第三章④ 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する

 超人バトル。

 アイリーンとスコルピオン、肉体変化系同志の戦いは、そうとしか形容できなかった。

 アイリーンの突き出した拳がスコルピオンの顔面に突き刺さる瞬間、彼の顔がドーナツのように変化し、腕が顔を貫通する。

 ……え、それ脳みそとかどうなってるの?

 アイリーンもアイリーンで、敵が繰り出す両手の刃を体の形をうねうねと変化させることで回避し、そのまま手を鞭のようにしならせ攻撃に転じる。

 数十秒が経ってもなおお互いの攻撃は全く当たらず、体の形を次々に変えながら紙一重の攻防を交わし続けるそれは、異形がダンスをしているようにも見えた。

 全くの互角。

 つまり、そこに俺が混じればこちらが優勢になり、俺たちが負ける道理はないということ。

 俺はローデの動きを警戒しつつ、再びスコルピオンの背後に忍び寄った。聖は抜かずに徒手空拳で攻撃を仕掛ける。背後からの一撃。

 決まった! そう思った瞬間、彼の肩の部分から、目が生えてきた。

「見えているぞ!」

 スコルピオンの肩に生成された第三の目とばっちり目が合う。

 攻撃が読まれていた。

 しかし、俺の拳はもう止めることが難しかった。

 このまま攻撃を続けるか、無理に攻撃を中断し、距離をとるか。その一瞬の迷いが致命的なミスになる――!


「がっ」


 熱い。

 右のわき腹に熱い鉄の棒が押し付けられたような錯覚を覚えた。視界の端に真っ赤な花火があがる。

 俺の血だ。

 俺は、自分が刃で刺されたと気付くまでに少しだけ時間がかかった。スコルピオンは肩に目を生やしただけでなく、背中から刃をも生やしたのだ。その刃は俺の体を貫き、俺の内臓をボロボロに傷つけた。

 痛い。

 熱い。

 口から血が噴き出た。

「ツルギ、距離をおきなさい!」

 聖の声が遠くから聞こえる。

 背中に背負っていた聖は、それでもどうやらきちんと刃を避けたようだ。

 鈍い頭でそんなことを考える。

「剣!」

 アイリーンの叫び声も遠くに聞こえる。意識が遠のいていく。

 ぼやけた視界に、鋭い刃が何本も映った。

 スコルピオンの攻撃なのだろう。しかし俺には距離をおくどころか、その刃を回避することすらできなさそうだった。

 死ぬ。

 ……死ぬ?

 人って、死ぬのか?

 こんな簡単に、死ぬのか?

