Kool Lips

13 Kool Lips are Chiaki , Lizz , Taku , Shizz

 Chiaki Iguchi is in charge of the bass of Kool Lips


 結果がどうだっただとか、盛り上がりがどうだっただとか、そういう細かいことは判らなかった。ただ、ライブが終わればいつもそういった気分になる。

 だけれど、ライブ後の坂本さかもとの一言は嬉しかった。

「イイとこ見つけたんだな。……まぁ、その、なんだ、また対バンしようぜ」

 千晶ちあきの目を見ることができず、ばつが悪そうに言う坂本を見て、千晶は思わず苦笑した。

「そうだね。結局俺もあんたも、こうやって音楽やってんだし」

「嫌な言い方すんなよ。俺だって反省はしてるって……」

 シズが言った、同じをやっている、という言葉に目が覚めたような気分だったことを思い出す。恐らくシズと千晶ではその感覚に温度差はあるだろうけれど、それでも、こうして結局またバンドをして、同じライブハウスで互いのステージを見て、今、当時あった仄暗い感情もなく、坂本と話すことができている。

「はは、他意はないって。まぁ適材適所ってあるじゃん。俺だってそっちの音聴けばいいベース入れたんだなぁ、って思ったしさ」

 Koolクール Lipsリップスに入って程なくして実感はしていた。やはり千晶はロックをやりたかったし、Beatビート Releaseリリースに見合うだけの弾きはできていなかったと。

「俺が千晶を生かせなかった、ってのはあるだろ」

「俺が合わせようとしなかったってのもあるよ」

 坂本がそう思ってくれているのならば、千晶も思うところを口にする。

「だからさ、坂本のせいじゃないだろ。結局みんなで音創ってんだからさ。俺は、坂本が言った通り、足を引っ張ってたと思う」

 そう言って千晶は頷く。バンドから外された時は確かに腹は立ったし、ベースも辞めてやろうかと思ったほどだったが、Beat Releaseから外されなければ今でも嫌な思いをしながら音楽をやり続け、Kool Lipsが生まれることもなかった。そんな可能性だってあったのだ。そうして本当に音楽が嫌いになっていた可能性だってあったのだ。

「そう言ってくれるとな、少し気が楽になるよ。んじゃさ、折角だし打ち上げ一緒にやろう」

「……そうだね。みんなに言ってくるよ」

 そう言って千晶は坂本に背を向けた。ライブハウスの外にはBeat ReleaseとKool Lipsのライブを見にきてくれた人達、それとトリのバンド、Brown Bessブラウン ベスの客がそれぞれ集団を作っていた。

「あ、伊口いぐち君」

 声をかけられてすぐさま振り向いた。忘れようもない、いや、忘れるはずもないこの声は。

倉橋くらはしさん、ありがとね。あ、由比ゆいさんもきてくれてたんだ!ありがと」

 倉橋瑞葉みずはの後ろから、一年生の時にクラスメートだった由比美朝みあさが姿を現したので、千晶は少々驚いた。瑞葉にも言えることだが、二人ともロックやバンドなどには全く興味があるようには思えなかったので、本当にありがたかった。

「ううん、お疲れ様。カッコよかったよ」

「そ、そうかな……。ありがと」

「わたし伊口君がバンドしてるなんて全然知らなかった」

 美朝が苦笑して言う。シズや莉徒りずがそうであるように、バンドをやっている者はどことなく派手というか、不良っぽいスタイルをかもし出しているからなのだろうか。千晶にはその手のオーラは一切ない。美朝の言うことは何となく、想像の域を出ない程度に、そうかもな、と思う。

「ま、まぁあんまり言ってなかったかもね、確かに。つーか由比さんライブハウスとかくるのってちょっと意外だね」

「そぉ?わたし、今までの莉徒のライブは結構行ってるんだよ」

 なるほど、莉徒の友達だったか、と納得する。

「美朝ちゃんも伊口君もお互いに意外、って感じなんだね」

 そう言って瑞葉は笑顔になる。それにしても、と千晶は思う。

(い、いやぁ、眼鏡外してもカワイーよこりゃあ……)

 瑞葉は学校では眼鏡をしていることが殆どだが、今日は眼鏡を外している。コンタクトレンズなのだろうか。眼鏡を外した倉橋瑞葉を千晶は初めて見たが、できることなら学校では眼鏡でいてもらいたいものだ。

