第7話 結成 赤のレジスタンス

 人気ひとけのない針葉樹の深い森に、オルピカとアイキンは走って逃げこんだ。

 

「オルピカ、爆弾まで仕掛けて大丈夫だったの?」

「ああするしかなかった」

「でも信者のみんなになにかされるんじゃ……」

「みんながみんな、クグツのポイント信じてるわけじゃない。そういう人を集めたの。わたしの触覚しょっかくで感じた人」

「オルピカ、きみはすごいよ」

「えへへ。いまからそのみんな全員と落ち合うから。赤のレジスタンス結成だよ」

「ああ。一緒にもとの平和な世界を取りもどそう」

 

 赤と青の二人は笑いあい、手を繋いで走った。




 森の奥では、赤のヌッタスートたちが、縄で縛られ捕まっていた。銃を持つ青のヌッタスートたちが、かれらをとりかこんでいる。

 たどり着いたオルピカとアイキンは立ち尽くした。

 

「そんな……」


 青のヌッタスートたちは、じろりとふたりをにらみ、銃口をむけた。


 


 くずれた城の近くのカフェ。城の建設に関わっていた青のヌッタスートたちが、傷の手当てを受ける。大けがをして動けない者は、床に寝ていた。みんな腕や足の骨が折れ、皮膚がずりむけ、痛みにうめいている。

 傀儡くぐつも尻もちをついていた。右腕を骨折し、ギプスで吊っている。


(異世界に来て骨折するなんて……)


 さいわい、この世界の重量は、前の世界より弱かったようだ。作りかけの城の最上階から落ちても、落ちてきた物の下敷したじきになっても、死ぬことはなかった。それでも全身を打ちつけ、体がまだしびれている。

 爆風で、カフェのショーウィンドウには大穴があき、床にはガラスの破片がとびちっていた。

 がらんとカフェの扉が押し開けられた。するどい目の青のヌッタスートが入る。

 傀儡が顔をあげてたずねた。


非山民ひさんみんはとらえたか?」

「はい。主犯はやはり最下等色族のオルピカでした」

「そうか」

「下等色族を中心に、反社会組織を結成しようとしていたようで」

「下等生物が」

 

 割れたカフェのショーウィンドウから、通行人のヌッタスートたちが通り過ぎるのが見える。傀儡くぐつは呼びかけた。

 

「おい、きさまらも手当てを手伝え」

 

 かれらは無視して、すたすた行ってしまう。

 ピリピリと、思念が伝わる。

 

 頭おかしいんじゃない?

 いい気味。

 

 傀儡は胸に刃物が刺さるような衝撃を受けた。

 

「っ……」

(まずいな。いまの思念は強い。下等生物が調子づいてだれもポイントを信じなくなれば、俺は神でいられなくなる)

 

 左手でポケットをまさぐった。スマホをとりだそうとする。左腕はまだしびれ、利き腕ではなかったので、うまくとりだせず、床に落としてしまった。


「くそ」

「神様? どうかされました? わたしでよければ……」

 

 けがをした側近の青のヌッタスートが、心配そうに傀儡の肩に手をかけようとした。わずらわしくてつい怒鳴る。

 

「っるせえな!」

 

 側近は憮然ぶぜんとする。

 

「なんだよ。勝手にしろ」

 

 彼は傀儡から離れた。ほかの青のヌッタスートたちもだ。

 そばには、誰もいなくなった。

 

「……くそっ」


 ぶるぶるふるえる左手で、スマホをなんとか拾い上げた。メモを開き、躍起やっきになってスクロールする。

 

(どうする? どうする?)

 

 ピタリと、スクロールの指を止めた。ある一文が目に入った。

 

『宗教は、心の闇を繋いで飼い慣らす鎖。闇が深く大きいほど、鎖の締めつけも強くできる』


(……これは、俺が書いた文だ)

 

 みわたせば、周囲は治療を受ける、大けがを負ったヌッタスートであふれている。

 床に寝ているかれらのうちの、ひとりの触覚が、へなっとしおれた。目をかたく閉ざし、ぴくとも動かない。息絶えたのか。

 青の仲間たちが、その死骸しがいをゆさぶった。

 

「起きろよ。死ぬなよ」

 

 かれらの青い目から、涙がつたっている。

 画面に視線をもどせば、スマホの文字は続く。

 

『締めつけが強ければ、どんな言うことも聞かせられる』

 

(闇を深く)

 

 傀儡は念じる。ぽやっと、息耐えた住民の前に、風船のような数字が浮かんだ。


 0


 青のヌッタスートたちは、放心した。

 

「ゼロ……?」


 傀儡は残念そうに、

「すまないが、きみたちのポイントは消失してしまったようだ」

「なぜ。なぜですか」


 地を這う、大勢の手負のヌッタスートからすがられた。

 

(闇を、大きく)

「俺にもわからない」

 

 とぼけて首を傾げる仕草をすると、ヌッタスートはしくしく泣き、わんわん嘆いた。

 

「そんな。どうして」

「いいやつだったのに」

「なぜなんだ。なぜこの世はひどいことばかり」

 

 傀儡はほくそ笑んだ。

 

(鎖を強く)

「ん? いや、いまわかった。それはきみたちのポイントが少ないからだ」

「え?」

「ポイントが少ないと運も悪くなる」


 かれらはこころもとなげに、互いの青い目と目を見交わした。

 

「そうだったのですか?」

「運よくなりたければ、もっと大量のポイントを増やせばいい」

「どうすれば……?」


 ここぞとばかりに、宣言した。

 

「善行を行え。とびきりの」


 脳裏によぎるのは、あいらしい、ピンクの瞳のオルピカのこと。


(バカを飼い慣らして、あの女を奴隷にする)

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