第34話 『約束』の花

 柔らかな太陽の光が差し込み、店内の花々が色鮮やかに輝き始める。


 リアはいつものように木札を裏返し鍵を開けた。

 すると――いつもの青年がいつものように一輪のヒマワリを手に飛び込んでくる。


「リア、迎えに来たよ! ねえ、もうそろそろ一緒に暮らさない?」


 いつもの、お決まりの台詞だ。


 昨夜、あれだけ駄々をこねていたのだから、今日も言われることくらいリアには分かっていた。


 まるで妹を心配しすぎる兄のようなアッシュに、リアは苦笑いする。いつまで経っても、アッシュにとってリアは世間知らずなお嬢様でしかない。


 本当の兄にはされたことがなかっただけに、リアは幸せを感じていた。


 アッシュにとって、『恋』じゃなくてもいい。

 いつか、ローズマリーのところへ行ってしまうのなら、心配性な幼なじみという存在でいい。

 前世でいわれていた“『初恋』は実らない”というのは、あながち間違いではないようだ。


 ――自分は決して、母のように『切り』を間違えたりしない。


 リアは窓際に置かれた小さな肖像画を見つめた。


「綺麗なリアトリスだね」


 いつの間にか背後にアッシュがいた。その手には一輪挿し。肖像画の前に置かれた紫色のリアトリスを手に取ると、そっと挿した。


「こうすれば、長く楽しめるよ。それに――」


 アッシュがふわりと花に触れる。まるで花粉が陽の光にあたり、きらめいているかのようにキラキラと魔法が舞う。


「こうしたら、もっと楽しめる」


 先端の咲いている花に、アッシュは保存魔法をかけた。こうすれば、下に向かって少しずつ咲いていっても前の花が残り、すべてが同時に咲き切れる。


 ひとつひとつ、幸せが増えていくかのように。


 笑顔を浮かべる肖像画の隣に、アッシュはコトリとその一輪挿しを置いた。


「さあ、今日の仕事を始めよう!」


 アッシュは気持ちを切り替えるように、パンッと両手を合わせて、いい音を立てた。




 今日は広大なエルダー園芸店の敷地内にある植物の手入れをする。

 学園にあった温室庭園ほどではないが、エルダー園芸店の温室にも、豊富な種類の花や草木があり、とても美しい。

 それが仕事とはいえ、時間や人に縛られることなく、心ゆくまで楽しめるのだ。リアにとって、この上なく好条件の職場である。


(あと1か月で、ここを離れるのかぁ……)


 新店舗開店が現実味をおびてくると、途端にリアの寂しさが増した。出会いがあれば、別れもある。

 住み慣れてきた居心地の良い場所を離れるのも、ここにある植物とお別れするのも、残念ではあるが仕方がない。


 とはいえ、新店舗の花はここから調達する。この場所にまったく来なくなるわけではないのだから、寂しく感じる必要もないはずなのだけれど。


 各所をまわり、草木の様子を確認しつつ、店舗に補充するための花を選んでいく。そろそろ初夏の花を増やしていきたい。ふとリアの目にヒマワリ畑が映る。


(もうすぐヒマワリの季節だな……)


 ここにリアが来てから、毎朝、欠かさずに一輪のヒマワリを持ってくるアッシュ。

 それは――二人の『約束』の花、だったから。


 リアはついいつもの習慣で花言葉を考えてしまうのだが、それは自分に都合の良い誤解だ。

 まだ花言葉を知らないはずの幼いアッシュが偶然選び、差し出したにすぎない。

 あの日もヒマワリの季節だったのだから。


 たとえ今のアッシュが花言葉を知っていたとしても、それは『約束の花』だったから、というだけ。


 勘違いしてはいけない――。


 ヒマワリの花言葉は、『あなただけを見つめる』。そして、一輪の意味は、『一目惚れ』。


 ――なんて、残酷なのだろう。

 

 リアは記憶の中にいる、ちょっと照れながら一輪のヒマワリを差し出す少年に、ほんの少しの憎しみを抱いた。

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