「やめろぉおおおお!」

 アイリーンが叫んだ。飄々とした普段の様子からは想像もできないような叫び声だった。

 しかし、俺を心配して叫んだアイリーン、そこに絶対の隙ができる――

 スコルピオンは計画通りと言わんばかりに、ニヤリと笑った。

 俺への攻撃は、アイリーンに隙を作るためのブラフ。

 俺を庇おうとしたアイリーンに、スコルピオンの拳が突き刺さった。

「吹っ飛べ」

 攻撃をまともに食らった彼女は、そのまま数十メートルほど吹き飛び、広場の外まで転がっていった。

 ここは山の中腹である。

「さて、麓まで落ちたかな。これで一人リタイアだ。それに貴様ももう戦えまい? カイン様の仇よ」

 スコルピオンの言葉通り、俺は体に力を込めることができなくなっていた。それは体に空いた穴のせいでもあるし、精神的なことが原因でもあった。

 傷口は痛いし熱い。それなのに体は寒い。

 俺はやつにまんまと乗せられてカウンターを食らったし、その攻撃すらアイリーンを倒すための布石に過ぎなかった。俺は利用されたのだ。

 <<俺はこいつの敵になることすらできなかった>>。

 きっとスコルピオンの目に朝田剣という男は、アイリーンの弱点程度にしか映っていなかったのだろう。

 もはや悔しいという感情すらわかなかった。

 ただ、罪悪感だけが胸を支配する。無意識のうちに俺は地面に膝をついていた。

「ツルギ!」

 聖が呼び掛けてきた瞬間、少し離れたところから凛とした声が届いた。

「『誕生と死滅 再生と死滅 辿る先は-』」

 その言葉が終わるのと同時に、腹のあたりが暖かい塊に包まれた、ような気がした。

 真帆の回復魔法だろう。

「マホ、あんた」

「大丈夫。こっちはもう片付いたから」

「なんだと?」

 真帆の言葉を聞いたスコルピオンが慌ててハンスロッドの方に目を向ける。彼は無残にも横たわっていた。死んではいないようだが、土に拘束されており、再起不能に見える。

 駆け寄ってきた真帆がすく、と俺のことを抱きしめた。

 彼女は一度スコルピオンの方を向いて目で牽制をする。一対一でハンスを倒したということで警戒心を強めたのか、彼は緊張した面持ちで両手を構えていた。

「剣くん、落ち着いて。アイリーンは生きているし、君は死なない」

「……」

「あなたは死なないわ。わたしが治すもの」

「なんで言い直した?」

「つっこみ、マルと」

「どんな問診項目だよ」

 回復をしてもらっている以上そのツッコミはあながち的外れでもないのだが。

 真帆が俺の頭をゆっくり撫でる。

「大丈夫だよ。はじめてみる攻撃にやられてしまうことは何も恥ずかしいことじゃない。初見殺しに引っかかったらそれを覚えてリトライすればいいんだよ。アクションゲームで学んだでしょう」

「ゲームと違って、現実は死んだらリトライなんてできないんだが」

 真帆、なんだかんだ俗物にまみれている気がするぞ。そんなのより先に義務教育を受けなさい。

「でも死ななかった」

「……」

「剣くんは死ななかった。死なない限り何回だってリトライできる。君は心が折れたかもしれないけれど、初見殺しに引っかかった君と初見殺ししかできなかった彼、どっちが強いかなんて決めるには早いよ。はい、傷は塞がった!」

