最終話 神 ノセ クグツ

 ナチ山の生き残りの赤のヌッタスートたちは、雪に覆われたヤチ山を越えた。ふもとの村まで逃げこんだ。憔悴しきって、集まって泣いたり、へたりこんだりした。

 紫のヌッタスートがなぐさめる。

 

「ひどい連中だね」

「そのクグツとかいうやつは一体なんなの?」


 カンカンカンと、やぐらの鐘がけたたましくならされた。


「ナチ山の連中が攻めて来たぞ!」

「ええ?」

「あんたたちは早く隠れて」

 

 紫の連中が赤らを家屋に隠そうとした。

 山から、ざっざっと、銃を持った軍服のヌッタスートの軍隊が前進してくる。後方には、かつがれた黒色の輿こしが。黒のマントの傀儡くぐつが乗っている。

 傀儡が手をあげた。軍隊は一斉に、紫のヌッタスートに発砲した。

 撃たれた者がバタバタと倒れていく。生き残った者たちは、ナチ山から流れ着いた銃を手に取り応戦した。

 

 

 ヤチ山の村から街まで、銃撃戦が繰り広げられた。

 傀儡の軍隊は前進を続ける。紫の現地住民が、建物の扉や、椅子、テーブルなどの家具でバリケードをこしらえ、銃を撃つ。

 ヤチ山の銃は、絶対数が少ない。ナチ山から流れ着いたものしかないからだ。

 紫たちは、次々撃たれて倒れていった。


 


 街の建物の前に、ヤチ山の捕虜が一箇所に集められた。縄で腕を縛られ、ひざまずかされている。ナチ山の軍隊が、銃を向けて取り囲んでいた。

 輿から黒いマントの傀儡は降り、彼らの前に出る。

 

「おまえらのポイントはこうだ」

 

 捕虜らの前に、ぽやっと風船のような数字が浮かぶ。

 

−999999999999999999999999999999999999


 捕虜らは困惑した。

 

「これは……」

「ポイントが低ければ地獄に落ちる。善行をしてポイントを貯めなさい」



 

 クチ山向こうの街で、現地のオレンジのヌッタスートたちが集まり、焦っていた。

 

「ナチ山とヤチ山も連中が攻めてくるって」

「どうしてヤチ山まで?」

「ナチ山に占領されたとかで……」

 

 ダァンと銃声があがり、現地住民が目をひんむいて倒れた。

 紫のヌッタスートたちが軍服を着て、銃を向けている。彼らの目の前には、100、200、300などの数字が、ぽやっと風船のように浮かんでいた。

 かつがれた輿に乗る傀儡が宣言した。

 

「やつらもミソギ1万ポイント与えなさい。これは聖戦だ。世界を救え!」

 


 山々は、次々にナチ山向こうのヌッタスートに攻めいられ、占領されていった。


 


 今日の空は、パステルホワイト。

 いく先には、空に向かってのびる大きな城。ナチ山のふもとに帰ろうとしてる。道の両脇では、青、紫、オレンジのヌッタスートらが手をふっていた。

 行列と歓声に迎えられ、傀儡の乗る輿は進む。軍隊が、ざっ、ざっと、手足を大きく上げ下げしながらついてきた。トランペットや太鼓をけたたましく鳴らし、ファンファーレを奏でる。

 傀儡の輿が目の前を通れば、道の両脇のヌッタスートがひれふした。

 

「この勢いで全山を征服するぞ。この世のすべてのヌッタスートを天国へ導く。聖戦だ」

 

 おおーっ!っと軍隊は雄叫びをあげた。

 輿の下の側近が、媚びるように手をこすった。

 

「そろそろ城に着きますね。もてなしの準備をさせております」

「ふふふ。はははははははは」


 笑いが止まらない。

  

(俺様は神であり続ける。今までも、これからも。この世界で永遠にだ)


 


 ナチ山の海辺の街に到着すると、大勢の黄色や赤のヌッタスートたちが、青のヌッタスートの四肢を押さえつけていた。

 

「た、助けて」

 

 黄色や赤が大口をあけ、ガッと伸ばした牙を青の体に突き立てる。喰いちぎった。

 進む軍隊も、輿に乗った傀儡も、ぼうぜんとした。


「は? え?」


 口の周りを真っ赤にした黄色や赤は、首をうしろに向け、傀儡に注目した。

 

