第三章⑤ 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する

 アイリーンは血に染まった右手を軽く振って血しぶきを飛ばし、元の右手に戻す。

 そのままローデヴェインの方を睨みつけて、挑発するように「さ、これであとはキミだけ」と言った。

 俺はただただ唖然とする。

「どうしたんだ、剣。そんな驚いて」

「そりゃ驚くよ!」

 肉体変化の能力でエミィに扮してスコルピオンの油断を誘ったということは理解できる。

 しかし、どこからが作戦だったんだ?

 アイリーンは、自分が一度戦場から離れることを予期していたのだろうか。

 彼女が戦場から離れたのは、俺の弱さのせいだ。

 俺の存在はスコルピオンにとってアイリーンの弱点だったが、アイリーンにとっても舞台装置にすぎなかったのだろうか。

「そんな悲しそうな顔をするなよ。キミがやられた時に焦ったのは本当だし、山を転がり落ちたのも本当だぜ。でもその程度でボクが脱落するわけがないだろ?」

「それでも」

「それにボクは君のさっきのセリフに感銘を受けたんだ。そうじゃなかったらエミィに化けたままキミと真帆たんを殺して寝返っておしまいだったよ。キミのその、負けても立ち向かう勇気を、ボクは尊敬している」

 話はおしまい、とアイリーンはローデの方を向きなおる。

「ふむ。魔法使いと吸血種はなかなか戦えるようだな。面白い。全身を完全に他者の姿に変えられるほどの変形能力も驚いた」

「面白いのは部下が三人やられているのに微笑み続けているキミだよ! どういう感情なのさ!」

 アイリーンは叫びながら、スコルピオンと同じように両手を刃に変え、ローデの方へ向かう。

 ローデはアイリーンが駆け出した勢いのまま薙ぎ払った一撃を、肉体を変形させることで躱した。

 吸血種は、己の肉体を強化するタイプと、変化させるタイプの二つに分類される。

 すなわち――

「キミも変化系なんだ。仲良くしよう、ね!」

 言葉に合わせて次々と刃が舞う。

「まるで自分が対等であるかのような口をきくな」

 ローデはアイリーンの攻撃を全て交わした後、超高速で上へ飛び上がった。

「なっ……!」

 それは、カインやエミィを彷彿とさせる超高速の移動だった。

「今のは、肉体強化による高速移動? おいアイリーン、吸血種は強化系と変化系の二者択一なんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけどな!」

 ローデは高速で木々の間を飛び回っていく。これではガールズバーどころか通常攻撃も当たらない。

 しかもただ飛び回っているだけではなく、俺の体とすれ違う瞬間に的確に刃で体を削ってくる。

 ギリギリ目で追えるので致命傷は避けているものの、このままだとじり貧。

「アイリーン、何か手はないのか?」

「ないね! 変化系なら範囲攻撃、強化系ならカウンターで決めようと思っていたけれど、こいつぁその両方が使える以上どちらも有効だとは思えない」

 ローデが強化・変化系の両系統であることは完全の想定外だったようで、心なしかアイリーンの声は上ずっていた。少し青ざめた顔であり得ない、聞いたことがないと呟いている。

 しばらく考え込んで、彼女は意を決したように俺の方を向いた。

「……仕方ない、剣! 服を脱いでくれ」

「どうしてそうなる」

「どうせ死ぬなら剣の体に触って死にたい……」

「諦めてんじゃねえ!」

 諦めが早すぎるだろ!

「でもほら、死が近づくと子孫を残したくなるっていうだろ?」

「残念ながら母体の方は死んだら結局終わりなんだわ」

 くだらないやり取りを数言交わすと、「『ア』」という声とともに後ろから肩を叩かれた。

 俺は思わずびくっとしてしまったが、肩を叩いた人間の姿を見て安心する。

 真帆だった。

「お待たせ、口が開けるようになったよ」

「おー、ようやく……」

 真帆の顔を見た俺は言葉に詰まった。

 彼女の口の周りが血だらけだったからだ。ところどころ皮膚が破けて中の肉が見えている。

「真帆っ、おまえ」

「あ、これ? ローデの肉が思ったよりしっかり張り付いていたから剥がすの失敗しちゃった。苦手なんだよね、シール剥がしたりするの。中古の本の裏のシールうまく剥がせたことないんだ、へへ」

