼、偉大なる名将を父祖に持つ家系となれば、当然のことでしょうな?」

「いやいや、当主が変わり者ぞろい……いえ鬼才ぞろいと有名なアダマス公爵家でも、当代は別格と見える」

「そうでしょうな。なんと言っても、公爵家の嫡男でありながら冒険者などという下賤な職に就いたお方ですから。魔物の相手はお得意なのでしょう」


 勝手なことをほざく上位貴族たちを前に、王はわずかに眉をひそめる。だがアダマス公爵は、そんな光景を見てもなんの関心も示さない。

 無表情なまま、路傍の石でも見るような目を向ける。


「悠長なことだ」


 ボソリと吐き捨てられた言葉に、さえずっていた貴族たちは口をつぐむ。


「貴公らには、なにも見えていないのだな。王国が滅びのきわにいるというのに」

「無礼な! 国王陛下の前で、王国の滅びを願うか!」

「わからんのか、プルンブム侯爵。述べているのは願望ではない、事実だ」


 「「「な」」」


 ダンジョンを調べて、わかったことだ。コアは活性化しているが、それだけではない。

 アダマスが見たのは、外部から転送魔法陣が開かれた痕跡。残されていた座標は、アダマス家に伝わる初代当主アルデンスの手記にあったものと合致する。

 おそらくダンジョン・コアは、すでに何度か魔界とつながっているのだ。

 それがどういうことなのかも、どういう結果を招くのかもわからない。この場にいる者たちに伝えるべきなのかも判断しかねる。

 だが、娘を依代としたアリウスが関わっているような予感はあった。


「そんな世迷言を聞いてはいかん!」


 プルンブム侯爵は、必死になって言い募る。


「我がプルンブムの魔導師たちは、予言している。かの愚将アルデンスの血を引く者たちが、王国に災いをもたらすと!」


 王の前だというのに、元王弟の血族を軽んじる態度を隠そうともしない。侯爵の訴えが懸命であるほどに、その奥には私欲が色濃く透けていた。

 周囲の貴族たちも、プルンブムに同調する愚には気づき始めていた。止めようとしないのは、自分たちに矛先が向いてはかなわないという保身からだ。


「大概にせよ、プルンブム侯爵」


 見かねた王が、うんざりした顔で諫める。


「“アルデンスの血を引く者”というが、そこには、ミセリアそちの孫も含まれるのではないか?」


 王を振り返ったプルンブムの目には、狂気のような熱が宿っていた。


「これは異なことを。我が孫娘ミセリアは、プルンブムに連なる聖白魔法聖なる魔法の属性持ち。闇黒魔法いまわしき魔法を受け継ぐアダマスの血統ではございませぬ」

詭弁いいわけだな。予言とやらも、言い立てておるのはプルンブムの者。そちの口先ひとつで、どうにでもなろう?」


「いいえ。予言は神聖にして確実な事実。それに当てはまる者は、公爵閣下と魔力欠乏症まぬけ長子むすめだけです」


 ビキッと、大テーブルに亀裂が走る。無表情で醒めた目をしたまま、アダマス公爵の周囲には青黒い魔力が渦巻いていた。いまさら失言に気づいたプルンブムは周囲に視線を投げるが、目を合わせる者はいない。


「ま」


 弁明しようとした侯爵の口は、凍りついたように固まる。氷でできた手で、心臓を鷲掴みにされるような感覚。闇黒魔法ニグレドによる干渉だ。聖白魔法アルブスの高位魔導師であるはずのプルンブムは、抵抗できず震えるしかない。


「わかった」


 冷静な声で、アダマスは告げる。侯爵にも、他の誰にも。それ以上の発言を許さない。


「我がアダマス家は、王国のために兵は出さない。わたしも、王国のために剣を振るうことはない」

「待たんか、公爵」


 止めようとする国王に頭を下げ、公爵は部屋を出てゆく。


 残された高位貴族たちは、王と侯爵を交互に見やる。彼らは自分たちが侯爵に同調した結果、起きうる未来にようやく思い至ったのだ。

 いまの王国に、外交的不安はない。他国との戦争に備える必要はない。その定説に囚われて、武の名門アダマス家を軽く見る風潮が蔓延していた。だが仮に戦争が起きなくとも、魔物による被害が発生する可能性は高い。


「ああ、プルンブム侯爵」


 使用人が開けたドアの前で、アダマス公爵は立ち止まる。ふと思いついたように、振り返りもせず告げる。


「貴公の言葉は、ひとつだけ正しかったな。王国に滅びをもたらす者がいるのだとすれば……」


 背を向けたまま、平坦な声で。公爵は未来を予言する。


「それは貴公らが魔力欠乏症まぬけそしった、アリウスだろう」

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