「あ! 神だ!」

 

 おびただしい黄色や赤のヌッタスートが、蟻のように輿に群がってきた。青らが発砲し、殴りつけてとどめようとする。が、黄色や赤が走る勢いは止まらない。どころか撃たれながらニコニコ青に突進し、嬉々として食いちぎる。

 

「え? は?」

 

 傀儡は黄色や赤に輿から引きずりおろされた。四方八方から伸びた手に、わっしょいわっしょい担ぎあげられる。彼らはニコニコ笑顔で上向き、尖った歯を剥き出しにし、大口を開けていた。

 喰うつもりのようだ。

 傀儡は恐怖で暴れた。

 

「や、やめろ! おまえらポイントなくなるぞ」

 

 思念して、ヌッタスートたちの頭上にぽやっと風船のような数字を浮かべた。すべてマイナスポイント。

 彼らは棒のように硬直した。傀儡は彼らの手からこぼれ落ち、地面に叩きつけられる。全身に伝わる鈍い痛みにうめいた。


「ぐっ……。神に向かって……」


 ヌッタスートたちは深刻そうな顔で、慌てていた。

 

「たいへんだ。早く神様の肉を喰わないと」

「え? え?」

 

 地面に伏す傀儡は、仰向けで四肢を押さえつけられた。ヌッタスートが黄色と赤の目をぎょろりとさせ、覗きこむ。

 肌にピリッと思念が伝わった。

 

『下等色族は高貴色族の肉を喰えば、ポイントが貯まって天国へいけるよ。神様ならなおさら』


 仰天して、言葉が出なかった。

 

「あ。あっ。あ……」

(この思念……)


 ピリリとまた思念が伝わり、記憶が浮かんだ。

 冷たいゴムのような、おびただしい死体に押し潰された。死んだふりをして、ゴトゴトとトラックで運ばれる。穴の中にボトボト落とされたあと、死体の山の中から這い上がった。

 苦しくて、悔しくて、溶けてしまいそうなほどの怨みの気持ち。

 

(ま、まさか、俺様の留守の間に)

 

『コレに憑いてたあんたの思念を感じたけど、洗脳ってじつは難しくないね』


 伝わる、スマホの形状の思念。

 

「や、やめてくれ」

 

『バカとクズを騙すだけ』

 

 ヌッタスートどもの頭の間から、ぬっとピンク色が覗いた。ピンクの触覚、ピンクの髪、冷淡に傀儡を見下ろす、ピンクの瞳。オルピカ。喉には包帯を巻いている。

 

「あ、あああ……」


 傀儡を押さえつけるヌッタスートたちが、大口をあけた。ガッと尖った歯を伸ばす。

 剥き出しの牙という牙が、傀儡の全身につきたてられた。鋭い痛みが走る。

 

「わあああああああっ!!」


 

 

 神 なる 方法

 人 操る 方法

 クズ 殺す 方法

 

 検索



 傀儡が持っていた機械の板に、オルピカはポチポチ文字を打ちこむ。

 

(思念を感じる。何千回、何万回、この文字が打たれたみたい)

 

 街では、黄色や赤のヌッタスートたちが、逃げ惑う青のヌッタスートを追いかけまわし、われ先にと捕らえていた。牙を剥き出しにし、青の肉をむさぼり喰う。

 オルピカはピンクの触覚に力をこめ、思念した。

 

『ねえ赤のみんな』


 肉をむさぼる赤のヌッタスートが、ぐっと首を動かし、視線をこちらにむけた。ねっとり赤く汚れた牙を剥き出しにしている。

 オルピカがスマホを持っていると、思念伝達のエネルギーが強くなるようだ。ニンゲンの力か。

 

『ポイントのためにわたしたちをいじめた青のヌッタスート、ひどくない?』


 赤らは怒りに顔をゆがめた。目を血走らせ、上下の牙をカチカチ打ちならしている。


「ひどい」

「ひどいひどい」

「青はひどい」


『すべての青は、報いを受けるべきだと思うの』


 いくつもの赤い目がぎょろぎょろ動いた。


「この世から青を駆逐しよう」

「ナチ山だけじゃない。ヤチ山、クチ山、ムチ山……」

「青を喰い尽くせ!」



 

 この世界の黒い岩肌の山々を覆う、純粋無垢の甘い白雪は、ひとつ残らず赤色に侵された。

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