第三章⑥ 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する
「勝った……のか?」
呆然と前を見つめていると、後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ると、真帆が恨めしそうな顔をしている。
「ねえ、剣くん」
「……なんでしょうか」
「君の新しいガールズバー、めちゃくちゃ痛かったんだけど!」
「だから最初に謝ったじゃん!」
「謝ったら何してもいいと思ってるの?」
正論で殴るな。
そんな俺たちを見ながらアイリーンが笑う。
「あは、もうローデの魔力が消えたね。剣、キミの完全勝利だぜ」
それを聞いて俺は安心した。漫画とか映画だと、倒して安心しきった瞬間に敵が何らかの形で復活することが多いからな。
「復活できないほど完膚なきまでに消し去ったのはツルギだよ」
「まあそれはそうなんだが……」
俺は本当にローデを倒したのか確認するために注意深くあたりを見渡して、端っこの方でまだ息がある敵二人、エミィとハンスロッドを見つけた。
「あー、真帆が拘束しているエミィとハンスロッドはどうする?」
「それに、ボクが殺しちゃったスコルピオンの死体処理も考えないといけないぜ。日本で死体をそのままにしておくわけにもいかないだろ」
確かに。カインやローデは俺のガールズバーで死体ごと消え去ったが、スコルピオンは刺殺死体が残ってしまっている。
……え、ここから死体を隠すミステリパートがはじまる?
春の夜に死体を隠す青春冒険譚?
ちょっと面白そう。
というかそもそも、これって殺人にあたるのだろうか? 俺たちが殺したのは人間ではなく吸血種だ。
死体を詳しく調べられたら、吸血種の存在が明るみに出てしまうけど、そうなったらいろいろまずい気がする。
ガールズバーで死体ごと消し去るしかないか?
そう思ったが、それはさすがに口に出したらドン引かれそうな倫理的に問題のある案だったし、残りの聖エネルギー的に、俺がもう一発ガールズバーを打てる保証はなかったので黙った。
「ガールズバーで死体ごと消し去ったらどう? ってツルギが考えていたわよ」
「なんで言うんだよ!」
聖は俺の心が読めるんだった。
「いや、さすがのボクも引くよ……」
アイリーンが顔をしかめて言った。真帆に至っては目すら合わせてくれなかった。
こうなると思ったから言わなかったんだよ……。
「でも、実際どうするんだ? 死体処理問題はもちろん、エミィとハンスロッドを生きたまま放っておくわけにもいかないだろ」
「そうだね、でもまあ、その点は大丈夫な気もする」
アイリーンが気絶しているハンスロッドとスコルピオンの死体を、エミィの傍に持ってそう言った。
そして目を閉じているエミィの頬をぺちぺちと叩く。
「おい、エミィ。起きてんだろ?」
エミィはパチリと目を開けて、両手をあげる。
「……降参です。命乞いをするので助けてください」
彼女はさっきまでの元気な様子とは打って変わった神妙な面持ちをしていた。
「ローデ様も敗北したことですし、自分はあなた方に勝てません。もう二度とあなた方に歯向かいませんので、元の世界に帰らせてください」
「……いいよ。その代わりスコルピオンの死体も持って帰ってくれる?」
エミィはゆっくりと頷いて、ハンスを起こしに行った。
俺は小さな声でアイリーンに問いかける。
「あんな口約束を信じて帰らせていいのか? あいつが援軍を引き連れてもう一回この世界に来る可能性だってあるだろ」
「大丈夫だぜ、こいつらは一回完敗したことで、もう格付けは済んだ。もしかすると明日、さらに強い吸血種が来るかもしれないけど、エミィたちはもう来ないよ」
「ふうん?」
その断定するような口調を少し不思議に思ったが、まあ同じ吸血種が言うならそうなんだろう。
俺は納得して彼らを元の世界に帰らすことにした。
世界を繋ぐ扉は戦闘跡地からわりかし近くにあったようで、吸血種の二人と死体ひとつはあっという間にこの世界からいなくなった。