 真帆は俺のわき腹を勢いよく叩いた。

「いって……痛くねえな」

「あはは、魔法使いの力を思い知ったか」

 彼女の言う通り俺の傷はすっかり塞がってしまっていた。これなら立てる。立ち上がれる。

 俺は勇気を振り絞ってゆっくりと立ち上がった。

 しかし、その間相手側が何もしないはずもなく。

「マホ!」

 いち早く殺気を感じた聖が叫び、つられて真帆が殺気の発信源を向く。

 殺気の正体はローデが放った小さな塊だった。ピーナッツ程度の大きさのそれは、真帆の口元にヒットし、そのまま薄く伸びる。

「肉の……塊?」

 ローデが飛ばしたのは彼自身の肉体だった。その肉塊は変形し、真帆の口にべったりと張り付く。

「魔法使いは口を塞いでしまえばそれだけで無力化ができる」

「むぐぐ」

 完全に口を塞がれた真帆は何か言いたそうに体を動かしている。

 一度に借りられる精霊の力は一種類だけ。いま真帆は回復の魔法を使用していた。つまりハンスを圧倒した土の魔法を使うためにはもう一度詠唱を唱えなおさなければならない。

 それができない今、真帆は完全に無力化されてしまったと言っていいだろう。

 ……その肉塊で口と鼻を塞いでしまえば呼吸ができなくなって俺たちは完封負けしないか? という疑問が頭に浮かんだ。

「いいえ、結局のところ肉だから穴をあけること自体は容易よ。でもマホほどべったり張り付いていたら声を出せるように引きはがすのには時間がかかるでしょうね」

 聖の見解に俺は納得した。

「あとはきっと、遊んでいるんだと思うわ」

「遊ぶ?」

「ローデヴェインは、さっきからずっと絶妙に嫌な位置にいたけど、一度も直接攻撃を仕掛けてはこなかった。あたしたちを倒せるチャンスはいくらでもあったはずなのに」

「つまり、なめられているってことか」

「そうよ。そして、それは付け入るスキがあるっていうことよ」

 付け入るスキ。吸血種の戦い方を知らなかった俺がしてやられたように、俺たちの力を知らないローデにも一泡吹かすことができるかもしれないということ。

「幸い、ローデはマホを無力化する以上の何かはしてこなさそうよ。だからまずは、さくっとスコルピオンを倒しなさい!」

 簡単に言ってくれる。

 こちとら一回完敗しているんだぞ。

「……でもまあ、やるしかないよなあ」

 俺はグッと拳を握り締めて、自分を鼓舞するかのように叫んだ。

「行くぜ!」

 ダン! と地面を踏み鳴らしてスコルピオンの方へ駆け出す。

 右、左、蹴り、右。攻撃はすべて避けられる。それでもひたすら殴り、蹴る。

 上、下。蹴り。跳躍。上、上、下。下。

 左拳、右拳、左、右。

 B。

「Bってなんだよ!」

「自分の心の声にツッコむのやめてくれない?」

 スコルピオンは人間離れした俺のラッシュ全てを、肉体変形により紙一重で躱していく。

 手を緩めたら駄目だ、相手にターンを渡したらその肉体変形を自由に駆使した予測不能の攻撃が来る。だから今は攻め続けるしかない。

 そう思っていると、俺の攻撃ターン中にもかかわらず彼の腹の部分の肉が伸び、刃となって俺の体を貫こうとした。

 すんでのところで体を捻ってやり過ごす。

 人のターン中に攻撃するのはズルいよ!

 相手との戦闘経験が違いすぎる。俺の攻撃はすべて読まれているかのように避けられ、一番いやなタイミングで反撃をもらってしまう。

 ……いや、そうか。

 俺の攻撃が点だから当たらないのか。

「ツルギ、点で当たらないんだったら線や面での攻撃しかないわよ」

「そうだな」

 やっぱりガールズバーで消し去るしかない。

 幸い、肉体変化系の吸血種はカインやエミィのような高速移動を持っていない。数秒の隙があれば十分消し去ることができるだろう。

 ……数秒の隙? こいつ相手にか?

 それに絶望した瞬間だった。

「やっほー! エミィ復活!」

 更なる絶望が背後から飛び出してきた。

「なっ……」

 土の牢に閉じ込められていたはずのエミィが俺めがけてジャンプ攻撃を仕掛けてくる。

 俺は慌てて後ろに跳んで緊急回避。ゴロゴロと地面を転がって体勢を立て直す。

「エミィ、脱出できたようだな」

「あはッ、あんな退場誰も認めないでしょ?」

 真帆は口をもごもごさせながら唖然とした表情でエミィを見つめている。それもそうだろう、自分が退場させた相手が何事もなかったかのように復活したんだから。

 エミィとスコルピオンが並ぶ。

「これは……まずいな」

 スコルピオン一人を相手にしていても決定打を打てなかったのに、二対一だ。それに強化系と変化系の二人。

 真帆は未だに口を開けずにいるし、ローデはずっと不敵に笑っている。

「……」

 ダメもとでガールズバーをぶっ放すしかないか?

 俺はそんな現実逃避策を頭に思い浮かべる。

 いや、それよりも確実な方法が、あるかもしれない。

 俺は一つ思いついたことがあった。

 ガールズバーを直撃させるためには一瞬のスキを作ることが必要だ。一瞬の硬直を生みさえすれば、カインのようにそのまま消し去ることができる。つまり、攻撃は二度必要になる。一撃目はガールズバーを当てるために、そして二撃目でガールズバーを。必ず殺すための技と、必ず殺す技。この二つを使えば……

 頭で作戦を思い描こうとすると、エミィが楽しそうにからからと笑う。

「降参したらどう?」

「降参したら助けてくれるのか?」

「苦しまずに殺してあげるー!」

「元気よく言われてもな」

 そんな条件呑めるはずがなかった。

「どうせ死ぬなら、戦って死ぬさ」

 俺は聖を抜いて構える。頭の中で攻撃をイメージする。勇者の聖エネルギーはイメージによって好きなように使えるって話だったはずだ。いけるか? いや、いけるかどうかじゃない。戦うんだ。

 覚悟を決めた俺をエミィが楽しそうに睨みつけて。

「ふぅん、キミのそういうところ、やっぱり好きだぜ、剣」

 

刃に変えた右手でスコルピオンを貫いた。


「がふ……なん……貴様……」

 ふわり、と金髪が舞う。

「エミィだと思った? 残念。アイリーンちゃんなのでした」

 エミィだと思っていたそいつの体がうねうねと脈打って、金髪の美貌、アイリーンへと姿を変えた。

「アイリーン!」

「敵も味方も騙す。それがアイリーン流詐欺術。これでまた一人脱落だぜ。本物のエミィは向こうで伸びているし、どうやらハンスロッドも真帆たんが倒したみたいじゃん」

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