第33話 願わくは、幸せに
――きっと、ローズマリーのことを考えすぎてしまったのだ。だから、あのような失態を……。
うっかりアッシュの前で二度も泣いてしまったことに、リアは恥ずかしすぎて、顔を覆った。
あの後、アッシュに「何でもない」と伝えるのが精一杯だった。全然信じていなかったようだけど。
花屋に着いてからもアッシュはリアを気にかけ、いつものように一緒に食事をして、後片付けをしてから帰っていった。――「今日は帰らない」と日付が変わるギリギリまで駄々をこねたのだが。
一人になったリアは考えを整理するように天井の一点を見つめていた。ふと、思い出したのは――
恋に苦しみ、心を病んで儚くなった母親。幼い頃にみた母の最期の姿が目に焼きついて離れない。
――ただ愛されたかった、と。愛する人と見つめ合い「愛してる」と言われたかった、と。そう呟いて目を閉じた母に、リアは小さく「あいしてる」と囁いた。
その声は届くことはなかったし、瞳が合うこともなかったのだが――。
父に恋をしていた母の心は、こんなにも苦しく、切ないものだったのか――ようやく、リアにも理解することができた。
「お母様……苦しかったのね。今はもう癒やされているかしら」
窓際に立てかけてあった母の小さな肖像画。屋敷から持ち出せたその絵の中の母は聖女のように微笑んでいる。実際には――病でやつれ、唇もカサカサで、老女に近い姿だったのに。
リアは一つの花を手に取ると、その肖像画の前にそっと置いた。
「お母様の名前――リアトリスの花言葉は『長すぎた恋愛』。たくさん蕾があって、上から順番に少しずつ咲いていく。上手に切りをつけられない咲き方をするから、そんな花言葉になってしまったのね。まるで……お父様への恋心にずっと切りをつけられなかったお母様みたい」
侮辱するわけではなく、困ったように眉を下げたリアは、微笑む母を見つめたまま、まだ一番上の蕾が開いたばかりのリアトリスの花にそっと触れた。
「……だけどね。長く花を楽しめるから『幸せが長続きする』とも言われているの」
もしかしたら母も自分と同じように、どこか違う世界で生まれ変わっているかもしれない。もしそうなら、その世界では幸せでいてほしい。
「お母様の今が、どうか幸せでありますように」
リアは、自分と母の瞳と同じ色をしたその花に、そんな願いを込めた。届くかどうか分からないが。
絵の中の母のように優しく微笑んでいられる世界であればいい。――この世界もそうであったなら、どんなに良かっただろう。
視線を窓の外へと向ける。
濃紺の空に月と星がきらめいている。吸い込まれてしまいそうな深い色味に、あの彼方に自分がいた世界もあるのではないか、と思い浮かぶ。
ジャックは転移者だ。あながち間違った考えではないのでは、とリアは思った。
そして今日、出会った転移者。問題は無事に解決されたようで、リアは安堵した。
「彼女も……辛かったでしょうね」
彼女の持つ“能力”のせいで、その世界では虐げられていた。彼女の“能力”は――『嘘を見抜く力』。
瞳を合わせると、『嘘』が分かってしまう。
最初は『なぜ嘘をつくのか』と相手に詰め寄っていた。それは、まだ彼女が幼すぎて、“能力”を理解できていなかったからだ。
しかし、『嘘』を見破る幼子は、他者からみれば脅威でしかない。
それに彼女自身も『嘘』は見抜けても、『真実』までは分からない。
そのうち彼女は人を信じることができなくなってしまった。悪意のある『嘘』も、理由のある『嘘』も、すべて一緒にしか見えないのだから。
「私も……彼女と変わらないな……」
リアが
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