第8話 非山民 アイキン

 オルピカとアイキンは、冷たいコンクリートの壁の、四角い建物に連れていかれた。

 暗く殺風景な部屋には、赤のヌッタスートたちが集められていた。みんな、オドオドと肩を寄せ合い、不安そうにしている。

 包帯を巻いたヌッタスートたちが入った。そろって同じ迷彩服の上着を着、ズボンを穿いている。オルピカたちは知らないが、この服は、傀儡くぐつの前世の世界での軍服を基に、傀儡が考案し、作られたのだった。

 オルピカは言ってやった。

 

「変な格好」


 軍服のヌッタスートは、淡々と大声を浴びせる。

 

「上官様と呼べ!」

「え?」

「赤は反社会の色。赤は生来の非山民ひさんみん。だが慈悲深き神は、赤へ救済の機会をお与えになった」

「……?」

「赤には再教育を行う! 1万ポイント貯まるまで!」


 


 それから、黒い岩肌の山に連れてこられたオルピカやアイキンらヌッタスートは、毎日石や岩拾いをさせられた。黒い塊の中に、キラキラ反射するものが混じっている。

 何日も、何時間も、何百個という石や岩を拾った。腕が痛くて上がらず、もうへとへとだ。夜通しで働かされることもあった。

 休もうとする者は、棒で打たれた。

 

「サボるな! 大事な鉄の原石だぞ」

「きさまらクソ共に善行を積む機会をくれてやっているのだ」

 

 オルピカは石を拾い、背中の風呂敷に包んで運びながら、うとうとした。

 

(耐えきれない)

 

 ふらりと木に寄りかかると、軍服の連中に取り囲まれた。殴られ蹴られる。

 駆け寄ろうとしたアイキンは、はがいじめにされ棒で打たれた。


 


 作業が終わり、オルピカはひとり、せまい部屋に放りこまれた。外から、扉にガチャリと鍵がかかる。

 1畳程度の縦長の個室。部屋の壁は白、家具もポスターもなにもない。人もいない。オルピカは冷たい床に倒れこみ、丸くなった。

 

「やっと眠れる」


『偉大なる神様〜、クグツ様〜』

 

 外から、歌がきこえる。


「?」


『ポイント付与で〜、われら魂をお救いに〜』

 

 オルピカはピンクの触覚を丸め、耳を塞いだ。

 

「……うるさい」

『めざせ1万ポイント天国行き〜。なければ地獄で八つ裂き〜』

「ねえアイキン。どこかにいない?」

『地獄の鬼〜、最下等族少女、煮湯にえゆに沈めて皮膚溶かす〜』

「アイキン。あのやな歌をとめて。お願い」

『生きたまま手足をもがれ〜』

「アイキン。どこ?」

『肉喰われ〜』


 起きあがり、ガン、ガンと何度も扉を叩いた。びくともしない。壁を叩き、ガリガリ引っ掻いた。


「わたしと話して」

『死することない地獄の体〜』

『永遠に辱められ〜』


 ガリガリガリガリ、壁を引っ掻く。


「アイキン! 助けて!」


 指先の皮膚が剥がれ、壁にべっとり血の跡がついた。


『偉大なる神様〜』

『クグツ様〜』


 その名を聞き、オルピカは頭を押さえて泣き叫んだ。


「ああああああっ」

『1万ポイントでわれら天国へ〜』


 歌は延々とつづいた。

 


 

 翌朝、赤のヌッタスートたちが建物の前に集められ、整列させられた。アイキンや、やつれたオルピカもいる。

 彼らのまわりを、画一的な迷彩服を着たヌッタスートが取り囲んでいた。手にした銃を向けながら。

 演説台の上に立つ、黒い制服の傀儡が命令した。

 

讃美歌さんびか! 『めざせ1万ポイントで天国行き』、斉唱せいしょう!」

 

 青のヌッタスートたちが歌いだした。

 

「偉大なる神様〜、クグツ様〜」

「ポイント付与で〜、われら魂をお救いに〜」

「赤も歌え!」

 

 赤のヌッタスートたちも、ためらいがちに、かぼそい歌声を出した。


「もっと大きな声で!」

 

 オルピカだけは口を閉ざし、しぶい顔で傀儡をにらんだ。

 

