結章 勇者を自称する少年が得たもの

「じゃあ、私の言ったことを繰り返してね」

「ああ」

「僕」

「僕」

「朝田剣です」

「朝田剣です」

「おっけー。じゃあ、自己紹介をしてみて」

は朝田剣だ!」

「ちっっっがああああああああああああああああああう!」

 真帆が足をだんだん踏み鳴らして頭を抱えた。


 カイン、ローデヴェイン、アヴェリンと、異世界から吸血種が進行してきた波乱の三日間から数日が経った。

 アヴェリンの言葉通り真帆は五体満足で無事帰ってきたし、アイリーンも自身を脅かす脅威が去ったためか、元通りの飄々としたキャラクターに戻っていた。


 そして俺も、朝田剣と聖のふたつに再分離することができた。


 聖と合体して真の勇者になった俺だったが、あの戦いから丸二日経った後に、不意に元の状態に戻ったのだ。

 二度と元に戻れない覚悟で挑んだので少しだけ恥ずかしかった。

 どうやら状態の朝田剣は鹿戦いが終わった後も常時聖エネルギーで体を覆っていたらしく、聖エネルギーが二日間垂れ流しになっていたことで一時的にそれがした。

 詳しい仕組みはわからないが、そのおかげで合体が解けたらしい。

 勇者にしか扱えない聖エネルギーがゼロになったことで、一時的に勇者として認められなくなり、合体が解除されたのだろうか。などといくつか仮説は立ててみたものの、俺も聖も真因はわからず、まあ戻ったからいっか! という結論に落ち着いた。

 

 そうでもしなければ合体が解けることもなかったので、運がよかったと言える。

 馬鹿みたいにエネルギーを出力し続けていたに感謝だ。

 今後俺が聖エネルギーの効率のいい扱い方を覚え始めて、今回のようなエネルギー切れを起こさなくなると、今度こそ合体が解除される保証はないと思っている。

 まあ、もう合体する予定はないが。


 戦いの後、真帆はキャラクターが完全に変わってしまった俺を見て、自分を救ってくれた感謝と、もう二度と元の俺に会えないという悲しみの入り混じった複雑な表情で泣き腫らしていた。

 しかし一日経って気持ちを切り替た彼女は、翌日からは『俺様剣更生プロジェクト』を開始した。

 このあたりの切り替え速度は見習っていきたい所存。

 ではその『俺様剣更生プロジェクト』とはなんぞやという疑問についてだが、真帆曰く「ただでさえ剣くんは大学でまだ友達ができていないぼっちなのに、一人称がでそんな乱暴な性格だったらもう絶対友達ができないよ。だから君を真っ当な人間にします」ということらしい。


 誰がぼっちだよ。その通りだようるさいな。


 真帆は友達だけれど他学部だし、アイリーンも友達だけれど、学年が上の先輩だ。

 付け加えると、色白の可愛い女子生徒と金髪碧眼の美人な女子生徒だ。二人とも見た目だけはすごくいい。

 仮にこのまま学内でこの二人とつるみ続けていたら、、という絶対友達ができない存在になってしまう。

 それを危惧した真帆は、せめて乱暴で偉そうな態度だけ治そうとに教育を施すことを決めたのだった。

 もちろんはそんな真帆の健気な努力など意にも介さず、あくまで我が道を進み続けていたようだが。


 そして昨日、ついに元の状態に戻った俺だったが、熱心に教育をしてくれる真帆に真相を伝えるのはなんだか恥ずかしいな、などと葛藤しているうちに言い出すタイミングを完全に失ってしまい。

 いまだに彼女は俺のことをだと思っていた。

「うーん……剣くん脱ぼっちの道のりは険しいな……」

 ぶつぶつと俺の悪口を言う真帆。

 面と向かっていたら何を言ってもいいと思うなよ?

 しばらくして真帆は「ごめん、お手洗い借りていい?」と席を立った。

 そう、真帆は今俺の家に来ている。

 まあ、俺の家は勇者の拠点なわけだし、真帆も勝手知ったる場所だ。都合がよかったのだろう。

 元の状態に分離して、記憶を整理しているタイミングで真帆が家のインターフォンを鳴らしたときは本当にテンパったことは内緒だ。

 お手洗いを借りるという真帆に対して「いいよ」と言いかけて思い出す。


 今朝、真帆が来たタイミングで聖をトイレに押し込んだことを。


 そう。俺が元の状態に戻ったということは、俺様がに分裂したということである。

 つまりこの部屋には真帆以外に、俺と聖の二人がいる。


 言い出すタイミングを変に見計らわず、朝のタイミングで聖を見せれば話が早かったものの、なぜかテンパって聖をトイレに押し込んでしまったため、余計にややこしい状況になっていた。

 トイレを開けた先に聖がいたら、真帆は驚くだろう。

 ……驚いて失禁してしまったらどうする?

 そんな文章が頭に浮かぶ。

 大丈夫……だよな?

「トイレを貸すことはもちろんいいけど、漏らすなよ」

「は?」

 ミスった!