 千晶の肩くらいの身長で千晶を見上げる仕草と表情が凶悪的なほどに可愛い。思わずしゃがんで視線を合わせてやりたくなる。が、美朝の手前、いや美朝がいなくてもそんなことなどできはしないのだが。

 そして由比美朝は由比美朝でまた可愛いのだ。こんなことでは学校の男供に変な噂を立てられてしまうかも知れない。

 倉橋瑞葉に柚机莉徒に由比美朝までも!何なんだあのクソメガネ。

(ひ、ひぃ……)

「そこーっ!イチャつくのは後!打ち上げ行くぞー!」

 空恐ろしい妄想を莉徒の大声が断ち切った。ぼん、と瑞葉と千晶が同時に赤面し、美朝が苦笑する。

「あ、莉徒、待った!」

「何よ」

「連中も一緒にどうかってさ」

 くい、と親指をBeat Releaseがいる方へと向けた。すると莉徒の脇からシズが顔を出す。

「連中だと?何をばかな……。敵と酌み交わす酒などないわっ!このヒヨッ子がっ!ヒヨッ子が!」

 ばし。

「ほぅわぃたぁ!」

「グッジョブ、莉徒」

 喚いたシズの内腿にローキック、いや、下段回し蹴りを叩き込んだ莉徒にサムズアップ。シズのリアクションがだんだん派手になっていってるのはきっと演技やパフォーマンスではなく莉徒の力加減の問題なのだろう。

「ぐぅお……。さすがはバットを折るための下段回し蹴り……」

(マジで痛そうじゃん……)

「昨日の敵は今日の友よ。じゃあ千晶ちゃん呼んできてよ。会場はぁ……多分入れそうだから」

 腰を手に当てて仁王立ちする莉徒に千晶は頷いた。

「お、おっけ……」

「み、見たかこの女の正体を……」

 シズが以前所属していたバンド、The Seeシー Killキル Lowロウのメンバーに言う。確かベーシストでナオフミという名だったはずだ。

「いや、いいねー!強い女!莉徒ちゃんサイコー!」

「えっへっへっ、まぁねぇーん」

 能天気にVサインを決める莉徒を他所に、千晶は瑞葉にもう少し待ってて、と告げてから坂本の方へと小走りに走った。


 Next to Lizz Yuzuki is in charge of the Guitar & Vocal of Kool Lips


 


 Lizz Yuzuki is in charge of the Guitar & Vocal of Kool Lips


「で?」

「何だよ」

 程よく冷房の効いた、vultureヴォルチャーにで、二人は対峙する。

「倉橋瑞葉に捧げるラヴソングはどこまで進んでる訳?」

 莉徒は夏休みの宿題レースに負けた千晶からの泣きで、作曲を手伝うため、千晶と打ち合わせを始めていた。

「ヴって言うな」

「下唇を軽く噛んで、~ヴッ」

「やかましいわ。進捗状況は芳しくないどころかほぼ全く進んでないからキミに泣き入れたんだけど……」

「シュークリームも良い?」

「……最後だぞ、これで」

 既にアイスコーヒーとパンケーキ、アイスミルクティーにシフォンケーキを平らげているが、正直なところ知ったことか、と思う。莉徒が宿題を終えたときはシズよりもリードしていた千晶が負けたのは、倉橋瑞葉とのデートにかまけていたせいだ。その瑞葉も莉徒に送れること三日後には宿題を全て終わらせていたのだ。ざまを見なさい、と心の中で舌を出す。

「御馳走様。涼子りょうこさーん、シュークリーム一個追加ー」

「あらあら、いいわね太らない体質の子は」

 最近知ったのだが、涼子は三〇歳を超えているらしい。スレンダーで童顔。まだ女子高生でも通じそうな程の若さと美貌は、とても三〇歳には見えない。若く見えるとういうか、年を取らないのであろう体質は実は莉徒の母親も同じなので、世の中にはそうした体質の女がいることも莉徒は良く知っている。

