第五話『激突する一等星』その6

 目の前を、閃光が走っていった。


 鼻先一センチの至近距離を、東条の備前長船長光びぜんおさふねながみつが通過したのである。刃が当たらなかったのは、勢十郎の持つ左右の刀が、東条をそれ以上、踏み込ませなくしていたからだ。


 ところが、勢十郎の頬には鋭い痛みがはしっていた。刀身は避けたつもりでも、それをおおう霊気が肌を切り裂いていたらしい。


 しかし、その痛みもすぐ気にならなくなった。

 視界の上中下段に、ほぼ同時の突きが出現。だが、後退のネジが外れた勢十郎の神経は、彼の恐怖心を無視して虎徹と太刀を交差させていた。日本刀の強度性を考えれば、無謀すぎる扱いだったが、勢十郎から吸い上げた霊気によって強化された刀身は、ものの見事に三連撃を防ぎきる。


「は、速えぇッ!?」


 息つく暇もない東条の切り込みを封じた勢十郎は、攻撃失敗でわずかに流れた相手の体勢にたたみかけ、向こうすねを太刀で狙い撃つ。

 しかし、天狗はふわりと宙に飛び上がり、打って変わって猛スピードで横回転した。体重、霊気、遠心力まで加えた斬撃が、勢十郎の右方向から振り抜かれる。


 動きが速すぎて、もう眼では追えない。――が、勢十郎の体を支配する黒鉄は、この攻撃にさえあっさりと反応し、虎徹の切っ先で斬撃の方向をなめらかにらしてみせた。


 鉄がぜるような音がして、東条の体が大きくのけぞるが、あまりにも常軌じょうきした攻防は、勢十郎の全身にも深刻なダメージを与えていた。


「じょ、冗談じゃねえッぞッ。これじゃ、勝つ前に死んじまう……ッッ」


 砂埃すなぼこりをあげて突進する両足も、無茶な可動を繰り返す両腕も、骨をつなぐ主要筋がすでに肉離れ寸前だった。


「ほ、本当に、こんなもんで竜を倒したってのか……?」

『事実です』


 竜の鍔のモノガミである黒鉄の能力について、勢十郎は分かった事が二つある。


 一つめは彼女が言った通り、刀の使用者が霊気によって超人的な運動能力を得る、というもの。

 そして二つめは、使用者は霊気が強制的に吸い上げられているせいで、体そのものの耐久性が、という事だった。


 その証拠に、東条が斬撃の合間に放つ拳や蹴りが、


「つーか、欠陥製品じゃねえかよ!」

『失礼な! 本来の晴之剣ハレノツルギには、五人のハコミタマが宿っていました。その中には、使用者を守護する神通力を持ったモノガミもいたのです。……今は、その、いませんが!』


 じゃあダメじゃねえかよ、と、勢十郎は心の中で毒突いた。


 それにしても、東条が強すぎる。勢十郎は二刀流のモノガミ三体で、つまり、実質四人がかりだというのに、完全に互角の攻防。さらにこの男、不死身のくせに、わざわざこちらの斬撃を防いでいるのだ。

 だが勢十郎はここから、東条の真の恐ろしさを知る。


 頸椎けいつい三番に殺気を感じた本能が、勢十郎の頭を全力で後ろに振っていた。刹那せつなの間をおいて、彼の首があった位置に光芒こうぼうきらめく。


 それが、天狗の抜き放った斬撃だと勢十郎が理解した途端、左右の日本刀から驚きの声があがっていた。


『あ、あの男、化け物です……ッッ』

『あやつめ。斬りつける寸前まで霊気を遮断しゃだんして、こちらの予測を攪乱かくらんしおった!』

「そんなんアリかよ? 無茶苦茶じゃねえか……」


 

