第9話 報復せよ 山内干渉

 楽しい小学校の、楽しい2年3組の教室で、楽しい授業が行われていた。

 黒板にはチョークの文字。『将来の夢 発表』

 席についたヌッタスートの子どもたちが、順繰りに立ち、作文を読み上げるのだ。

 

「わたしの夢は、善行を積み1万ポイント貯めることです」

「天国に行くことです」

「赤を抹殺し、世界を平和にすることです」


 


 塔の鐘がごぉんと鳴らされた。街のヌッタスートが一斉に道路へ出る。建設されたばかりの、天にも届きそうなほど高い城に向かって、みんなひざをついた。何度も頭を下げ、触覚のはえた額を地面につける。

 

「神様バンザイ!」

「ポイントバンザイ!」

「バンザイバンザイバンバンザイ」

 

 通行人の黄色のヌッタスートが、その光景を嫌そうに一瞥いちべつし、早足に通り過ぎた。

 祈るヌッタスートは頭を寄せ、訝しげにひそひそうわさする。

 

「あいつ、神を信じてないのか?」


 


 村まで、その黄色のヌッタスートは帰った。

 

「近ごろおかしいよ」

 

 誰も彼も変なものを信じて、惑わされている。不気味だ。街には行きたくない。

 


 

 家の前に来ると、ヌッタスートだかりができていた。

 

「え?」

 

 赤ちゃんを抱いた黄色の女のヌッタスートが、取り囲まれていた。迷彩柄の軍服を着た、青のヌッタスートに。

 

「あなた!」

 

 女のヌッタスートが駆け寄ろうとするのを、青のヌッタスートが取り押さえた。

 

「この家は非山民だと密告があった」

「なんのことだ?」

 

 軍服の連中は、女と小さな赤ちゃんを地面に倒し、押さえつけた。

 青のヌッタスートたちは大きく口を開け、ガッと尖った歯を伸ばす。


「え?」


 剥き出しの、並んだ牙が、女と赤ちゃんの柔らかい肉に突き立てられた。

 

「あああっ!」

 

 ぎゃあっ!、ぎゃあっ!と赤ちゃんの泣き声が村に響きわたる。

 血の気が失せた。

 

「やめろ」

 

 駆けつけようとすると、軍服の連中に捕まった。

 

「非山民はみそぎを受けろ。1万ポイントなければ天国へ行けないのだぞ」

「おまえたちのためにやってるんだ」


 軍服の連中に、尖った歯を突き立られた。


 

 

 黄色のヌッタスートも、女のヌッタスートも、赤ちゃんのヌッタスートも、骨になるまで、生きたまま肉を喰われた。

 軍服の連中は満足げだった。

 

「これでわたしのポイントもあがった」


 


 黒い岩肌の山。ボロボロのオルピカはひとり、重たい石を拾い集めていた。

 山を行き来するヌッタスートが、すれちがいざま嘲笑う。

 

「最下等生物が」

「地獄行き確定だな」

「最下等色族に産まれなくてよかった」

 

 オルピカは石を拾うふりをし、しゃがんだ。ピンクの触覚を丸め、身を縮こませる。自分が本当に卑しい存在だと、信じてしまいそうだ。


 消えてしまいたい。

 アイキンに会いたい。

 みんなと遊びたい。

 過去にもどりたい。


 ざっ、ざっ、と、足音がした。


「おまえがなぜここにいるか、自分でわかるか?」

 

 目の前に、黒いマントをはおった傀儡が立った。

 オルピカは無視し、石を集めるため、地面をまさぐった。

 ぽやっと、目の前に数字が浮かぶ。

 

 −1000000000000000000000000000000000000


 傀儡は尊大に、「ポイントが少ないからだ。運が悪くなる」

「……」

「どうだ。信じる気になったか? 信じるなら、ポイントをあげてやっても……」

 

 手を差し出された。

 オルピカは手近にあった石を握り、傀儡に投げつける。


 