「そんなスタイル維持しておいて言わないでよ」

「おれの財布のスタイルが良くなったわ……」

「デート資金なくなっちゃう?」

 わざとらしく莉徒は目を細める。

「……そういう訳じゃないですが」

 瑞葉は男だけに金を出させるような女ではない。尤もまだ付き合ってもいないのだから当然だろうが、付き合い始めたとしてもそれは同じだろう。

「そういえば涼子さん、瑞葉、いつからバイトくるんでしたっけ?」

「明日からよ。助かっちゃうわー。学生が夏休みの時はウチも忙しいから」

 シズが通っている七本槍高等学校に、瀬能学園。瀬能学園は幼稚園から大学までのエスカレーター式なので、大学生もこの喫茶店をよく利用する。

「近いところに高校が二校もあるからねー。でも千晶ちゃんは会おうと思ったらいつでも会えちゃう訳かー」

 にやにやが止まらない。

「……そろそろ本題!」

「はいはい」

「頑張ってね、千晶ちゃん」

 ふふ、と笑うと涼子はシュークリームを置いて席から離れた。

「ど、努力します……」


 莉徒は千晶の書いてきた仮歌詞を見てまず、どう反応して良いのか迷った。いや、素直な反応としては今すぐ大爆笑をかましてやりたいほどの出来だったのだが、それはいくら何でも真剣に取り組んだのであろう千晶に対して失礼極まるというものだろう。

「千晶ちゃん……」

 神妙に莉徒は名を呼ぶ。もしかして、万に一つでもウケ狙いだということだってあるかもしれないではないぁ。

「ナニデスカ?」

 妙に反応が固い。

「これ狙い?それとも素?」

「ナニガイイタイデス?」

 うん、やはり千晶にこれを受け狙いで描けるほどのセンスと度胸はないだろう、という莉徒の予想は的中した。

「……恥ずかしくない?」

「……死にたい」

 言った途端に千晶の顔が紅潮する。

「ぷくっ」

「笑ったな」

 ギロリ、と千晶が凄んできたが、痛くも痒くもない。

「わらてない」

「いや、笑った!」

「……ゴメソ、ワロタ」

「やめろぉ!その恥ずかしい人達の使う阿呆な口調はー!半角か?半角なのか?」

「つまり、そんなことにまでツッコミ入れるくらい、恥ずかしくて混乱していると……」

「う、うるさい……」

 赤面した上、俯いたまま千晶は言う。もう一度目を通し、最後まで読み通す。

「……ぶわーっはっはっは!あぁー!もう我慢できなぁーい!あーっひゃっひゃっひゃっひゃ……!ひーっく、苦しっ!」

 呼吸困難に陥りそうだ。こうまで素で人を笑わせてくれるとは、千晶の新たな才能を見出した気さえしてくる。

「奢ったからな!」

「ふぇ?」

 いの尾を引きつつ莉徒が訊き返す。

「アイスコーヒーにパンケーキにアイスミルクティーにシフォンケーキにシュークリームにアイスココアにプレーンピザ!」

「ちぇーっユスリの材料にしてやろうかと思ってたのになー」

 我ながら良く食べたものだ。vultureの品物は飲み物だろうと食べ物だろうと絶品だ。いくらでも食べられてしまう。

「お前なぁ……」

「ま、冗談よ。人様の恋心をばかにするほど野暮天じゃございませんことよ。おほほほほ」

「今死ぬほどばかにしただろう」

 ばかにしたのは恋心ではなく、千晶の作詞センスだけど、とは口には出さない。

「だから冗談だってば。ま、自殺だけはしないでいいようになんとかしてあげるわっ」

 三秒後、もう一度仮歌詞に目を通して、莉徒は再び大爆笑の嵐に巻き込まれた。


 Netx to Taku Yamagara is in charge of the Drums of Kool Lips

 



 Taku Yamagara is in charge of the Drums of Kool Lips


「例えるならば、ファーストライブは必然。そして我々Kool Lipsにとっては世界の始まりだったって訳だ」

 昨日、Kool Lipsのホームページに設置しておいた掲示板の書き込みを読んだたくはそう言う。

『ライブ見ました!ドラマーさんがチョーステキです!絶対絶対また行きます!』

 この書き込みが拓をそう言わしめた。

「うぉ、拓さんの後ろに花が!花が咲いている!」

 シズが目を丸くする。

「拓さん、彼女いるくせに……」

「そうよ。ホンキにしちゃだめだって、一見さんなんてアテんなんないんだから」

「何をばかな……。にわかファン一人に惑わされる拓さんではないぞ」

 それにそんなことでにまにましていたら即座に彼女に気付かれてしまう。普段はおっとりとしていて可愛らしいのだが、なかなか嫉妬深い女なのだ。

「こういうのってさ、演奏のファンじゃないよね、確実に……」

「ま、いんじゃん?どんな形であれ聞いてくれる人が増えたってのはありがてぇこったし」

 シズが気楽に言う。

「だな。まぁ確かに音よりルックスってのは悲しい気もするが、まぁおれ個人としては、男として嬉しい訳ですよ」

「拓さん男のファン、多いもんね……」

 そう、それは勿論ドラマーとしてであって、決して色恋沙汰ではない。

「そっちの趣味はないぞ」

 ただ、様々な形から見てもライブは大成功だったと言って良かった。メンバー個々の気持ちや音楽性、他のバンドとの繋がり、聞いてくれる人達が増えたこと。拓がこのバンドに参加する時に感じた『楽しそうな感覚』は間違いではなかった。

