第59話 『嘘』の代償
「エルダー園芸店でございます。本日の作業で少々確認させていただきたいことがございます」
「お父さま? いらっしゃるのでしょう? お話がありますの!」
「なっ……。ローズマリーか……?」
扉の向こうから、明らかに場違いな愛らしい声が響き渡る。名前を呼ばれたことで入室を許可されたと勘違いしたローズマリーは扉を開いた。
「お父さま! これからはアッシュさ……彼に侯爵家の専属庭師として来てもらえるようにしていただきたいの!」
勢いよく飛び込んできたローズマリーにゼフィランサスは息を呑んだ。目の前には、恐ろしいまでに温度の下がった冷酷な王女の顔がある。
ローズマリーも、いるはずのない人物を目にして固まった。その後ろから、花屋が入室する。
「ご来客中、失礼いたします。急ぎ、ご報告いたしたいことがございまして、こちらへご案内いただきました」
ゼフィランサスはあからさまに嫌悪感に満ちた顔でアッシュを見る。
「専属庭師の件なら、急ぎではないはずだろう? 見て分からないのか? 大切なお客様がいらしているのだ」
目を丸くしたアッシュが赤の公爵と瞳を合わせると、頭を垂れた。
「大変申し訳ございませんでした」
「構わないわ。続けて」
「し、しかし……!」
「急ぎ、と言っているわ。どうぞ」
顔をあげたアッシュは焦る侯爵に向かって、話を続けた。
「2日前、エルダー園芸店の敷地内にあります花屋の店舗が何者かに荒らされ、店の者が連れ去られました。侯爵閣下もよくご存知の者です」
話の内容が違うことに、ゼフィランサスとローズマリーは目を見開く。
「そのため、私はエルダー園芸店を贔屓にしてくださっているハートラブル公爵閣下へご相談させていただきました。公爵閣下が『司法』を担っていらっしゃることは、この国の者であれば、誰でも知っておりますので」
ゼフィランサスは息を呑む。
「先ほど、2日前の夜更けにその花屋を馬車で往復したという御者から話を聞きました」
「なっ……」
顔を真っ青にしたゼフィランサスが震え始める。それを目撃していたローズマリーは唇を結んだ。
「私の
「「はっ……?」」
ゼフィランサスとローズマリーは、口をポカリと開け、目を見開く。アッシュはもう一度、ゆっくりと
「私の婚約者であるリア・クレメンタインを今すぐ返してください」
「アッシュさ……ま? え? 一体どういう……」
アッシュに婚約者がいることなど、ローズマリーは知らなかった。
それに――“リア・クレメンタイン”とは一体、誰なのか。今まで姉ウィステリアの話をしていたのではなかったのか、とローズマリーは混乱する表情を隠しきれない。
「ここにいることは確かなようね。侯爵」
ゼフィランサスの額から汗が流れ落ちる。
「いない、と『嘘』をつきましたね」
「い、いません!! 嘘ではありません!」
赤の公爵は呆れたように目を伏せた。
――この期に及んで、嘘を重ねるなど。救いようがない。その代償は高くつくだろう。
そこへ扉を叩く音が聞こえた。
「ハートラブル公爵閣下」
扉の外から聞こえた声に赤の騎士が反応し、内側からその扉を開いた。
そこには――汚れてしまった寝間着のワンピースにガウンを羽織っただけのリアの姿があった。
素早く駆け寄ったアッシュがジャケットを脱ぎ、その肩にかける。誰にも見られないように、ぎゅっと抱きしめた。
ルビーのような瞳をゼフィランサスへ向けた赤の公爵は小さく吐息を漏らす。
「誘拐罪、監禁罪、だけでなく――傷害罪も追加のようね。顔を殴るなど……論外」
その真っ赤な瞳は、怒りで燃えている。
「ゼフィランサス・アーネスト侯爵。今、述べた罪に加え、私に対する偽証により拘束させていただきます」
赤の騎士がゼフィランサスを取り押さえる。
「私は……っ、何一つ悪くない! 悪いのはすべてウィステリアだ!」
リアはアッシュの腕の中、ゼフィランサスの遠ざかる叫び声に肩を震わせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます