最終章③ ラスボス戦には悲哀で壮大な音楽がよく似合う

 実を言うと、策はあった。

 まだ試しておらず、勝利の可能性すらある切り札を、俺たちは持っていた。

 そう。は切り札をすべて切ったけれど、にはまだ切っていない切り札があるんだ。

「アイリーン、転送してほしい箇所がある」

 俺はアイリーンに、俺の考えている作戦のすべてを説明し、お願いをした。

 彼女は俺を引き留めようとしたが、俺の顔を見て言葉を飲み込んだ。

 ありがとう、と俺は言う。

 

 そして俺たちはへたどり着いた。

 すべての始まりの場所。

 俺と聖が出会った場所。

 聖剣伝説が眠る、桜塚市の観光名所。

 

 この洞窟で今夜、朝田剣は命を終える。


「準備はいいな、聖」

「ええ、ツルギのほうこそ、いいわね?」

「……ああ」

 迷いがないとは言えなかった。

 それでも俺は、アヴェリンを倒して、真帆を救う。

 ゆっくりと深呼吸をした。

「じゃあ、勝ちにいこう。聖」

 息を吐く。


 ―――合体だ。


「ええ。勝つわよ!」

 聖がそう言った瞬間、背中に暖かい感触が広がっていった。

 勇者と聖剣の合体。

 これにより、聖エネルギーと魔術の両方が使える完全無欠な勇者として俺は顕現する。

 そのかわり、

 意識が合体して、運が悪ければ新しい意識のままその後の生を過ごすことになる。

 半分は俺の意識とはいえ、合体前後の俺は完全に同一ではない。


 真帆に止められた、禁断の技。


 背中に染み込む暖かい熱源が、じんわりと背中全体に伸びていく。

 背中からわき腹、腹、手足へと。

 意識がだんだんと溶けていく。

 溶けて混ざってふわふわと。

 ふわふわ。


 ―――――――――真っ白。


「ようやく、の出番ってわけだな」

 俺様は洞窟の入り口ではなく、へと歩みを進めた。

 目当てのものを発見する。

 桜塚の聖剣伝説の元となっている、

 真帆はかつてこの聖剣を見て、魔力を感じないと言っていた。

 その言葉が示すように、この聖剣には、少しばかりの魔力が込められている。

 

 そもそもどうしてこの聖剣は存在している?

 聖剣の役割を担っているのが本当に幼い少女、聖なのだとしたら、この剣には存在価値がない。

 俺様は聖剣の柄を握り、ゆっくりとそれを引き抜いた。

 桜塚市民の誰も抜くことができなかったその聖剣を、すんなりと引き抜いた。


「こいつは――この剣は、聖剣の守り手である聖と融合した真の勇者にだけ扱える武器なんだな。そんで、俺様の聖エネルギーを何倍にも増幅させる。ふん、言わば、聖エネルギー増幅装置」

 俺様が聖剣を眺めていると、アイリーンが傍に寄ってきた。

「……キミは、剣でいいのかい?」

「なんだアイリーン。もちろん俺様は剣だが」

 アイリーンはふうん、と言って俺様の引き抜いた聖剣を見て「それが本当の聖剣なんだね。その聖剣には名前はあるのかい?」と言った。

「あぁ。名前はそうだな……」

 俺様は少しだけ考え、この剣を使用する必殺技の名前がガールズバーだということを思い出す。

 それにこの、古典的クラシカルな形状の聖剣。ピッタリな名前を思いついた。

「こいつの名前は『エクスキャバレー・クラシカル』。どうだ、いい名前だろ」

 略して

 しかしアイリーンはキャバクラの正式名称がキャバレークラブだということを知らなかったのか、「エクスキャバレーか。格好いいね」と言った。正気か?