 この間のライブハウスLetaリータから、再びライブに出演してみないかとも言われている。二ヵ月後のそのライブに合わせて、またすぐにでも練習を再開しなければならないが、今日は拓の部屋でライブビデオの観賞会を兼ねた反省会と、今後に向けてのミーティングだ。

 拓は専門学校の一クール目の後期が始まるし、弦楽器隊の三人も二学期が始まる。それまでの間は、全員が宿題を終えた残り僅かな夏休みを満喫しても良いだろう。ほんの少しだけ、Kool Lipsは休業だ。

 ライブ前は練習ばかりしていたせいで、彼女にも呆れられてしまっている。少しサービスもしてやらなければ、拓のバンド生活もままならなくなってしまう。

「拓さん!エロDVDねーの?」

「ないよ!」

 シズがあまりにも唐突に言い出した。半分は本当で半分は嘘だ。一応この部屋のどこかにはある。あるはずだ。

 ……が、彼女に隠されてしまいどこにあるかが判らない。

「嘘ねー!エロDVD持ってない男なんかいる訳ないじゃん!ねぇ千晶ちゃん!」

 至極尤もなことを莉徒が言う。そういうことを知っていて堂々と口に出す莉徒もどうかと思うが、拓はそれを口には出さない。

「な、何で俺に振るんだよ……」

「こないだ教えてあげたじゃーん、瑞葉にそっくりなAV女優ぅ。勿論ゲット済みでしょ?」

「ゲットしてません!」

 胸の前で×印を作り、千晶は大袈裟に言った。顔が赤い。多分嘘だ。いや絶対嘘だ。

「うぉー!ちょー見てぇ!千晶貸してくれ!」

「ざっけんな!」

「……ってぇことはやっぱ手元にあるってことだよねぇ」

「ち、ちが!持ってたって貸すかよって意味で!俺は持ってないぞ!断じて!」

 からかい甲斐のある男だ、とつくづく思う。最初にバンドに参加した時よりも随分と砕けた感じになったが、本来の千晶の性格はこれが正しいのだろう。良い傾向だ。

「莉徒、その女優の名前なんつーの?」

「うわー!教えんなよ莉徒!」

「そんなに似てるのかぁ」

「ちょっ、拓さんまで!」

 少し意地悪をしたくなり、言う。拓の目から見ても倉橋瑞葉は可愛かったと思う。小さくてショートカットで眼鏡っ子というのはある筋には大人気のはずだ。

「冗談だよ。っつーか莉徒はオヤジか」

「えー、言ってくれればスゴイの回すよー。もうマジゴイスー」

 にへら、と女子らしからぬ助平ったらしい笑顔で莉徒は笑った。

「お前の彼氏になる男は苦労しそうだよな……」

「大きなお世話よ!」

 つい、と莉徒はシズから顔を背けた。

「あれ、何つったっけ、あのイケメン。樋村ひむらだっけ?」

「とっくに終わってんだけど、あんなの。つーか誰に……あ、瑞葉か」

 唐突に知らない名を出した千晶に莉徒が心底呆れた顔を作る。バンドを組むまではあまり知らない者同士だった千晶と莉徒だが、そんな話まで入ってくるとなると、やはり莉徒の男遍歴は中々華々しいものなのかもしれない。

「凄いカッコイイ人だったのにもったいない、ってさ」

「見てくれだけでそんなこと言ってる間は瑞葉もお子ちゃまねー」

 ふん、とない胸を張って莉徒は言うが。

「そのイケメンと付き合ってた莉徒はどうなんだよ……」

 と拓は返した。莉徒自身もイケメンだから彼氏にしたのではないのだろうか。

「だから、そっから学習すんでしょ。私の場合は実体験でしょ」

「おー、なるほど」

 シズ、千晶からぱちぱちと拍手が送られる。拓と彼らにはさして年の差はないが、所詮莉徒も十代の小娘であることには代わりがない。

「男は顔だけじゃないわ!」

「顔も入るって言い草だな、それ」

 シズが苦笑する。こんな雰囲気ならばシズと莉徒が付き合うことになっても面白いかもしれないと拓は思ったが、どちらも全くその気がないように見える。それはそれで莉徒が持つ悪名の種火、バンド崩壊の危険性もゼロに近いのだから、とりあえずは今のままが一番だろう。