 今のは言わなくてよかった一言じゃん。

 白い目で見られながら真帆がトイレへと入る。

 すると、ぬっと聖が出てきた。

 魔術による壁抜け。

「同性とはいえさすがにマホのご褒美シーンを見るような趣味はないわ」

 いちいち律儀な女だった。

 真帆が部屋にいる間は聖がトイレにいて、真帆がトイレに立ったタイミングで聖が部屋に出てくる。まるですれ違いコントをしているようだった。


 しかし、突如そんなすれ違いが終わることとなる。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

 え、誰? 誰か俺んちにピザでも頼んだ? ってそんな友達はいませ~ん!

 笑えよ。

「あんた一人でそんなこと言ってて悲しくないの?」

 悲しいが。

 俺の家を知っている人間は少ない。

 宗教勧誘の可能性が高いか、と思っていたらドアノブがガチャリと下に降りた。

「おいおいおい! 勝手に部屋に入ってくる宗教勧誘があるかよ!」

 と思ってドアに駆け寄ると、「やっほー」と透き通るような金髪が入室してきた。

 地球原産の吸血種、アイリーンだった。

「ドーナツ買ってきたぜ、食べよ」

「アイリーンって俺と同棲してる彼女だっけ!?」

 余りにもスムーズにドーナツの袋をひっさげて部屋へと侵入してくるアイリーンに俺が突っ込むと、彼女は眉をひそめた。

「…………?」

 どうやら俺の一人称が気になったようだ。

 あー。


 彼女はそのまま、部屋の中央でぐるぐるとあたふたしている聖を見つける。

「……あれ?」

 アイリーンの頭が高速で回転し、真相に近づいていく。

 というか、俺の一人称がからに戻っていることや、聖の姿がある時点で、頭を回す必要すらなかった。

「剣、キミさあ」

 そして水の流れる音がした。

 トイレの扉を開けて出てきた真帆も、「あら、アイリーンさん?」と言った後、聖を目にして固まる。


 数秒が経つ。全員が正しく状況を理解する。


「ねえ、剣くん。聞きたいことがあります」

 彼女からゴゴゴゴゴ、と怒気が音を立ててあふれ出した。

「は、はは……」

 俺は曖昧に笑って、目を逸らした。

 はやくアイリーンの持ってきたドーナツが食べたいなあ。

「こんな健気な女の子を騙してたんだね?」

「さすがのボクも引くほど悪趣味だぜ?」

 女二人の目線が痛い。

 元に戻れたんだからハッピーエンドでいいじゃないか!

 真帆がぶつぶつと小声で何かを呟く。

 ―――どう考えても魔法の詠唱だった。

「魔法使いの間には、女の子を騙した男には天罰が下るっていうおとぎ話があるの」

「奇遇だね、吸血種の間にもそんな都市伝説があるぜ」

 ありきたりな話だからあってもおかしくないけど、お前ら今から下すのは天罰じゃなくて人為的な罰じゃないか!

 俺の絶叫が部屋中に響いた。


「さて、剣をボコボコにして気が晴れたことだし、晩は焼肉でも行こうぜ」

「いいですね、アイリーンさん! 剣くんも、いこ?」

 二人が俺に手を伸ばす。

 その手を取って、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

 都市伝説なんてくだらない。そうだろ?

 流行りの噂話、未解決事件、アニメの裏設定。

 怪物、異世界、伝承。

 こんな話題に熱狂していいのは中学生まで。ぎりぎり高校生までは許そう。少なくとも、制服をとうに脱ぎ去った大学一年生の俺たちが盛り上がっていい話題じゃない。


 だったら俺たちは、何に熱狂すればいいんだろう。

 だったら俺たちは、何に盛り上がればいいんだろう。


 そんなの、決まっている。


 学業、部活、サークル、恋愛、ゲーム、アルバイト、就活。なんだっていい。

 魔法使いの末裔の生き様でも、吸血種の苦悩でも、勇者の復活の物語でもいい。

 都市伝説じゃなく、伝承じゃなく、に熱狂すればいいのだ。


「てめっ、真帆! それ俺が育ててた肉だって! だいたいまだ赤いじゃねえか」

「守ってないほうが悪いよ。それにね、牛肉はちょっと赤くても問題ないんですぅ! インターネット……じゃなくて、剣くんが言ってた」


 そしていつの日か、そんな自分たち自身の物語が、伝説になっていく。

 そんな日を夢見ながら、俺はこれからの大学生活に胸を躍らせた。

 聖と、真帆と、アイリーンと。


 ……あとできれば、同じ学部の友達も、ほしいなあ。


「美味しかった~、二次会行く?」

「私は行ってもいいけど……剣くんとは別行動になるかも」

「え、なんでそんな悲しいこと言うの!?」

「だって剣の二次会と言えばねえ」

「ねえ」


「いやガールズバー行かねえよ!!!!!」



<おしまい>

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聖剣を自称する女の子が地面に埋まっている 姫路 りしゅう @uselesstimegs

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