 彼らの目は物質ではなく、霊気に照準を合わせているので、霊気を絶った状態で攻撃を仕掛けられると、反応できなくなるというわけだ。


 真上から切り落とされた剣先が、急反転して跳ね上がる。そのまま東条が流れるように突き出した三連撃を、勢十郎は避け――きれない。


「おおおおおおおッッ」


 右肩と左ももを浅く切りられたが、かろうじて突きだけは受け止める。だが圧力に負けた両足が地面を見失い、勢十郎は放物線を描いて三十メートル以上も飛ばされた。


 テイクオフから三秒後、高度十メートルオーバーからの難着陸は、頭から竹林に突入という内容だった。黒鉄に身体操作されていなければ、これだけでおしまいだったろう。

 体操選手のように空中でバランス調整をした勢十郎の爪先が、竹の根で凹凸だらけの地面をしっかりと捕まえる。


「ぐ、うっ……ッ」


 しかし勢十郎は、もはや立っているのがやっとの状態だった。


 体の芯が、異様に重い。黒鉄の力で刀仙モードになってから、まだ五分とっていないはずなのに、フルマラソンでも走ったような疲労が蓄積されている。


 だがそんな勢十郎の都合など、モノガミ達はお構いなしだ。左手の太刀は正面に、右手の虎徹は頭上にそれぞれ構えられ、いつでも飛びかかれるように腰が低くなる。


「はッ、ハァッ、くそったれッ! こっちはもう、ほ、ほとんど戦闘不能だぞ……」

『来ます!』


 切迫した黒鉄の声とは裏腹に、勢十郎は餓狼がろうごとく食い下がる東条の姿に、胸が締め付けられていた。


「あんた、そのままでも充分最強じゃねえか。どうして……」


 真上から落ちてきた東条の刀を太刀で受け止め、相手の体勢を崩しながら虎徹で右足を切りつける。


『まだです!』


 勢十郎の体は止まらない。太刀と虎徹で相手の動きを完全に制圧し、無防備な顔面に蹴りをねじり込む。物凄い角度で首が折れ曲がった東条の、天狗の面が外れて宙に舞う。

 相手の攻撃パターンを読み切った、モノガミ達の完全な連携技だった。


「ぐはッッッッッ!」


 血反吐ちへどを散らして木の枝に捕まった東条に、初めてダメージらしい反応――。だが、この男は不死身である。この程度の手傷は、たちどころに回復してしまうだろう。


 東条自身、そう考えていたはずである。だから踏み出した右足に、力が入らないと気付いたとき、刀仙はほんの一瞬だけ、彼らしくない顔をした。


「……良い刀だな」


 それがどういう意味だったのか、勢十郎は深く考えなかった。

 しかし彼とモノガミ達は、東条の異変に気付く。


「傷が、回復してねえ……?」


 勢十郎は瞬間的に顔色を変えるが、彼の肉体を支配する黒鉄は、ごく淡々と、夜風のように冷めきった真実を告げた。


『当たり前です。この虎徹には今、竜の鍔がめられている。完全ではないにしろ、すでにこの刀は晴之剣なのです。たかが再生能力程度、問題にはなりません』


 これが、刀仙同士の戦い。完全ノールールの潰し合い。

 モノガミの力で超人技の応酬を繰り返し、最後に立っていた者が勝ちなのだ。


 東条の反撃は続いているが、その剣にはもはや、先ほどまでの精彩せいさいはない。右足が使い物にならなくなった時点で、すでに勝敗は決していたのだ。


 それでも、竜の鍔は一切の手心を加えない。この恐るべき超兵器は、最大効率で勢十郎の体を駆動させ、相手の刀を太刀で押さえつつ、虎徹で斬り、刺し、そしてえぐり取る。


 こめかみを切り裂かれた東条が、まだ若い青竹に血飛沫ちしぶききながら、ついに地面へ膝を突く。


 勝利は目前。

 だが、勢十郎の胸に沸き上がるのは、なぜか達成感とは真逆の感情だった。


「はぁーっ、はぁっ! こうじゃ、ねえ。違うだろ、これは……ッッ」

『勢十郎どのッッ!』



 異変は、その直後に起こった。

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