「当たり前じゃないの!男は顔とハートよ!」

「なんだかなぁ……」


 Next to Masao Shizuga is in charge of the Guitar & Vocal of Kool Lips


 


 Masao Shizuga is in charge of the Guitar & Vocal of Kool Lips


 性格には目を瞑ろうと思っていた。

 気弱なベーシストも、小ナマイキなギターボーカルも。ある程度弾けていればあとは自分が何とかできると思っていた。

 だが、実際に音を合わせてみればどうだ。

 フィーリングの合うところ、合わないところは勿論あって、他のメンバーも自分のばかさ加減には呆れているところもあるだろうけれど。

 それでも誰も抜けるとは言わなかったし、シズ自身も辞めたいとは思わなかった。

(やっぱ全然やり足りねーや)

 そう思える。楽しかったから。バンドで音を出すことがこんなにも好きだったんだ、と思い出すことができたから。

 ライブ直後、ナオフミが言ってきた。

「ヘルプでいいからもう一回俺達とやらないか?」

 The See Kill Lowのメンバー全員が、Kool Lipsでのシズの弾きを見て、シズを改めて認めてくれたということだろう。それは嬉しかった。

 だが。

「いや、今のバンドに集中してんだよね。オレはさ、確かにナオフミ達と上手くやりたいって思ってたけどさ、今別々になったって一緒に音楽はできるじゃねぇか」

 千晶とBeat Releaseのように、同じライブハウスで、同じ”音楽”を。

「一緒にったって俺はもうお前を乗せて弾けないじゃんよ」

「新しいギタリスト、探しゃいいじゃん。言っとくけどオレくらいの腕で性格いいのなんてその辺ゴロゴロしてるぜ」

 これは本当のことだ。自分に自信がない訳ではないけれど、絶対の誇りを持てるほどではない。実際に莉徒は細かい技術で言うならばシズよりも巧い。

「何言ってんだよ……」

 急に俯いてナオフミは言う。

「そんでさ、そしたら一緒に音楽やろうぜ!対バンしようぜ!」

「……約束だかんな。絶対、そん時は負けねーバンドになってるからな!」

「望むところだぜナオフミ。そん代わり楽しくな!楽しまねーとさ、ばかじゃん」

 莉徒に教えてもらった。好きなことは楽しくやらなければ嘘だ。失敗したり上手くいかなかったり、そういうことは楽しさの中に当然入っている。そういうもの全てを踏まえて、楽しい、と思えなければ続けてなど行けない。シズがThe See Kill Lowを辞めるきっかけになってしまった時のように。

「は?」

「だってさ、折角好きなこと、真剣にやってんだぜ。楽しいことやってんだからさ、しかめっ面してやるのなんてばからしいだろ?」

「……ま、確かにそうだな」

 シズの含みを理解してか、ナオフミは頷いた。

「オレはオレで新しい仲間、すげー気に入ってんだ。あいつらともっとライブしてーしさ。そう言う奴らとやんなら真剣に、真面目に楽しまないと損だし」

 好きなことを真剣に楽しまなければ、生きている意味だってない。何の、たった一つの楽しみも、目的もなく、人生を浪費したくはないのだ。

「なんか変わったなー、お前」

「何が?」

 確かに変わったところはあるのかもしれない。Kool Lipsに馴染めてバンドができているというよりは、こうしてナオフミと素直に話せていることで。だが、何がどう変わったかは、シズには実感はできていない。

「あんまりばかっぽく見えねーよ」

「マジで!ま、オレも色々経験して大人になりつつあるって……何かばかにしてる?」

 首の後ろがちくり、とする。

「いや、してないよ」

「そ。ならいいけど、んで、何事も楽しめるリッパな大人になってくって訳さ!」

「……あ、あぁ」

 ちくちく。

「……ナオフミ」

「い、いや、してないっての」

 

 Kool Lips 終わり

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Kool Lips yui-yui @yuilizz

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