1-2 視線

 萌絵はゆっくりと鍵を回した。静香はドアノブに手をかける。


「おじゃましまーす」


 玄関や部屋の敷居には、結界的な役割がある。浮遊霊程度であれば、波長が合うか、招き入れるか、憑かれて一緒に入らないと基本的には室内には入れない。 


だが、萌絵の部屋には浮遊霊が複数いた。そして、出られなくなっているようだった。


「あちゃー」


「な、なんですか? やっぱりいるんですか」


「うん、でも大丈夫」


萌絵は静香の腕に抱きつく。静香は窓を開けた。人差し指と中指を伸ばし唇にあてて、小さく呪を唱える。


「許可する。【開】」


すると、室内から室外に向けて、まるで空気圧の変化のように風が吹き抜けた。 

萌絵が、きゃっ、と小さく悲鳴をあげた。 


「これでよし」


「え、凄い……。嫌な感じが全然しない! 静香さんありがとうございます!」


「へへーん!」


静香は腰に手を当てわざとらしくふんぞり返った。 


「何が起きてたんですか?」


萌絵は目を輝かせて聞いた。静香はさらに調子にのり説明した。


「肝試しで低級霊憑けたまま家に帰ってきて、許可がないから出れなくなってたみたいだね。だから、道と許可を与えたら自然と皆出ていったってこと。もう肝試しとか遊び半分でしちゃダメだぞ」


「はい、したくもないです、絶対行かないです!」


「よしよし」


尊敬の眼差しを向けられ、静香は萌絵の頭を撫でた。すると萌絵は気まずそうに口を開く。


「あの、聡くんがあの後入院してて、もしかしたら霊のせいかもしれないんです。一緒にお見舞いに行って頂けませんか?」


「あー、そういうのは基本的に一旦組織を通してからじゃないと引き受けたらダメなんだよね」


「で、でも! もし本当に聡君が霊のせいだとしたら……日に日に顔色が悪くなるんです。葵はあれから連絡もつかないし」


「そしたら、お姉ちゃんがしたみたいに私を指名で組織に連絡してくれれば1週間以内には着手できると思うよ」


「1週間も経ったら、聡君、し、死んじゃうかもしれないです。お願いします、助けて下さい静香先生!」


静香先生。初仕事を楽々終え調子にのった静香の心が動くには十分すぎるセリフだった。


「もー、仕方ないな! とりあえず見にいくよ、私が対処できそうならそのまま祓っちゃうね」


萌絵はパーっと顔を明るくさせた。まるで既に解決できたかのようだった。 


「ありがとうございます!」 


「プライベートでお見舞いに行くだけだからね」


「はい!」


「じゃ閉めときますか。【閉】」


静香は開いた許可を閉じ、軽度な結界を念の為綻びにかけておいた。萌絵からすっかり霊能力者としての信用を得た静香は、意気揚々と病室に向かった。 

しかし、この行動が静香にとって人生最大の過ちとなる。

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