双子と僕 6/20

  朝、6時という超早い時間に、僕は学校近くのバス停で座っていた。

 どうして、こんなに早いのかというと、いつもの通り寝ていれば、双子が家に押し掛け、起こしに来るからだ。


 健全な男子なら分かるが、朝からエチエチな女の子による愛撫と苦しみと悲劇を起こされると、一気に活力が持っていかれる。


 一人で発散させればいいと思うじゃん?


 相手は、あのカンナさんだ。

 数日前にこんな事があった。


 *


「私がいんのに、……これが大事なの?」

「いやいや。趣味ですから! ただの、アニメですっ!」

「……だって、ここに描かれてる二人、セックスしてるじゃん」

「い、……いや? それ、レスリングだよ。ベッドがリングで、男女混合レスリングを行っているんだよ。スポーツする時に厚着しないでしょ? それと同じで、スポーツする時は必ず脱ぐも――」

「してんじゃねえかよ!」


 バリィっ、と限定版のエッチなアニメのDVDが粉砕された。


「うおおおおおおお!?」

「これも! これだって!」

「やめて! 高かったんだよ! 親のクレジットで買ったんだ!」

「何で他の女の裸を見んの? 私がいんじゃん!」

「うん。……うん。分かったから。落ち着いて」


 胸倉を掴まれた時、僕は足が浮いていた。


「ヤリたいなら、さ。……今日の、夜に」

「え?」

「いや、違う。それじゃ、ダメか」

「え? ええ?」

「今、しよっか」


 そして、おもむろに服を脱ぎ始めたのだ。


 この時、午前7時である。

 さすがの僕もエロいテンションに切り替える事ができず、慌てて止めた記憶が鮮明に残っている。


 *


 日に日に、カンナさんがエスカレートしていくので、少し間を空けて、落ち着かせるようにという計らいだ。


 本当は怖くなってきたので、僕が落ち着くために離れただけなんだけど。


 一息を吐いて、ボーっとする。


 穏やかな時間の中で何もせずに、ジッとしていると、見覚えのある顔が目の前を歩いていた。

 そいつは僕の顔を見るなり、「げっ」と、明らかに嫌な顔をする。


「そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか」


 蕩坂さんだった。

 事件以来、双子を避けて学校生活を送っていたが、僕にはとびっきりの嫌悪感をむき出しにしていた。


「あいつらは?」


 周りを見渡し、双子がいないか確認する。


「今日は一人」

「ふ~ん」

「蕩坂さん、早いね」

「……チッ。誰のせいで……」


 きっと、普通の時間に登校すると、双子に鉢合わせするからだろう。

 僕だったら、間違いなく不登校になっている。

 あんな目に遭って、会いたいなんて思わない。


 怖すぎるよ。


 蕩坂さんはしかめっ面で、僕を睨みつけていた。


「アンタが……」


 敵意を持って、蕩坂さんは言った。


「アンタが、余計な事さえしなければ。上手くいってたのに」

「だけど、物騒な人達と絡んでたじゃないか。あんなの、いずれ危ない目に遭うかもわからないよ」

「分かってない。だから、童貞は嫌なのよ」


 そこまで言う?


「私はさ。好きなの」

「おおお! 言いおった! ハッキリ言った!」

「アンタみたいな、ふにゃちん童貞の男子とか、見てるだけで気持ち悪い。そんなチンケな物より、大きくて硬い方が好きなの。邪魔さえしなければ、今ごろ男の腕枕で目覚めてたのに。あのブスの双子にストレスなんか感じずに済んだのに」


 ここまで言い切られると、いっそのこと清々しかった。

 僕が知らないだけで、蕩坂さんはずっと中身は変わらなかったのだろう。


 清楚な雰囲気をしていただけで、中身はエッチが好きな女子高生。

 字面だけ読むと、とんでもないが、これが蕩坂さんなのだ。


「それなら、真面目な人探しなよぉ。きっと、ダルイよぉ? 不良外国人なんかとつるんだって。だって、普通の人じゃないもん」

「余計なお世話だっての」


 きっと、他人なんて僕の知らない所で、「危ない事しない方がいいよ」といくら言った所で、やる人はやるだろう。


 もちろん、一件落着したが、そういう他人の気持ちという面では、果てがない。


 蕩坂さんは、ぷいっとそっぽを向いて、学校に向かっていく。

 僕は立ち上がって、その後姿を見送る。


「……セックスだけじゃないよね。他にも大事なこと、いっぱいあるのに」


 無論、セックスだって生き物としては大事な事だ。

 好みはどうあれ、それは必要だし、本能的なものだろう。


 僕はもう一つ、大事なことを知っている。


「さ、出ておいでよ。いるんだろ?」


 中二病患者のように、辺りに向かって声を掛ける。

 すると、バス停の裏から、ひょっこり顔を出す人物が二人いた。


 いつ起きてんだろうね。

 早すぎるんだよ。


 時刻を確認しようとすると、上のバーに覚えのないアイコンが出ている。

 それはGPS、というアイコンだった。


「ほら。浮気してる」

「……くそ」


 カンナさんが悲しげな顔で近づいてくる。が、目の奥には憎しみの感情が宿っていた。

 それを視線から感じ取れるまでに、僕は成長している。


「道路に寝なよ」


 アノンさんはスタンガンを持ち、バチンと炸裂音を鳴らす。


「ふう。……やれやれ」


 僕は言われた通りに、通行の少ない道路で大の字になった。

 最も大事なことは、セックスをしようが、クズだろうが、悪だろうが、はたまた幼稚なやつだろうが。全ての人間は、『生きる』ことが、とても大事なのだ。


 どう生きるか。


 これは永久の課題だろう。


「待って! 寝てるじゃん! スタンガン当てないでよ! あああああっ!」


 僕は、生きてるんだろうか。

 実感がない。

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陰キャ・マストダイ~双子の悪魔~ 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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