「歌わないなら死喰い室送る」

 

 傀儡に脅されても、オルピカはひるまない。ひるんだりするものか。


「バッカじゃない?」

 

 アイキンは小さく、「オルピカ、やめなよ」

「なんとか室だかなんだか知らないけど、全部クグツの妄想だよ? いい加減目を覚ましたら?」

 

 傀儡が青の者たちに目配せした。青らはうなずき、アイキンをはがいじめにした。

 

「うわ」

「アイキンになにするの?」

「その者のポイントを知っているか?」

 

 ぽやっと、アイキンの前に数字が浮かんだ。

 

 ー1000000000000


 オルピカは動じない。

 

「バカのバカな妄想なんて知るわけない」


 傀儡はせせら笑う。

 

「覚えておけ。ポイントが少ない者は不幸な目にあう」


 


 冷たい建物のせまい部屋に、アイキンは押しこまれた。

 物のない部屋だが、壁にははめ殺しの小窓がある。頑丈そうな太いロープが天井から垂れ、地面からもはえている。

 軍服の青のヌッタスートたちにより、アイキンは両手首と両足首それぞれに、天井と床のロープをくくりつけられた。終わると、青の連中はすぐに出ていった。

 とまどっていると、天井のロープがゆっくりと引き上げられた。アイキンはアルファベットのXのように吊るされる。


 

 

 はめ殺しの小窓に、オルピカは青の連中により顔を押しつけられた。

 窓の向こうには、ロープによりX状に吊るされているアイキンが。

 

「アイキン! アイキン!」

 

 窓にさけんだ。アイキンはオルピカに気づき、口を大きく開け、なにか喚いているようだが、声は聞こえない。

 にわかに、アイキンの両手首をくくった天井のロープが、上に引っ張られた。ついで、地面のロープが両足首を下向きに引っ張る。

 

「アイキン!」

 

 上下のロープの力が、次第に強くなっていっている。アイキンは手足をきつく引っ張られ、白目を剥いた。口をぱくぱくさせ、悶え、暴れるように身をくねらせている。

 

「ダメ! 開けて!」

 

 オルピカは泣きながら小窓に頭突きしようとするも、青の連中に押さえつけられた。

 小窓の向こうで、アイキンの四肢が、弾けるようにもがれた。バケツの水をまき散らしたかのように、大量の血が飛び散る。

 オルピカは頭が真っ白になった。

 

「ああ、あ、アイキン……」

 

 床でのたうつ、四肢のないアイキン。

 そこへ、軍服の青のヌッタスートたちがふたたび部屋に入った。口を開き、ガッと尖った歯を伸ばす。


「え?」


 彼らは、その並んだ牙をアイキンの胴体に突き立てた。彼の腹の肉をひきちぎり、肩やあばら骨を砕く。


「……あ、あああ、ああ」


 アイキンは大きく口を開け、苦悶に顔をゆがませながら、やがて泡を吐いて動かなくなった。その顔にも、青のヌッタスートがかぶりついた。

 

「あああああああああっ!」


 


 建物の前に集められた、赤のヌッタスートたち。その最前に、オルピカが立たされた。

 演説台の上から赤たちを見下ろす傀儡が、ぽやっと地獄のイメージの思念を浮かべた。

 地獄で、四人の鬼に、アイキンが生きたまま四肢をもがれ、肉を喰われる。彼の体が再生すると、鬼はまた四肢をもぎ、肉を喰らった。

 

「おまえもこうなりたいか?」

 

 オルピカはわずかに口を開き、歌声をしぼりだした。

 

「偉大なる神様〜、クグツ様〜、ポイント付与で〜、われら魂をお救いに〜」

 

 声を振るわせ、涙を流しながら。

 傀儡はクスクス嘲笑った。

 

「バカ女」

 

 ほかの青のヌッタスートたちも同調し、彼女をわらう。

 

「どっちがバカなんだか」

 

 オルピカは涙が止まらない。


 

 傀儡は満足して背を向け、収容所をあとにした。


(非山民の洗脳施設として作らせた甲斐かいがある)


 すれ違う者みながひれ伏した。

 

「神様」

「神様」

(全部俺の思い通り。俺様は神)

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