「ふう……これで一安心だね」
真帆が安心しきった声で呟いて、地面に寝っ転がった。
「真帆、服が汚れるぞ」
「土の汚れは魔法で落とし放題だから気にしなーい」
便利な魔法使いだなあ。
でもまあ、俺も少し疲れた。真帆と同じように寝転がって手のひらを見る。
俺たちはさっきまで、命のやり取りをしていたんだな。
現実感が遅れてやってきて、俺は身震いした。
異世界への扉は明日まで開いているらしいが、今日倒したローデヴェインは第一王子だと言っていた。吸血種は強さが大切になる種族らしいので、明日は王が出てくるのかもしれない。
「まあまあ、先のことは考えずに今は勝利の喜びに浸ろう」
真帆が立ち上がって、ハイタッチを求めるかのように右手を挙げた。
俺とアイリーンもそれに倣って、いえーいと手を弾き合う。
そんな気の抜けた空気に浸った瞬間だった。
俺たちの首が、呆気なく飛んだ。
首を失った俺たちは、あっさりと生命活動を停止した。
「はっ!」
慌てて首を触り、まだそれがくっついていることに逆に違和感を覚える。
生きてる――俺はまだ、生きている。
死を錯覚するほどの殺気。
俺たちは全員その殺気に飲み込まれながら、何が起きたかを認識するためにあたりを見渡す。
「はじめまして」
警戒態勢のままいると、山の奥からゆっくりと一人の男が歩いてきた。
長い銀髪を煌めかせた整った顔立ちの男。その男が放つ静かな威圧感に飲み込まれた俺たちは一歩も動くことができなかった。
この男が今の殺気の主?
アイリーンがガタガタと震えている。
「名はアヴェリン。吸血種の王です。以後お見知りおきを」
吸血種の王。
カインやローデヴェインの親にして、最強の吸血種。
アヴェリンは礼儀正しく一礼をして、俺たちに自己紹介を促した。
俺は震えた声で「朝田剣」と名乗る。
「貴方が息子二人を殺した勇者ですか」
「……そう、だと言ったら?」
「悲しいですが、息子二人の鎮魂のために、殺します」
「……違うと言ったら?」
「違いませんよ」
「……」
俺の脳裏には、先ほどの死のイメージが鮮明に焼き付いている。
このまま無策で戦っても負けることはわかり切っている、それほどまでの圧倒的な威圧感。
アヴェリンの目には涙が浮かんでいた。
「別れというのは寂しいですね。貴方とも別の出会い方をしていたら、親友になれていたかもしれないのに」
「そんなわけないだろ」
「人生は選択の連続です。あらゆる分岐はあらゆる可能性にたどり着き得る。何が起きてもおかしくないですよ。ただ、貴方はカインを殺した。そしてローデヴェインも殺した。だからこの先の貴方に分岐はありません。悲しいことにここから先は一本道です」
アヴェリンの威圧感が一層大きくなっていく。
アイリーンは恐怖のあまり膝をついた。
俺は一歩も動けず、頭には明確な死のイメージだけがこびりついている。
死ぬ。
アヴェリンが掲げた右手に、魔力の塊が渦巻いていた。あれを食らったらひとたまりもないことは一目瞭然だった。でも俺の足は動かなかった。
「こちらの世界の精霊は使えないですが、あなたたちを消すだけなら、私の体内魔力を放出するだけで充分そうだ」
どうやらアヴェリンは本来、精霊を使う魔法と体内魔力を使う魔術の両方を使えるらしかったが、そんなことはどうでもよかった。
それを気にすることすら許されない、圧倒的なレベルの差だった。
絶望。
ああ、さっきから、絶望してばっかりだな俺は。
「それでは、さようなら」
その言葉と同時にアヴェリンが魔力をこちらへ飛ばす。
俺たちはなすすべもなくその場に立ち尽くす。
すべてを諦めて目を閉じた瞬間。
――誰かの手のひらが頬に触れた。
凛とした声が耳に届く。
「『飛べ』」
それは紛れもなく真帆の声で、真帆の手のひらだった。
暖かな感覚が全身を包む。
――意識が遠のいていく。
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