 小さな黒い石が、傀儡の額に当たった。

 カッとなり、ポッケのスマホをオルピカに投げつけた。ピンクの触覚に直撃する。彼女は苦痛に顔をゆがめ、触覚をおさえて倒れた。そのまま、動かなくなった。


「おい」

 

 足の先で、倒れたオルピカの額をつついた。ピンクの濁った目は開かれたまま、ぴくりともしない。

 傀儡は地面のスマホを拾うと、オルピカの口をこじあけ、無理やり喉の奥につっこんだ。ぐっ、ぐっと何度か押し込む。

 オルピカはやはり、ぴくりともしなかった。

 

「死んだか」

(あっけない。くだらない。しょせんこの程度)

 

 口にスマホがつっこまれたオルピカを残し、傀儡はその場を去った。

 

(スマホも必要ない。俺様は完全な神になったからな)



 

 ふもとの収容所から、トラックが出ていった。荷台には、大量のヌッタスートの死体が積まれている。大多数が赤色だ。

 トラックは近隣の街や、村や、山をまわり、ヌッタスートの死体を回収した。途中、オルピカの死体も積まれた。口にはスマホがつっこまれている。

 

 大きな穴の前に、トラックは背を向けて停車した。荷台が傾き、ヌッタスートの死体が穴へボトボト落ちていく。闇の底の死体の小山が、さらに高くなっていく。

 オルピカの死体も、すぐにその一部になった。


 


 今日も山のふもとの村では、赤のヌッタスートが一箇所に集められた。銃を持った青の軍服の連中に取り囲まれて。

 上官のヌッタスートが、スッと片手をあげる。

 青らが一斉に赤に飛びかかった。大口を開け、尖った歯をがっと伸ばし、赤につきたて肉を喰らうのだ。

 赤たちはなすすべもなく痛みに叫び、身をよじらせ、絶望した。

 口まわりを鮮血で汚し、青らは嬉々とする。

 

「これでまたポイントが……」


 離れたところから、ダァンと銃声があがった。数人の軍服のヌッタスートが血の池を作って倒れる。

 ふりかえれば、山を背後に、紫の髪、瞳、触覚のヌッタスートたちが、銃を向けているではないか。



 銃を構えた紫のヌッタスートたちは、青の蛮行に胸くそ悪くなった。

 

「近ごろナチ山向こうがおかしいから様子を見に来てみれば」

「こんなものまで流れ着いて」

 

 手元の銃をちらりと見下ろす。

 紫のヌッタスートたちは、集団で青らに襲いかかった。すきを見て、まだ生きている赤のヌッタスートや、撃たれていない者を助け、逃げだす。

 

「あんたたち、ヤチ山向こうにきなさい。かくまってやる」


 


 城の最上階の、シャンデリアの部屋。軍服の側近に囲まれた傀儡は、大きなテーブルをしこたま叩いた。

 

「ヤチ山の悪質な山内干渉だ!」

「いかがいたしますか?」

「戦争だ。報復しろ!」

「え……」


 側近たちのたじろいだ様子に、苛立ちを覚える。


「神の言うことが聞けないか? ああ?」

「で、でも、戦争なんてしたことが……」

「こっちも殺されるかもしれません」


 傀儡は一度、努めて気分を落ち着かせた。


(待て。ここでうまくやろう。これはチャンスだ。戦争をしかければ、ヤチ山を征服できるかも)

 

 戦争という大げさな喧嘩を始めるには、多数のバカどもを命知らずのバカにする必要がある。大義名分だ。洗脳だ。

 

「本来ならヤチ山とも仲良くしたい。だが向こうはこちらを嫌っている。残虐な手でナチ山の同胞を殺した」


 ヌッタスートたちは深々とうなずいた。

 

「それは、そのとおりです」

「放置するわけにはいかない。おそらく向こうには悪魔のような指導者がいるのだ」


 ぽやっと思念のイメージも浮かべてやった。

 地獄の鬼のようなヌッタスートが、青のヌッタスートの上半身を丸のみしている場面。

 側近らの顔つきが真剣になった。


「両山に平和と友好を取りもどす必要がある。ヌッタスートの子どもたちのために、武器を取れ」

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