「痛く、ないのか?」

「痛いけど、これから回復させるから問題ないわ」

 彼女は平然とした顔でそう言って、回復魔法の詠唱を唱え始めた。

 戦闘開始直後も思ったけど、魔法使いってちょっと反則じみているよな……。

「剣くんとアイリーンには防護壁魔法をかけたから、これで少しの打撃は防げるはず。わたしの防護魔法は、カインの拳も防いだ壁だからそれなりに信頼してくれて構わないよ」

 可愛くウインクして、彼女は地の魔法を唱え始めた。エミィを瞬殺して、ハンスロッドを圧倒した魔法だ。ローデヴェインに対しても多少は有効だろう。

 そう思ったのだが、真帆が操る土をローデはすべて軽やかに躱した。

「この程度か」

 ローデは大半の攻撃を高速移動で雑に避け、細かい攻撃は肉体変化で回避する。

「全く、こんな芸当ができる吸血種がいるなんて聞いてないぜ」

「そりゃお前この世界から出たことないからなあ!」

「違うんだって。吸血種の系統は人間でいう性別と同じなんだよ。遺伝である程度操作できるところも、決まったら基本的に変えられないのも、複数持てないのも」

「だったらトランスジェンダー的なやつだよ」

「ツルギ、その話題乗るにはリスクが高すぎるわ!」

 アイリーンの言っていることが本当だとしたら、向こうの世界の吸血種は何か仕組みが違うか、もしくは何か仕掛けがあるかのどちらかだ。考えろ、相手の弱点を見つけろ。

「駄目、地属性魔法じゃどうしようもない。こっちの攻撃が全く当たらない!」

 真帆が叫ぶ。

 その叫びを聞いて俺は、ふと思い出した。

 さっき、俺は何か思いつかなかったか?

 スコルピオンとエミィ(偽)の二人と相対したときに、俺は何をやろうとしたんだっけ。


「……ああ、そうだった」

 思い出した。

 あの時も、肉体強化系と肉体変化系の二人を相手取っていた。それが一人にまとまっただけで、状況は何一つ変わっていない。

「聖、ちょっと試したいことがある」

「何か思いついたの? いいよ、抜いて」

 う〜ん、その言い方もうちょっと何とかならないかなあ。

 少し不満を抱えながらも、俺は勢いよく聖を構えた。

「剣くん? 無暗にビームを打つのは駄目だよ! 当たらないよ!」

「ビームじゃなくてガールズバーな」

「ああ、それ正式に採用されたんだ……」

 俺は真帆の痛い視線を浴びながら、聖を地面に突き立てた。

 もちろん聖は少女の姿なので、端から見たら俺が目の前に立っている少女の首を後ろから絞めているように見える。

 大丈夫かこの体勢。

 俺が何かをやろうとしていることに気が付いたローデは、興味深そうに足を止め、俺から少し離れたところで臨戦態勢に入った。

 真帆の言葉を思い出す。カインを倒した後、魔法や聖エネルギーについて聞いた時に言っていた「剣くんはさっきビームを打っていたけど、イマジネーション次第ではもっといろんなことができるかも」という言葉だ。

 つまり、このエネルギーの使い方はただビームを出すだけではないということ。

 この力で、一体何ができる。

「真帆、アイリーン、ごめんな」

「……は?」

「……え?」

 俺は一言謝って、聖を握る手に力を込めた。

 イマジネーション。

 想像しろ。

 技の名前は……そうだな。

 俺は目を閉じて、小さく呟いた。


「『ガールズバー・二号店』」


 瞬間、俺を中心にして聖エネルギーがドーム状に広がった。

 殺傷能力を控えた、超高密度のエネルギー波。ローデヴェインの移動速度よりも速く、ローデヴェインの移動距離よりも広く。

 危機を察知したローデは勢いよく上へと跳躍しようとしたが、最高速度は俺のエネルギーのほうが上回った。

 ローデの足が地面から離れる瞬間、俺の聖エネルギーが彼の体に触れ、瞬間的な硬直が生まれる――!

 彼の足は、肉体変化能力によってぐるぐるとスプリング状になっていた。

 なんだ、肉体強化ではなくバネの弾性エネルギーを利用した疑似的な高速移動だったわけか。

 種明かしをされると至極単純な話だった。それに、そんな謎が解けたところでもう関係ない。

 

すでに勝負はついている。


 カインを消し去った時よりは殺傷能力を控えているものの、要するに高密度のエネルギー波だ。生身で受けたら、ダメージは少ないものの反射で動きが止まってしまう。

 そしてその硬直を見逃すはずもなかった。

「動きを止めたな! 食らいやがれ」

 俺は地面に立てたままになっていた聖の体をそのまま振り上げて、ローデめがけてエネルギー波を射出する。


「『ガールズ……バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ』!」

 最高火力の光の束をその身に受けたローデは、絶叫しながら必死に抵抗した。

 両手を前に突き出してエネルギー波を打ち消そうと力を込めている。しかし、その抵抗もむなしく。

「がああああああ……あ……ああ………………あ……」

 叫び声はだんだんと小さくなり、ついには掻き消えた。

 目の前には塵ひとつ、残らなかった。

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