1-1 視線

「大丈夫、私に任せて」


 喪服姿の静香はわざとらしく胸を叩いた。

 少将である父、大源一おおみなもとはじめのコネで少尉から始まった霊妖怪怪異対策省の初仕事は、静香の高校の頃の友人の妹の霊障相談から始まった。


「ありがとうございます」


 大学3年生の美堂萌絵みどうもえは頭を下げた。手は小刻みに震えて、何かにおびえているようだ。23歳の年になる静香は、お姉さんぶってその手を包み、ほほ笑んだ。


「行こう」


 二人は萌絵の住むマンションに向かった。 

 喫茶店で聞いた萌絵の話はこうだ。

 1週間前___


 〇

「お、これじゃね? 本当にあったわ、やばー」


「ツイッターの写真より、なんか雰囲気ないね」


 萌絵と同じサークルのさとしあおいはネットで噂になっていた、都内某所にある防空壕から声がするという話を確かめに行っていた。

 要するに、暇な大学生の肝試しだ。噂の通り進むと、確かに獣道があった。聡が先頭になり、ズンズンと進んでいく。風は木々を揺らし、騒めいている。


「ねえ、やっぱり辞めようよ」


 萌絵は最後尾でついていきながら、声をかけた。人一人分程度しか道がないため、3人は一列になって進んでいた。


「え、萌絵怖いの無理だっけ?」


 葵が振り向き、歩きながらおちょくるように返事をする。


「せっかくここまで来たんだから、せめて防空壕があるかどうかだけでも見に行こうぜ」


「そうだよ、お供え物も買っちゃったし」


「コンビニの大福だけどな」


 ははは、と二人は笑った。


「痛っ」


「葵?」


「どうした?」


 葵は足を抑えしゃがんだ。聡が懐中電灯で葵の足を照らすと、ショートパンツから露出した健康的な太ももに切り傷が出来て、出血していた。


「草で切っちゃったみたい」


「血ぃ出てんじゃん、平気か?」


「私絆創膏持ってるよ」


 萌絵はいいながらカバンから絆創膏を取り出した。

 大き目の物をもってきていてよかった。

 張り付けると、絆創膏は血が滲み赤くなった。


「萌絵ありがとう」


「ううん、気にしないで。さ、怪我しちゃったし、帰ろう」


「え、なんでよ、全然大丈夫だよ!」


 葵は立ち上がってその場で跳ねてみせた。


「そうだな、葵がいいなら行くか」


 聡はまた懐中電灯を獣道に向けた。


「……え?」


「な、なに!」


「うわ、ちょっと萌絵大きい声ださないで」


「だって聡君が」


「待って、二人にはアレ、見えてないの?」


 聡は懐中電灯を揺らして何かを照らしている。が、萌絵と葵には何も見えなかった。

 女性二人はしゃがみこんで抱き合った。


「なになになになに、聡そういうの本当いらないんだけど」


「聡君最低」


「あ、いや、本当なんだって。あれ、消えた……? 見間違いか」


「何がみえたの?」


「いや……なんでもないよ。行こうぜ」


「行くの?!」


 萌絵は助けを求めるように葵を見る。が、葵は立ち上がってお尻を叩いた。


「お供え物だけして帰ろ、なんか途中で引き返すのも嫌だし」


 そういって二人は進んでしまう。萌絵は足が竦んで、その場にとどまっていたが、二人が遠のくのをみて、慌てて追いかけた。


「待ってよー」


「あれ、ごめんついてきてると思ってた」


「憑いてきてるよ」「おいてかないでよ」


「嫌!」


 葵が悲鳴を上げ、聡にしがみついた。


「何! もう辞めてよ!」


 萌絵はその悲鳴に驚き声を上げた。


「ち、違くて。今聡なにも言ってないよね?」


「うん。てか俺も聞こえたかも」


「何が?」


「萌絵の声と重なって、憑いてきてるよって変な低い声が」


「……もう帰る」


 萌絵はしゃがみ込んで泣き出してしまった。


「ごめん、帰ろっか」


 葵がしゃがみこんだ萌絵に目線を合わせて、背中を撫で聡に言った。


「あ。あった」


 いつの間にか林を抜け、先頭の聡は広い空間に出ていた。


「ほら、あったよ。マジだ、防空壕じゃん、なんでこんなところに」


「本当だ。結構雰囲気あるね……お供えしてくる?」


「うん、流石に行くっしょここまで来たら」


「……私は行かないから。ここで待ってる」


「オッケー、すぐ戻る。行こう葵」


「うん!」


 葵は聡の手を掴みつないだ。もう片方の手に大福を取り出して持って行った。

 萌絵は林に取り残され、小さくなっていく二人を見ると、心細くて仕方なくなった。


「ねえ待って、やっぱり私も行く」


 立ち上がり懐中電灯を向けると、二人がいない。


「葵? 聡君?」


 ゆっくりと足元を照らしながら進む。枝が踏まれ折れる音にさえ恐怖しながら防空壕の前につくと、中から風の音が轟轟ごうごうと聞こえてきた。

 足元を照らすと、靴にムカデが這っていた。


「ひっ」


 足を上げるとムカデはうねりながらどこかへ消えていく。萌絵はもう限界だった。


「ねえー! 二人ともー!」


 防空壕の中を萌絵が懐中電灯で照らすと___必死な形相をした生首が暗闇から二つ飛び出してきた。


「いやああああああ」


 そう思い叫んだが、それは葵をおんぶする聡達が照らされているだけだった。


「やべー! やべーって! 走るぞ!」


 聡はそう叫びながら防空壕から出てきて走っていく。


「待って、おいてかないで!」


 萌絵は必死に聡に追いつくように走った。葵の足からは、草の切り傷からとは思えないほどの出血が絆創膏から溢れ、太ももに滴っていた。


 〇


 それ以来、萌絵の家でポルターガイストや金縛りが起きるようになった、という話だ。よくある肝試しで罰があたったパターンだろう。家に実際に霊がついてきてるかも怪しい。萌絵の恐怖からそう思い込んでいるだけかもしれないからだ。

 実際、萌絵から嫌な霊の波動は感じられなかった。


「あそこがうちの家です」


 萌絵が指さした方をみる。するとベランダからこちらをじっと見ている女がいた。


「右から2番目の、ベランダで女の人が立ってる部屋?」


「いや一番右の部屋です。そ、それに女の人なんて隣のベランダに立ってないです」


 萌絵は静香の腕にしがみついた。

 あー、あれ霊か。

 静香はそう思い、頭をかいた。


「ごーめん、無駄に怖がらせちゃったね。いこ、たぶんだけど隣の部屋の影響だよ。肝試しは関係ないと思う」


「うう、お願いします」


 萌絵は怖がりっぱなしで、静香の腕にしがみついたまま向かった。

 家の扉の前に立つと、静香は少し違和感を覚えた。


「あれ」


「っひ、なんですかあぁ」


「いや、気配が……まあいいや、入ればわかる」

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