 まあいい。

 俺様は洞窟の外に出て、アヴェリンのいる場所を探索した。


 さてさて、長い長い絶望パートはおしまいだ。

 シリアスパートが長いんだよ。


 俺様たちは、山の中腹部分へと移動する。

「ほう、本当に帰ってきましたか……ん、雰囲気が……変わった? 貴方は……?」

 アヴェリンが俺様の方を見て驚いたような顔をする。

「さあな、変わったかどうかはてめぇの目で確かめな!」

 俺様は背中に背負った本当の聖剣、エクスキャバレー・クラシカルを勢いよく引き抜いて構える。

 大剣を携えた青年。

 足腰を落として深く構え、ピンと伸びた聖剣を構えるその姿は、伝説や伝承通りの勇者と呼ぶに相応しかった。


 ―――ここからは、俺様が一瞬で片を付けてやる。


 アヴェリンは雰囲気の変わった俺様に驚きながらも目の色を変え、全身を魔力で覆った。

 フル装甲。

 魔力をエンチャントしたその体には、生半可な攻撃ではダメージを与えることなどできないだろう。

 そのままお手並み拝見と言った様子でこちらに向かって数発の魔力弾を放つ。俺様はその魔力弾をすべて最小限の体裁きだけで躱して、地面を蹴り上げて一気に間合いを詰める。

 真の勇者となった俺様は、魔術が使えるようになるだけではなく、身体能力や聖エネルギー操作などすべてのパラメータが底上げされている。

 俺様の突進を間一髪で受け流したアヴェリンだったが、当然まだ攻撃は終わらない。

 魔術を使用して進行方向空中にを生成。

 その壁に身を預け、弾性エネルギーを利用してさらに加速。アヴェリンの背後へ向かって聖剣を叩きつける。

 ―――ガキィン!

 まるで、鉄と鉄の塊がぶつかり合うような音が夜の喧騒に響いた。

 獲った!

 そう思ったが、アヴェリンの体には傷がついていない。

 俺様は、俺様の全力を持って聖剣を叩きつけられたはずのアヴェリンの腕が落ちていないことに違和感を覚えるも、すぐにその理由に行き着いた。

 彼の全身を覆っていたはずの魔力が、している。

 彼は腕に魔力を一点集中させることで鉄以上の硬度による防御を可能にした。

 

 しかし。

「なん……ですって?」

 アヴェリンは自身の腕を見て驚愕の色を浮かべる。

 それもそのはず、完全に防御したと思っていたはずの彼の腕に突如ヒビが入り、ポロポロと剥がれ落ちていったからだ。

「どうやら貴様の魔力を一点集中させる全力防御よりも、俺様の攻撃力の方が高いらしいな」

 ふう、と安堵の息を吐く。

 それを見たアヴェリンは発狂したような声をあげる。「アアアアアアアアアア!」という叫び声と共に、膨大な魔力が放出されていく。

「うるさい、うるさい、うるさい! たかが一回の攻防で何勝った気でいるんですか! 私は吸血種の王です。貴方みたいな雑魚に、一度格付けが済んだはずの雑魚に負けるわけがないでしょう!」

 アヴェリンは、自分が勇者より格下だということを認めたくないのか、乱雑に魔力弾を撃ち放つ。

 

 勇気を持たない彼らは、本能的にそうなってしまうのだ。

 彼の雄たけびは、それを理解した故の最後の足掻きなのだろう。

 俺様はあえて、飛んでくる攻撃の全てを全身で受け止めた。

 ……いやいや、結構痛いな。

 結構痛いが、顔をしかめるほどではない。

 魔力弾を受けた個所に擦過傷が現れる。擦過傷というとすごく痛そうだが、要はかすり傷である。

 聖エネルギーに全身を守られた俺様に、アヴェリンはもはや大きな傷をつけることすら敵わなかった。

「さて、そろそろ引導を渡してやるかァ」

 俺様はぐぐ、と全身に力を込めて、自分の体を中心に、ドーム状に聖エネルギーを放った。

 ガールズバー・二号店。

 しかし当然、朝田剣の使用する二号店とは比べ物にならないほど、強力で範囲の広いドーム状の攻撃である。

 あたりに漂っていたアヴェリンの魔力が全て打ち消される。

「な……」

 茫然とするアヴェリンを横目に俺様は、左手でゆっくりとエクスキャバレー・クラシカルの刀身を撫でた。

 撫でた部分がジジジと聖エネルギーを纏っていく。

 ガールズバー?

 ガールズバー・二号店?

 馬鹿か。

 聖剣から相手を焼き尽くすビームを放つ? 違う。

 聖剣からドーム状のエネルギー波を放つ? 違う。


 聖剣なんだから、直接相手を叩き斬るのが一番強いに決まっているだろうが!!


 刀身に聖エネルギーがエンチャントされた聖剣を強く握り、俺様はぐっと間合いを詰めた。

「じゃあな、吸血種の王。勇者のひと振りを噛みしめな!」

 振り下ろされた一撃は、アヴェリンの体を真っ二つに裂き、傷口から入り込んだ聖エネルギーが彼の全身を焼き尽くした。

「ああああああ……あああああ……あああ……ああ」

 アヴェリンはその痛みと恐怖から逃れようと必死に空へと手を伸ばしたが、その手も焼かれ、灰になった。

 後には何も残らなかった。


 こうして誰にも知れ渡ることのないまま、ひっそりと世界の平和が守られた。

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