1-3 視線

「あの、病室に喪服での入室は……」


 受付をする萌絵の隣にいた静香に、受付嬢が気まずそうに声をかけた。


「あ、いやこの人は、えーと」


 萌絵が口ごもった。入院患者がいる病院に制服である喪服で訪問する場合は、身分を証明する決まりだったことを静香は思い出し、取り出した。


「申し遅れました。私、霊妖怪怪異対策省 霊局少尉 大源静香と申します」


「た、大変失礼しました!」


 受付嬢は慌てて深々とお辞儀をし、ACCESS ALL AREAと記載された最上位の関係者PASSを渡した。 静香は受け取り首にかけた。


「とんでもないです。アポなしで申し訳ありません」


「いえいえ、そんなそんな! あ、看護師長!」


 静香が謝罪をしていると、いつの間にか看護師長が横で待機していた。


「大源様、本日はご来院ありがとうございます。看護師長の鈴野明すずのめいです。どうぞ、ご案内いたします」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


 静香は想定を遥かに越えた待遇と、勝手に来た事に対し、もしかしてこれやっちまったか?と思ったが、何故か鼻高々な萌絵の手前、慌てる様子は見せられずに関係者用の道を進み、案内されるまま向かった。


「お早いご到着、感謝いたします。何卒宜しくお願いします」


「は、はい。えへへ」


 明が深々をお辞儀をしたので、静香も自信なさげにペコペコと頭を下げた。

 聡は個室に病院側の判断で移されていた。伝染する病気は確認されないのにも関わらず、同じ部屋の患者の体調悪化が相次ぎ、そしてなにより霊障が爆増したからだ。


 静香が広い病室に入ると、一つだけおかれたベッドが窓際の隅でカーテンに仕切られていた。荒い呼吸音が聞こえてくる。静香はピリピリとした気配を感じ、霊具である数珠を手に取った。萌絵がカーテンを開ける。


「聡くーん、体調はど……」


 萌絵は言葉を紡ぐことが出来なかった。2日前に見舞いに来た時より、明らかに衰弱し、ガリガリに痩せこけて、あお向けで天井を眺めていたからだ。


「萌絵……か。葵と連絡……ついたか?」


 聡は首をこちらにむけず、目線も変えずに話始める。


「う、ううん。ついてないんだ。今度家まで行ってみるね」


「そう……か、ごほっ、ごほっ」


「ごめん、私が無理して喋らせちゃったから!」


「いい……そばにいると危ないかもしれないから……もう帰れ」


「ううん、今日はね、国公認の霊能力者の人に見てもらおうと思って。私の家も嫌な感じだったんだけど、すぐに良くなってね。あ、こちら静香先生」


萌絵は無理して明るく振舞うように答え、静香に手のひらを向け紹介した。


「聡君、初めまして。大源静香です。ちょっと手に触れてもいいかな?」


 日の光がほぼ入らない病室に、木の葉の陰が不気味に揺れている。静香は数珠を握りしめたまま、大丈夫だと自分に言い聞かせた。


「はい。やっぱり……霊現象なんですか」


「まだ確定ではないかな。とりあえず視てみるよ」


「ごほっ、ごほっ……お願い、します」


 静香は聡のベッドの隣の丸椅子に腰をかけ、点滴が繋がれた腕を見た。それは、まるで80代のように枯れこけていた。数珠を左手で持ち、右手を手の甲に重ねた。

 目を閉じ、思考を放棄し、器を作る。

 普段人間は五感を頼りに情報を得ている。霊感は第六感にあたるため、他の感覚を意図的に放棄することで、隙間を作る。すると、何も考えていないはずの静香の脳内思考が強制的に映像を映し出し___


「っはあ!!……はあ、はあ……!」


 静香は慌てて手を離し、感覚を五感に戻した。

 静香の脳内に、暗闇に浮かぶ充血した巨大な目が二つ浮かんだからだ。


 


「静香先生、大丈夫ですか?」


 萌絵が駆け寄り背中を撫でた。しかし、静香は呼吸を整えることができない。カーテンが揺れ始め、病室内が地鳴りのような音で包み込まれる。


「ああああああ!!」


 聡の体が、間接の逆側に跳ね上がり苦しみ始める。


「聡君!」


 萌絵が体を押さえつけるが、明らかに聡の意志ではない挙動を起こす。静香はそれを見ると両手で印を組み、数珠を持った手を聡の体に向けた。


 ___私のせいだ。私が半端な力で霊視したせいで、彼とアレを完全に繋げてしまった。


 静香は呪を唱えるが、窓はひび割れ、地鳴りは強くなり、聡の体はより魚のように跳ね上がり苦しんだ。萌絵はパニックになり、泣き叫んだ。

 静香は呪を唱えるのを中断し、指先をナイフで切り出血させ呪を呟き、聡の口に突っ込んだ。


「こっちだ! 【血・贄ノ傀儡移シケツ・ニエノカイライウツシ】」


「おおおおおおおおおおおおおおえええううううう」


 聡は白目をむき、骨が折れそうなほど曲がり低い呻き声を上げた。

 バチン!!と数珠がはじける音がしたかと思うと、聡は気絶した。カラカラと数珠が床に散らばる音が響き渡る。


 体を抑えていた萌絵が、恐る恐る聡の顔を見る。


「聡君……よかったぁ」


 お見舞いに来たときより、明らかに穏やかな表情だった。血の気を取り戻しているのが一目でわかった。萌絵は静香の方を振り返ると___


「静香先生!」


 静香はその場に倒れ込み、震えていた。先ほどまでの聡のような顔色で、血の気を失っていた。


「これで……聡君は大丈夫。憑いてたものを私に移したから」


 静香は倒れた体を腕で無理やり起き上がらせ、座らない首をかしげたまま、髪の隙間からなんとか萌絵の方を見ながら答えた。


「じゃあ、静香先生は……」


「私は……」


 そこまで言うと、静香は気を失い倒れた。萌絵は急いで病室を飛び出し、看護師長の明を探し事の次第を説明した。

明はすぐに部下に静香を休ませる病室の手配をしつつ、本部に連絡入れた。


「もしもし。先日大源先生にご依頼をお願いした代々木南総合病院の明です。はい。霊視後に倒れてしまったようでして。ええ、はい。本日予定日より早く先生にいらっしゃって頂けたのですが、はい、え? 大源先生は本日別の仕事に? そんなはずありません、大源静香先生がいらっしゃって___」


 本件は萌絵の件とは別件で民間病院から本部に依頼があり、静香の父親である大源一に振られていた仕事であった。

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